第49話 アリオト

 ロカによって説明されたメグレズの危機と援軍の要請に対し、ザジからの回答は以下のようなものであった。


「それは困った。アリオトも今現在援助を必要としており、私がその使いとしてメグレズに向かう途中だった」


 意外な情報に、今後の方針が揺らぐ。

 モリアはさっさとこの草原から離れたかった。


「ロカ。メラクは全部でどのくらいいるの?」

「総勢千を超えるとも言われておる。近くに居るかどうかは分からぬが、あまりここに長居は出来ぬか」

「そうだな。すまないが、矢を回収してきてもいいか?」


 回収の手伝いを申し入れたが、ザジは軽く微笑んで断る。


「ありがたいが、この草原で闇雲に探すのは無理だ。射ち込んだ場所は自分で覚えている。魔法矢がある場所で待っていてくれ」


 確かに役には立てないかと、ロカとふたりで樹木群の下へと戻った。

 ザジが戻るまでの間、次の方針について話し合う。

 このまま北へ向かうのか、それとも別の道を選ぶのか。


「あのザジという嬢ちゃんから詳しく聞かねば決められぬが、吾輩は今頃恐ろしくなってきおったわ。他のメラクに見つかる前に、すぐここを離れたい」

「じゃあ、取り敢えず東に行こう。樹海が一番近い。話を聞くのはそれからで」


 草原を駆け回るザジの姿が見える。

 使い捨ての石礫いしつぶてと違って、弓矢を探索に用いるのはやはり大変そうだ。

 岩に突き刺さった魔法矢をどうやって抜いたものかと悩んでいるうちに、ザジが戻ってくる。

 その細腕で、魔法矢を事もなげに引き抜いた。


「終わった。次はどうする?」

「そうじゃの。一度草原から離れて――」

「待った。その前に」


 モリアはロカの言葉を制止すると、草原の一角に目を向けた。

 その視線を追ったザジも『何か』に気付いたように、弓に手を掛ける。

 その何かは、すうっと遠ざかり……そして完全に気配を消した。


「何? 今のは」

「なんじゃ? 何かおったのか?」

「隠蔽魔法だね。ザジが戻ってきたときに使ってたんだ。それを使われるまでは僕も気付けなかった」


 モリアに対して隠蔽魔法は逆効果だ。隠れていた者がそれを知るはずもない。

 戻ってきたザジがたまたま近くを通過した際、気配を悟られぬため使ったようだが、そのせいでモリアに見つかってしまったのだ。


「メラクの残党?」

「吾輩らのことを仲間に知らせる気か?」

「それに関しては仕方ないよ。戦いに参加せず隠れるのに徹し切られたら、見つけるのは難しいし」


 それも事実ではあるのだが、自分とザジにずっと見つからず潜んでいたということに対しては、モリアも少なからず驚いている。

 あれほどの潜伏能力を持つ者が参戦していたならば、また少し違った結果になったかもしれない。


 メラクには強力な統率者がいる。

 それがモリアの予想であり、だからこそザジを敵だと誤認してしまったところがあった。


 ――今のが、本当の統率者だったのでは?


