第4話 審判者
手を引いていたいた。
わたしの状況を説明するにはその一言で十分で、なにが起きているかなど考える余地などなかった。
ただ、引いている。繋いだ手はがっちりと離さないように。ローザちゃんの小さな手を強く握って、強引に無我夢中で走っていた。見る者すべてに目を瞑りながら。
わたしを迎えに来たローザちゃんを引き連れて、街に戻る。そんなわたしを待ち受けていたのは、見るに耐えない痛ましい光景だった。
街の全方向あらゆる場所から侵入した人ならざる者ギニョール。彼らは瞬く間に街中に蔓延り、人々を食い散らかす。
逃げ惑う人々、何処からか現れ人を捕まえれば食い散らかすギョニール。
その中を一心不乱にみんなが居るであろう真っすぐ教会へと突っ切る。
右の家で人の頭が弾け脳汁と血痕をまき散らし黒く燃え上がった。
左の道で捕まった女性が足を引き抜かれ、悲鳴を上げる間もなく腸を噛み散らかされた。
わたし達の後ろで私たちに助けを呼ぶ奇声が断末魔へと変わった。
右も左も前も後ろも、逃げ場のない街を人々はあらゆる方向へ逃げ惑うパニックの中。
走る。走る。ただ走る。
見えるもの総て昨日までの穏やかな世界は何処にもなく、すべて地獄とかした街を視線を伏せてできるだけ見ないように無我夢中でただ、謝りながら。
みんな、ごめんなさい。
わたしの、わたしのせいで――。
わたしがこの街に来たから……。
「ヒッ―――」
その時、手を手を引いていたローザちゃんの声が引きつった。
通り過ぎる寸前、家の中からギニョールが飛び出して、ローザちゃんの体に触れかけた。
「もっと早く走って」
ギリギリ、間一髪のところで伸ばされた手は届かず、通り過ぎ、更に速度を上げようとしたところで、正面を見たわたしは思わず足を止めた。
「うそ……」
広がっていたのは絶望だった。
左右に民家の連なる大きな一本道。その先は赤く血まみれた人だった何かと、無数のギニョールが蔓延っていて。
「後ろ……」
腕に抱き着いたローザちゃんが袖を引いて今度は背後を見る。
「挟まれた……」
背後からも、前の道よりも圧倒的な数が迫って、わたしたちは囲まれてしまっていた。
前後に迫りくる脅威。その数は数百か数千か数など数える余裕なんてないし、大通りを埋めつくす程に大群と化している。
冗談きついよ。
もしこれが夢ならば直ぐにでも冷めて欲しい。例え寝坊でミカエちゃんから叱られたとしても、どんな罰だって受けるから。
こんなこと……。
「おねえちゃん」
うんん、弱きになってはダメだ。
今はわたしがおねえちゃんなのだから。
「ローザちゃん。大丈夫だよ。わたしが守るから」
怯えるローザちゃんを抱きしめて。
わたしは誓うようにひと時の間目を瞑ると、覚悟を決めて。
そうして放し、迫る人ならざる者の前へと出る。
わたしがお取りになれば、ローザちゃん一人小道へと人逃げるぐらいの道は開けられるはず。
わたしのことは良い、ローザちゃんさえ、この子さえ逃げてくれれば。
前へ出たわたしへとゆっくりと迫りくる。
ジリジリと這いよるかのように。ほんの数秒の事が何分、何時間と感じられた。
「リアおねえちゃん」
そうして、黒炎の手がわたしへ触れそうになった時。
それは起こった。
「きゃっ!?」
目の前を突風が吹き抜けて。風にはじき返されるかのように尻餅をついたわたしの目の正面で、ギニョールはまるでかまいたちに巻き込まれたかのように粉微塵にかき消えていた。
そして、背後も同様に。無数の民家程の長さがあろう木の杭が天から降り注ぐと、地面と共にギニョールをえぐり返し、落ちた衝撃に弾かれて吹き飛んでいく。
そうして、程なくし彼らは消えゆく炎のごとく、弱火になって最後は消失した。
なにが起きているのだろうか。そう思考する暇すら与えてもらえず、今度は空から声が聞こえる。
「そう言うこともありえるわよねぇ」
