第80話 童貞の黒歴史は踊る(2)

 館に踏み入ってすぐ、デスノスは口と鼻を手で覆った。



「この臭いは……」



 館の中の暗闇は音すら吸い込みそうなほど濃く、何も見えない。

 だが、分厚くたちこめている異臭は、ここに何があるのかを、ありありと示していた。



「電気止められてるな」



 イッサクが間延びした声で言う横で、トキハが何やらスマホを操作している。



「ちょっとまっててください。……3、2、1」



 すると、オレンジ色の非常灯が玄関ホールを照らした。

 非常灯は暗く、視界は紗幕越しのようにぼんやりとしている。

 暗いオレンジの空間に現れた惨状に、デスノスはうめきを上げた。



 優にテニスコートを取れる広さのホールに、百を超える死体が散乱していたのだ。

 半分以上の死体には首がなかった。

 デスノスの足元に、一部骨がむき出しになった首が転がっている。

 切り口は巨大な力で引きちぎったように歪だった。

 デスノスは振り返らずにイッサクに問うた。



「これ全部、お前がやったのか?」



「ああ」



 デスノスはゆっくりと振り返り、腹に力を込めてイッサクの目を見た。



「ならば、お前は自分の家族をも手にかけたのか?」



 イッサクは仄暗い闇の中で暗く微笑む。



「そういうことだ」



「……説明、してくれるのだろうな」



「そんなに凄まなくても、ちゃんと話すさ」



 イッサクは散乱している死体の中を、時々つんのめりながら歩いていき、ひときわ大きな両開きの扉の前でたちどまった。

 わずかに開いている扉を見上げ、僅かに首を傾げている。



「どうした?」



「……思い違いかな」



 イッサクが扉を押し開けると、そこは食堂だった。

 吹き抜けになた天井に、大きなシャンデリアが2つの豪華な空間。

 だが薄暗いオレンジの非常灯に浮かぶ光景は、デスノスの現実感を不安にさせた。



 中央に置かれた長テーブルには、食事中だったのか、20ほどの人影が墨絵のように並んでいる。

 みな朽ちたテーブルクロスの上に突っ伏して動かない。

 そしてどの影の首も、彼らの皿の上に切り落とされていた。



「これは……」



「俺とトキハ以外の王族だ。この日は……だれの誕生日だったかな?」



 デスノスの後ろでトキハが言った。



「セイジの9歳の誕生日ですわ、お兄様」



「そうだった」



 イッサクは長テーブルに飛び乗りのろうとする、が、足元の死体に躓いてしまい、テーブルの角で顔面を強かに打ってしまった。



「痛ってぇ……」



「何がしたいんだ、お前は?」



 緊張感を削がれたデスノスに、イッサクは長テーブルによじ登りながら言った。



「体がしびれてうまく動かないんだよ」



「ビョーキか?」



「いや、紅茶だ」



 イッサクは朽ちて伏す一族のなかを歩き、一回り小さな死体の前で止まった。

 その小さな死体はおもちゃを握ったまま、首を切り落とされ、イッサクの足の先で、腐った眼窩を晒していた。

 イッサクは表情無く、その首を見下ろす。



「その日は、親しいものだけでこの末っ子の誕生日祝うはずだったんだけど、おれが招待状を偽造してクズオヤジの取り巻き全員呼び寄せた。一人でこの数はさすがに笑えたけどな」



 デスノスが低い声で問うた。



「お前は良心が痛まなかったのか?」



 するとイッサクは目を開いてデスノスを振り返った。



「良心?俺の?くくく……あはははは!」



 デスノスは、自ら手にかけた家族の死体を前に高笑いするイッサクを真っ直ぐに見上げる。



「なにを笑う?」



「いやなに。そういえば、ちょうどこのとき、この場所で、お前と同じ言葉を吐いた男がいたな。ほら、いまもそこにいる」



 イッサクはデスノスの背後を指差す。

 振り返ると、オレンジの光が届かない影の中に、死体が山をなしていた。

 デスノスが戸惑っていると、トキハが歩みきて、一体の死体を無造作に引きずり出した。

 その死体がまとっている制服、徽章、そして朽ちかけた顔をみて、デスノスは声を震わせた。



「団長……殿」



 男はデスノスの前の騎士団長だった。

 

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