 だったら、何故戦いに加わらなかったのか。

 その意図を推察する手掛かりもなく、今はそれ以上考えても仕方がなかった。





 東に進み樹海へと入り、精霊力が回復する地点まで進む。


「おお、この先に神樹フェクダが生えている場所があるぞ。そこまで進もう」


 ロカが弾んだ声で報告した。

 フェクダの周囲であれば、ロカの索敵を最大限に活かすことが出来る。

 メラクの襲撃も察知しやすくなるだろう。


 しばらく進むと、樹海の中に開いた広場がある。その中央に神樹はぽつりと生えていた。

 メグレズの北で見たのと、同じ光景である。


 樹の全体を見てから、続けて周囲を見渡した。

 他にも何か異常はないかと、再び樹の様子を調べ回る。


「モリアは何してるの?」

「それがのう。どうもあやつ、神託を受けたようでな」

「それは少し羨ましい。私はフェクダの声を聞いたことがない」

「吾輩もじゃ」


 フェクダに妙な真似をされることを、メグレズでは神託というのか。

 ザジの反応をみるに、アリオトも似たようなものらしい。


 生物の亡骸が土に還り、その命で樹木が育つ。

 森は生命を循環させる役割を担っている、というのはセルピナの持論。

 植物魔法を使う彼女らしい意見だが、モリアの考えはもう少し生々しい。

 大きい樹ほど、さぞ死体から養分を吸い取っているのだろう、などと思っている。


 ――フェクダは迷宮守護者なんだよな? それなら……。


 樹海で死んだ生物の情報を、吸い取る能力でもあるのだろうか。

 そうだとすれば実に植物の魔物らしい。




「アリオトが落ちる心配はないが、他所に援軍を出す余裕もないのが現状だ」


 焚き火の前に座るザジの話によれば。

 アリオトの里は、現在定期的な魔物の侵攻を受けているらしい。

 里長たちはこの原因を迷宮活動期によるものと推定。

 他の里を調べ、可能であれば支援を受けるためにザジを派遣したそうだ。


「使いに出されたのは、おぬしひとりだけか。確かに余裕はないようじゃの」

「しかし聞く限り、メグレズのほうが状況は深刻なようだ。里を説得して少しくらいは……」

「その前に、幾つか確認したいことがあるんだけど」


 ふたりはモリアを見て、言葉の続きを待った。


「まず、メグレズの魔法矢について。あれは何回でも連続で使えるの?」

「無尽蔵に威力を出せるわけではないぞ。それでもまあ射手にもよるが……」

「一日に三回くらいなら、問題なく使える。もちろんその都度矢を回収する必要はあるけど」


 ザジの返答を聞いて頷くと、続けて聞く。


「矢の回収なんだけど、見失うことはある?」

「普通の矢であればそういうこともある。魔法矢には独特の気配があるので失くすことはない」

「さっき、誰かが草原に隠れていたことにザジも気付いたよね。あれも同じ感覚?」

「どうだろう……。普通の気配とは違ったが、何かが潜んでいるように感じたんだ」


 ザジには魔力探知の素質があるようだが、はっきりと自覚は出来ていないらしい。

 今までは必要に迫られず、その才能が伸びることはなかったのだろう。


「ザジなら何日か訓練をすれば、ワームを倒せると思う。矢の回収は僕が引き受けるけど、どう?」


 ロカがザジの顔を見る。

 この話が事実なら、アリオトから援軍を呼ばずに済む。

 ザジはモリアの目を見たまま言葉の意味を考えている。

 そして、こう返した。


「お前が私を今よりも強くしてくれるのか? なら、断る理由などない」





 先の戦いの疲れを癒やすため、移動及び訓練は明日以降からの予定となった。

 食事をしつつ、互いの情報を交換する。


「アリオトが樹海に来たのって、前回――つまり百年前の迷宮活動期?」

「その通りだ。詳しいんだな」

「はて、吾輩はモリアにその話を教えたかの?」


 小さなリュートを奏でつつ、ロカは不思議そうな顔をした。

 小型とはいえ、ロカの背嚢の中身はほとんどその楽器で占められていたらしい。

 その事実に呆れつつ、逆に考えれば少ない装備で樹海を移動できるという、メグレズの能力に感心もする。


「精霊に作用する歌というのもある。吾輩はもっぱらカネ稼ぎのために覚えただけじゃが」


 この多芸な妖精ブラウニーは、吟遊詩人の才能もあるらしかった。

 精霊使いに斥候の才能、歌、更には魔法の武器。

 メグレズの魔法矢の威力を考えれば里の中にひとつくらい、モリアの扱える武器もあったのではないか?

 ワームはそれで駆除すれば良かったのではないだろうか。


 そう考えるとなんのためにここまで来たのか分からなくなるが、まあいい。

 多分ザジの弓矢がワームを倒す最適解だ。

 グルイーザでも勝てるだろうが、きっと碌な方法になるまい。

 過ぎたる魔法の力は身を滅ぼす。

 あの《グリフォンアイ》ベルーアは、そのことをよく分かっているのだろう。

 だから彼は魔法の力をひけらかすようなことをしないし、禁忌の領域に踏み込んだラゼルフたちのことを快く思っていないのだ。


「モリア」

「何? ザジ」

「ライシュタットのことを、もっと教えてほしい。私は、外の世界に興味がある」

「吾輩も気になるのう」


 メグレズやアリオトの情報が欲しかったのだが。

 二対一の多数決でライシュタットの話をすることになってしまった。


「ライシュタットには、おぬしのような凄腕が他にもおるのか?」

「そう、それも凄く気になる」


 考えつく限りでもレミー、ギルター、ジークリーセ辺りは自分と同じくらいか、自分よりも強いと思う。

 グルイーザ、ベルーアといった魔術師は言うに及ばず。

 ミーリットや高位貴族の衛士、名の知れた白鉄札の開拓者たちにもそれぞれ得意分野があり、どちらが上ということはない。


 一般的にあまり強くないと思われている黒鉄札の中にさえ、その実力を隠している者もいる。

 強すぎることが露呈すると、牢獄に送り返されてしまうからだった。

 今の状況では、隠す必要もなくなってしまったと思うが。


 さておき、なんの話をしたものか。


 取り敢えず、『消えた同族の謎を追って、街を訪れた男』の話でもしようと思う。

 とある集落の最後の生き残り。黒髪褐色肌の、凄腕の剣士の話だ。

 彼が住んでいた集落の名前は聞いていない。聞いていないが。


 その名はきっと、『アリオト』というに違いなかった。

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