第6話 試練 乱戦

 一度、二度、縦横無尽に都合数百。常人には視認不可能な速度で振られる色模様は、リム自身の身長程あろうかという、まるでステンドグラスを切り抜いたかのような大剣。

 それと弾け合うのは、同じく巨躯な王国の宝物庫にでもあろうかという黄金に光を弾く煌びやかな両刃の大斧。


 唸る轟音と衝撃の津波は音の壁を超えている証拠で、共に残像を残し振るわれたそれらは、常人が見れば瞬きにしか見えず、剣戟というには煌煌しかった。

とは言え、この場に置ける当事者たちはそんな事など思う余裕などはなく。繰り広げられてた剣と斧の打ち合い一合一合を、捉えられなかった者はいなかった。

 少なくとも、リムとミカエの二人は間違いなくそうで。


「くっ――」


 獲物の性能さで力負けしてリムは弾丸のように撃ち飛ばされた。

 

「………」

「大丈夫?」


 暴風と共に、ミカエの前へ地面を抉りながら着弾したリムは、色模様の体剣を構え直し、己を吹き飛ばした杭の上に降りた童女を見上げて端的にそう告げる。


「ええ。ですが貴女、それは……」

「説明は後よ。今は目の前のあいつらをどうにかするのが先。まだやれる?」

「はい、おかげで少し回復することが出来ました」

「そう。後でアナタの鎖(それ)について訊かせてもらうわよ」


 言われ頷いて、リムの背後で構えて立つ。


 実にこの時、互いの能力に置ける理由や事情について一切知らず、それでもなおどうにかしなければいけない状況ではあったが、突如として参戦したリムの戦力を疑う余地はミカエにはなかった。

 見るに、先ほどの剣戟から相当数の手練れであるのは間違いはなく、あれならばどうにかできるのではないのかと希望する。


 そんな願望にでしかない希望などいざ知らず。

 大斧を持つ童女は守ったエプロンドレスの少女を見て悪戯じみたふう言うのだった。


「バカみたいバカみたい。クリア、油断?」

「さあ、どうでしょう。フレデリカ、アナタこそ油断しているのではなくて?」


 言葉通りに、バカにするようにして。見上げて覗くフレデリカと呼ばれた大斧を持つ童女へ、クリアと呼ばれた少女はそれをものともせずに受け流す。

 流されたフレデリカはフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いて、再び悪行じみた笑みを浮かべリムとミカエを見下ろした。


「ねえ、遊んでいい」

「ええ。どうやら、まだ期待できそうですので」

「そっ」

「カレン、おまえはどうするの? レアはバカみたいにいつ飛び出してもおかしくないけど?」

「そうねぇ。たまにはこういうのも悪くないわ」


 問われた白色のドレスの少女は、空間に手を忍ばせて異空から大釜を取り出す。

 鈍色の、彼女の体よりも巨大な死を詰め合わせたような大釜。どす黒く放つ禍々しい雰囲気とオーラに似た気配。それはそこに存在するだけで空間さえ刈り取り続けていて、この場にいるどんな獲物よりも一際いきている物であるはずなのに、生きている鼓動すら感じさせる死の大鎌。

 彼女はそれを構えると。合図に、フレデリカ、カレンという彼女たちは杭から伸び出して、地に立つレアからは鎖が迸った。


 全一撃が、リムへと襲い掛かる。


 頭上から、振り落ちたフレデリカの大斧が大気を逆巻、巻き割の如く振り脳天へ下ろす。

 空を裂いたカレンは、気づけばどういう原理か、背後から首狩りの大釜が襲い掛かる。

 左右からは二本の鎖が突き刺さんと蛇のようにしなり心臓を穿ちに来る。

 リムを目掛けて放たれたそれらは全て一撃必殺。弱点の部位のみを狙った攻撃であり、そこに躊躇や加減は一切ない。

 四方、逃げ場のない攻撃に隙はなく、このままいけば瞬きの間でリムの生命の停止は必至。無論、背後にいたミカエもリムを救おうと鎖を伸ばすもそれは彼女らの刃が届くまでに間に合いはしない。