「はぁあっ……ああっ、最高ですっ」
「あーあ。バカみたいバカみたい」
「ダメですわ」
見上げると柱のように無数に突き刺さった杭。その四本の上に一人ずつ女の子が立っていた。
4人とも雰囲気もその身なりもばらばら。服装はこの街の衣服の様であれば見たこともない鮮やかな物まで。ただ、総じて同じなのは全員ドレスだということだ。
そのドレスに。わたしは遠い憧れを感じる。
あれは、まるで物語に出てくる勇者様に助けてもらうお姫様のようで、物語のお姫様が今ここに現れたような。そんな気がして、正体不明の彼女達に恐怖心がありつつも、うらやましくすら感じた。
けれども、そんなうらやましさなど、一瞬の夢から覚める。
青い短髪の白いドレスの子が言った。
「壊れた人形に要はないのではなくて」
長い黒髪の、漆黒のドレスに十字架の装飾がされた子が言った。
「今すぐ愛して、愛して。ああ――壊してしまいたい」
翠の短髪の赤いドレスの四人の中でもっと幼い童女である子が言った。
「バカみたい」
狂っている。
この人たちなんで、こんな時に笑ってられるの。
態度の高さはまちまちだが、各々勝手な適当な事を言った彼女らは笑みを漏らし、まるで目の前のわたしを見世物みたいにあざ笑っているのが分かった。
なんなんこの子たち……。
意味が分からない。理解できない。先ほど起きた現象もそうだが、いまこうして笑われている自分がいるというこの状況に困惑する。
困惑していると。
「こんなモノ」
一人黙っていた長い紫色の髪にエプロンドレスを纏う少女は、一歩杭を踏み出すと後ろ腰から回転式拳銃(リボルバー)を手に握りわたし達に向けて――
バンッ――‼
「あ……」
懐にいたローザちゃんの胸から鮮血が飛び吹き飛んだ。
なんで……。
「ローザちゃん!!」
胸から血を流し倒れるローザちゃんを膝をついて抱える。
「おね…ちゃん……」
弱々しく擦れる声が漏れて、光の気かかけた瞳がわたしを見上げている。
「なんで……なんでっ!!」
振り返り、ギリっと杭の上の射殺した張本人を見上げ睨む。
なんでこんなことしたの。なんでと。
けれども銃弾を撃ち放った張本人には、柳に風と瞳を閉じられ静寂と共に受け流されて。
「おね……」
不意に睨むわたしの頬に小さな手が触れて、スッとぱたりと血だまりに落ちた。
「あ……あっ……」
わたしは言葉が詰まる。叫びたいが叫べない。溢れる感情がぐちゃぐちゃと混ざり合って何を声に出せばいいのか分からない。
止めて、死なないで。どうしてこんな。
つまる声に鍔を飲み込み。自然と涙は落ちた。
「なんで……」
そうして、涙とともに出た言葉は妹を失ったわたしの声で、弱音ばかり吐くおねえちゃんに甘えてばかりのわたしだった。
同時――。
死に絶えたローザちゃんの体は薄れ光の粒子が弾けるように飛び放ち、彼女の体は消失した。
「っ~~~」
死体は残らない。
死者は例外なく誰であろうと、露となって世界に溶け行く。
だから、わたしは消えて抱きしめていた感触がなくなった手を爪が肉に食い込むほど握りしめる。
なにもなくなってしまったから。
もうわたしは……。
「おねえちゃん」
そこで、わたしの体は吹き荒れた風によって中に舞った。
回る天。浮遊する体。
一体何が起こったのか分からない。ただわたしは飛んでいる。
そのまま体は吹き荒れる風に飛ばされて、レンガの民家を突き破って体が砕ける痛みを感じる。けれど、そんな傷みさえもうどうでもいいか……。
もう……。
今思えば、今日はずっとなにがなんだか分からない事ばかりだったな。そう、思ったのが最後で、私の意識はそこで途絶えた。
「リア!!」
そんなわたしの事を読んだ声が聞こえた気がして……。
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