人気者 ~あの人に追いつきたい~
親知らずの虫歯
始まりの季節 ~前夜1~
「……新入生代表。橋本大輝」
手に持った式辞用紙を閉じ、シワが出来ないように優しく黒色の学習机の上に置いた。
「いよいよ明日か~」
座っている椅子の背もたれにもたれかかり、リクライニングさせると天井を見上げた。
文章自体はもう原稿を見なくても話せるぐらいまで覚えた。今日はもう練習をしなくても大丈夫だろう。あと心配なのは当日の緊張か?中学の卒業式でも答辞を読んだがあの時は割と緊張せずに読むことが出来た。
だが、あの時はフロアで俺の話を聞いていたのは顔なじみばかり、今回は全く知らない人達の前で話さなければならない。となると、予想以上に緊張しそうだな。助けを求めるべき先生も今日高校で話した担任以外知らない人ばかりだし、本当に1人で勝負しなければならない。
やばい、変なことを考えていたら緊張してきた。
心臓の鼓動が早くなっているのが分かる。背もたれから体を浮かせ、再び机に置いてある式辞用紙を手に取った。
もう少し、読んでおくか。俺の緊張は余計な心配を始めた。
その時、俺の部屋の扉がバタンと大きな音を上げて開かれた。
何事と思い椅子を回転させて真後ろにある扉を見た。
「おはよ~大輝!約束通り来たよ~」
そう言いながらゆっくりとした足取りで部屋に入ってきたのは俺の幼馴染みの
『常葉なずな』だった。
「あ、そうだった」
俺は再び椅子を回転させ、机に置いてある置き時計を見た。
やっぱり、約束の時間になっている。原稿のせいですっかり脳の中から消えていた。
「そうだったって忘れてたの?」
部屋の中心までやって来ると、手に持った手提げバッグを俺のベッドに立てかけるように置いた。
バッグが置かれた音と同じタイミングで再びなずなの居る方に椅子を回転させる。
ピンクがかった茶髪を真っ直ぐ背中に伸ばし、相変わらず可愛らしい顔立ちをしてその場で立っていた。
大きくて自然と目が合ってしまう垂れ目。ほっそりと伸びた鼻先は正面からでは確認することが難しいほど細い。唇はピンク色に染められており、年頃の女子らしい可愛らしさが醸し出されていた。肉付きのないほっぺたはなずなの顔が小さいことを象徴している、肌は真っ白でツヤツヤ。つい触ってしまいたくなるほどなめらかそうである。
これですっぴんなのだから本当に世の中の女性を敵に回している顔立ちである。ホントにすっぴんか?
おまけに首から下も負けず劣らずのスタイルを持っている。
細長い首は白い肌も相まって今すぐ折れそうなぐらい細い、狭い肩幅は女性らしいか弱さを表現するにはちょうど良い、そのすぐ側にはふっくらとした胸がある。正直大きさはそこまでなのだがそのしたのウエストが細すぎて大きくない胸が豊満に見えてしまう。ヒップも同様だ。さらにさらに、足も細い。細すぎてマジで少し力を入れるだけで折れてしまいそうだ。
これが水着姿になってしまったらどれだけスタイルが良いんだよと考えてしまう。
まさに、女性の理想のスタイル。顔立ちの良さを加えてパーフェクトな容姿をしているのが俺の幼馴染みの常葉なずなである。
よく中学の同級生に幼馴染みであることをうらやましがられてしまう。
俺自身も逆の立場だったらうらやましくなってしまうと思う。
話を戻すと俺は今日この時間になずなとこの部屋で集合することになっていた。
それを俺は忘れていたのだ。
「すまん、準備するから少し待っててくれ」
「分かった」
そう言うと俺となずなは入れ替わるようにして俺は立ち上がり、なずなは椅子に座った。
「これ何してたの?」
部屋の端に置いてあるキャスター付きの姿見2枚を部屋の中心へと移動させている時、ちょうどなずなは椅子を回転させ、机の上に置いておいた式辞用紙を手に取っていた。
「うわ、これ筆ペンで書いたの?」
質問を重ねてきた。こっちはなずなを待たせないようにスピードを上げて準備をしているというのに……
「そうだよ、今日高校に行って担任と一緒に書いた」
「あーそれで今日は夜からって言ったのね」
「そう言うこと」
言いながらなずなに俺の今日のスケジュールを共有していなかった事に気付いた。
ミスったな。今週末から仕事が本格的に始まるというのにこんなミスをするとは……
少し気を引き締めないとな。
そんなことを思っている間に姿見を部屋の中心にセットし終えた。
俺は今記録用に使うビデオを設置している途中だ。
そんなのお構いなしになずなは俺に話しかけてくる。
「新入生代表挨拶ってつまらないね」
チラッとなずなの事を見ると式辞用紙をペラペラと捲っていた。
「そりゃ、入学式で読むものだし。面白いことは書かんよ」
ビデオの画角の設定で細かい作業をしているせいで返事が変になってしまった。まあいいや、こんな雑談。いくらでも出来るし、同じ話題を明日もしている気がするしな。
「ね!担任の先生どんな感じだった?」
式辞用紙を机の上に放り投げたなずなは準備中の俺に向き直り、持ってきた手提げをごそごそし始めた。
そこから取り出したのは室内用のシューズ。それの紐を椅子の上で縛り始めた。
俺も画角設定が終わった。後はBluetoothで繋がるスピーカーを用意して電源を入れるのと、ビデオカメラと俺のPCを繋げることぐらいだ。
「そうだな。若い女の先生だったよ」
「どれぐらい?」
「20代前半ぐらいかな?なんか俺達が初めての担任らしいから本当に先生になって2,3年ぐらいだろうな」
「凄い若いね」
チラッとなずなの方を見ると膝よりも上の丈のハーフパンツの隙間からチラッと彼女の下着が見えそうになっていた。
正直みたいと考えてしまったがすぐにその考えを止めた。そう言う嫌らしいことをするためにこの部屋に招いたわけではない。
俺は心を鬼にして猛スピードで準備を進めた。
「優しかった?」
俺の気持ちを知るよしもないなずなは質問を続けてきた。
「そうだな、現文の先生らしくて、原稿の添削の時は少し厳しいのかなって思ったけど、入学式のリハーサルをするときにはむしろ俺の緊張をほぐすために凄い話しかけてくれて、お陰で緊張せずにリハに望めたよ」
「へー」
自分で聞いたくせに返ってきた返事は興味なさそうだ。なら聞くなと言いたい所だ。
「それよりもなずなは準備出来たか?こっちはもう準備終わるからいつでもいけるぞ」
「オッケー。私もいける」
言うと、なずなはおろしていた髪の毛を頭の後ろで1つにまとめ、羽織っていたグレーのパーカーを脱ぎ、ベッドに放り投げると、パーカーの中に来ていた彼女のグッズであるピンクの『NAZUNA』Tシャツが露わになった。
このスタイルがなずなのダンスレッスン専用である。彼女は敢えて自身のTシャツにする事でこれを買ってくれた自分のファン達のために練習しているのだと気合いを入れているそうだ。
俺も上下真っ黒のスウェットの上半身を脱ぎ、彼女と色違いのTシャツ姿になった。
なずなが椅子から立ち上がり、俺がベッドの上に座る。
彼女はそのまま姿見の前に立ち軽くストレッチを始めた。
それが終わると彼女は両頬を軽く叩いて気合いを入れた。
その表情はこれまでの可愛らしさがなくなり、真剣そのものだった。
「いつでもいけるよ」
声質もさっきよりも低くなっていた。
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