 ここに、初激にて雌雄は決せられようとしていた。


 ーーが、リムはこのタイミングでだれも予想だにしないことに出たのだった。


 「なっ!?」


 踏み出す一歩は力強く。正面へ天から降ってきたフレデリカに突撃したのだった。

 大斧が落ちる寸前、その脇をすり抜けたリムはフレデリカに右肩の当身をして、必然当てられたフレデリカは声を漏らしながら斧の軌道は若干反れる。

 言うまでもなく、カレンの鎌は避けられて空を断つ。


 だが、それでもなおレアの鎖は残っている。

 それはフレデリカの体を弾いた無抵抗なリムの心臓を目掛けて左右から的確に貫いて――

 なかった。


 何故か、リムの体をすり抜けて通り過ぎており、同時にフレデリカの大斧は地を勝ち割った。

真っすぐ星ごと割る勢いでレンガを裂いて、衝撃波は外殻すら砕いて大地は我て地殻変動が生じる。伝播する波動は凄まじく、轟音とともに周囲は陥没して地は潰れてひしゃけて粉々に砕け散る。

 フレデリカを中心に巻き起こった破壊の衝動から、リムは直撃し吹き飛ぶ寸前、背後からのばしていたミカエの鎖がリムの腰へ巻き付いて、その体を破壊の爆圧からミカエ共々、数百メートルほどの強引な緊急回避により破壊範囲スレスレでから逃れた。

 破壊の衝撃が暴風となって襲い、砕けた瓦礫が丸めた紙屑のように転がり飛ぶ。


 それが過ぎ去れば辺りは潰れた荒れ地同然だった。

 着弾地点となったフレデリカから真っすぐ街の外へ世界を裂くように地面は割れ底の見えない渓谷ができたがっており、その破壊力を示すかのように、放射状にリムとミカエのところまで周囲一帯は砕け瓦礫のすら残らない荒れ地となり果て。

 今の、たった一度の衝撃で街の三分の一は消え去ってしまった。確実にそこに居た全ての命が一瞬にして消失している。


「うそ……」


 その現実に、希望していたミカエの願望は砕け散る。

 こんなの無理だと、圧倒的な力の前にそこで屈してしまい、膝をつく。


 その破壊力に愕然とするミカエにリムは淡々と、助かったわ、と、一言言うと再び構える。

 

「あはっ」


 そこへ、狂った笑みを浮かべて、正面から弾丸となって一直線に飛び込んできたフレデリカはリムに向かってそのまま大斧を振り払う。

 

 振られた大斧と、リムの大剣が激突して逆巻く剣風と共に破壊の号砲が再び巻き起こる。


「しつこいのね」

「ねえ、玩具どうしバカみたいに遊びましょ」


 鳴りあがる雷鳴も及びもつかない大轟音。それは一合一合二人が打ち合う事に生じ、地を歪ませひび割れ、重力を無視して砕けた地面が浮き上がる。

 もはや、そこにミカエが介入する余地できるよりはなく。

 斬撃と言うには暴力過ぎる太刀筋が振られるたびに、轟音と共に世界がその衝撃だけで世界は圧縮され砕けて周囲が消滅する。


「どうしたのよっ、このままじゃ街は守れないわよ。

いつまで耐えれるのかしらねえ!!」


 打ち合い続け言われる事は事実で、こうしている間にも戦いの衝撃で街の破壊は進む。岩は粉同然に粉々に四散して、地面には正体不明の圧力で圧縮されて、沈みを効かせたクレータが出来上がる。

 とは言え、リムはフレデリカの攻撃を受けるだけで精一杯で。避ける訳に行かなかった。受けるたびに生じる圧力は間違いなく、総てが破壊の全たるそれを帯びており、一つでも避けてしまえば、そのまま振られた衝撃によって再び周囲が消し飛ぶのは必然。こうしてリムがうけているからこそ、この程度ですんでいる。

 だが、それすら長くはもちはしまい。大前提として、斧と剣では破壊力という面では斧の方が圧倒的に高く、まともな打ち合いなどはなから成立する訳がないのだ。

 その上、目の前の打ち合いにリムは集中しきれていない。

 それは、レアとフレデリカの初撃に巻き込まれたはずのカレンが原因で、いまこうしてフレデリカと対自しているというのに、遠く先から狙われているのが肌全身にイヤ問う言うほど感覚を感じていた。

 恐らく二人はこの攻防を伺っており、隙さえあればどこからともなくリムを死に至らしめるだろう。

 だから、フレデリカだけに集中することはできず、常に周りに気を配りながら戦わなければいけない。


 せめてレアかカレンどちらかでも、気をこちらから散らしてもらえれば少しはマシになるのだが、ミカエにそれは期待できない。


 ミカエの戦意は既になく、地に腰つき事態に絶望している。

 あれでは無理だ。

 もはやミカエは足手纏いでしかない。


「ほら、どうしたのよ。そんなんじゃ、壊れちゃうわよっ」

「くっ」

 大きく今まで一番振るわれた大斧、それを受け止め顔を歪めながら半ば強引であるが、負けじとリアも大剣を振り返えす。


「あはっ、そう、そうよっ。それでいいの。あたし達モノは壊すために壊れるためにあるの、ねえ!! おまえだってそうでしょう?」

「意味わかんないわよ」


 轟音と共に火花を散らして地を圧縮して陥没させる。

 このままではフレデリカの言う通り、街を守るのは不可能だ。とは言えフレデリカの攻撃を避ければそれこそ街が吹き飛ぶ。

 総て受けきり打ち勝つしか道はなく、ゆえに打ち結ぶ力はさらに増してゆき。

 人を事をモノだとなんだという、リムは平常心を乱し荒れ始める。


「バカみたい、自覚がないの? そんな訳ないでしょう」

「何のこと」

「だっておまえは■■の■■でしょう?」

「っ!?」


 真実をついたその一言でリムに隙が生じる。

 

 それに気づいた時には既に遅かった。


 異空から伸びる鎖。胸を狙う鎖は避けようがなく、リムの体を貫く。


「リム!?」


 それを見て目を見開いて叫ぶミカエ。


 だが、リムの役割は勇者である。世間一般的に勇者とはこうした逆境を超えて悪を乗り越えるというのが古今東西お決まりであり、そういった幻想が求められている物。リムもその役割がゆえにその資質を有しており。


 初激の時と同様。鎖はリムの体をすり抜けた。 

 

 夢(幻想)は再びここに巻き起こり、空を突き抜けるように飛ぶ鎖など無視して。


「はあああああああああああぁぁっ!!」


 鎖の必中の確信を持ったがために生まれたフレデリカの隙を逆に突き、フレデリカの胸を真っすぐ切り裂いた。


 吹きあがる血しぶき、揺れるフレデリカの小さな体。フラフラと先ほどの勢いを無くしか弱くなり、赤いドレスは血を帯びてどす黒い紅へと濡れていく。


 そこに、更にリムがトドメの一撃を入れようとした時だった。


「そこまでです」


 静かな声に、総てが静寂に包まれてリアは止まり、ハッとしてミカエの元へ跳び引いた。

 というより引かざるおえなかった。


 手にしていた大剣が消えていた。それはなんの前触れもなく。

 ただのクリアの一言で、光がはじける訳でもなく、なにか劇的な事があった訳でもなく。

 ただ消失した。自然に、空虚に。

 最初からそれは幻想だったかのように薄れ消失したために、下がらざるおえなかった。

 剣(えもの)を失ってしまえば、何もできない。この場に置いてかなりマズい状況だと察知したが、見てみれば、フレデリカの大斧もいつの間にか居たレアの鎖も消失していた。

 膝をつく傷を帯びたフレデリカ。その傷は致命的で、リムを睨むもその表情は悲痛に満ちている。

 

 だが、それで脅威が過ぎたというわけではなく。

 むしろ、そんなことどうでもよくなるほどの不意打ちがリムたちへとけしかけられていた。


 静かに言葉を告げた主。クリアはなぜかロプトルの体を掴みそのこめかみに回転式拳銃(リボルバー)を突きつけていたのだった。


「ロプトル」

「ロプトル」


 リムとミカエが同時に困惑を滲ませて、その名を呼んだ。眠っているのか意識がない様子のロプトルに疑問は止まらない。

 何故、どうしてこの場に。

 ロプトルが生きていてよかったという安堵はあれど、事態の劇的な変化に二人はついていけない。


 そんな中で、静かにクリアが淡々と言う。


「言ったでしょう。油断しているのはアナタではななくて? と」

「うるさい」

「はぁ」


 睨み返すフレデリカに小さくため息を漏らすと、淡々とリムとミカエの方へ視線を移す。


「この辺りで痛み分けといきましょう。合格です。と言ってもギリギリとなりますが」

「合格ですって?」

「はい。2度目のアナタなら分かるのではないのでしょうか」

「それは、試練……ということ……」

「ええ。今回は(・)合格です」

「ふざけないでっ。なにが合格よ!? 大体あなた達は一体っ!!」


 リムが怒鳴り問うたその時、ロプトルが不意に目を醒ます。


「リム……ミカエ……」

「ロプトル」


 それにいち早く反応したのはミカエで、彼女はすぐさま立ち上がって、ロプトルへ駆け寄ろうと踏み出そうとするが。


「動かないでください」


 あくまでも冷静に静止を思わせるほどの静寂さで言い放たれたクリアの言葉で、ミカエは思わず動かしそうになった足を止めた。


 状況は未だ変わらず。ロプトルのこめかみには回転式拳銃(リボルバー)の銃口が突きつけられたまま。絶望的な状況にはなにも変わりはない。


「なにこれ……」


 そんな中で、意識をはっきりさせたロプトルが状況に声を漏らし困惑する。 


「動けば撃ちますよ」

「え? は……リム、ミカエっ、やだよ、なにこれ、助けて……」


 状況を理解し助けを呼ぶロプトルは涙を流して声を漏らす。


 それに、動じず何事もないように。


「今宵はここまでですわ」


 ただ静寂に言って、突如クリアや他の三人も姿は半透明に薄れていき。

 最後には消失して、力なくロプトルはその場に尻餅をついた。


 後には静寂だけが残り。


「ロプトル!!」


 放心状態のロプトルをミカエが走り出し、抱きしめた。


「ロプトル。良かったロプトルぅ」

「ミカエ……」

「よかった、ロプトル」


 形的にはミカエが抱き着いてすがり泣きじゃくるような形となって、涙を流しそこで、うずくまる。


 リムが空を見上げれば守護(マリア)は戻っていた。

 それどころか、あの血だまりのように真赤にそまった巨大な月も存在せず。

 空は元の邪悪な黒雲が広がる元の空へと戻って、黒炎の異形は街から消えていた。


 後には残ったのは、街の大半が崩壊した戦場の後傷のみ。


「どうして? アタシ、あの黒いのに食べられて……」


 泣いてうずくまるミカエに抱き着かれて、ロプトルはなにが起きたのか理解できていないようすで放心状態であった。


「教会へ帰る道で……」


 その言葉にピタリとなくじゃくっていたミカエが固まる。


「ミカエ?」


 何かに気づいたのか、涙を止めて死人の表層を浮かべて何故かミカエは無言で立ち上がって不思議に思いリムのかけた言葉にも気づかず、言葉を小さく漏らした。


「みんなは……」


 ボソっと小さく呟くと、まるで何かにとりつかれたようにミカエは走り去ってしまう。


「ちょっと、ミカエ?」


 ロプトルの声も届かず走り去る方向は教会。

 不思議に思い、顔を二人は顔を見合わせた後を追う。


 そして――


 教会について、一足先に地下の入口についていたミカエはリムとロプトルが着くと、ストンッと腰を落とした。

 二人が不思議に思い近寄って見ると。


 そこには、赤く血だまりに濡れた誰も居ない地下室で。


「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァッ!!!!」


 頭を抱えミカエの絶叫が静寂で伽藍洞な教会にこだました。



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