第34話 七人の魔法少女②

 ファンシーな店の中心で、壮絶な罵り合いを続けている、魔法少女姿の男とメイド。


「はーい、お兄さん時間でーす」


 握手会でアイドルからファンを引き離すスタッフのように、変身を済ませた俺が魔法少女男とメイドの間に割って入る。


「な、何だ、お前は! ぼ、僕はシャルたんと将来の話をしてるんだ! 邪魔をするなぁ!」

「だ・か・ら! 誰もアンタと将来の話なんかしないっつーの! 笑わせんな三下が! さっきから親切に言ってるじゃん! お前みたいなのがアタシみたいな美少女と結婚したいなら、この世じゃ無理だから、さっさと異世界転生しろって!」


 ローキック入れながら、罵詈雑言を浴びせ続けるメイド。

 シャルと呼ばれたメイドは、可愛らしいロリっ子姿からは想像できない悪辣さだった。

 異世界転生なんか実際は無いんだから、要は死ねってことだろ。マジで性格悪いな、このメイド。助ける必要あんのか……?


(※注意 この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。本当のメイドさん達は素敵な方々ばかりですのでご安心ください)


「お客さん! なにやってんの!?」


 丁度その時、外から戻ってきたボーイ風の男が声を張り上げた。


「お前……シャルちゃんにずっと付きまとってた──確か下野だったか、なんだその恰好は!? つーか、この子達も何? 魔法少女? 何がどうなってんだよ!?」

「――っ、助けて。店長!」


 助けを求めるシャルの悲痛な声に、店長が怒りの形相で魔法少女男に詰め寄る。

 店長の年齢は四十程度だろうか、俺ほどではないが、相当な体躯の持ち主だ。

 買い出しにでも行っていたのか、その両手には大量の食品が入ったビニールをぶら下げている。


「あんたねえ……もう二度と来るなって言ったよな! 今回ばかりは警察呼ぶから、覚悟してもらおうか……」


 昔はやんちゃしていたのだろうか、店長は慣れた雰囲気で魔法少女男――下野を睨みつける。

 それは、普通の男なら震え上がってしまいそうな迫力。

 だが下野は、道端の雑草でも見るかのように一瞥くれると、


「そうだシャルたん。ボクはキミに相応しい男になるために、力を手に入れたんだ……。ほら見てて、ボクらの未来の邪魔をするこのゴリラ男だって……こうやってステッキを一振りするだけで――」


 下野はその手に持ったステッキを軽く振り上げる。 

 それはあまりに簡単な動作。

 肘から先を動かすだけの、ちょっとした運動。

 だがその〝簡単〟に、人間一人を地上から消し飛ばす程の〝暴力〟が込められていることを、俺は瞬時に察知する。


「――くっ! このぉ!」 


 俺は魔法少女力を一気に爆発、ステッキに収束させると、


「エンジェリック・ラブリー・ピンクレモネードォォォォッ!」


 店長の頭にステッキが振り下ろされるギリギリのところで、俺の必殺技が下野の顔面に炸裂した。

 強烈な力の激突に、爆発にも近い衝撃音が店内を駆け抜ける。弾けた空気の圧に、全ての窓ガラスが跡形もなく吹っ飛ぶ。

 咄嗟の事で手加減なんて考える余裕はなかった。

 今までも魔法少女の浄化は何度もやってきたが、無防備の顔面に本気の必殺技をぶちかましたことは……さすがに無い。


 ――やべえな……殺しちまったか?


「やったか、杉田?」


 必殺技の直撃と同時に、ゴリラ店長を下野から引き離した中村が余計な一言を口走る。


「てめえ、中村! 『やったか?』とか、分かりやすいフラグ立てんじゃねえよ!」


 漫画でも何でも、その台詞が出た時は、絶対に敵を倒せてないってのがお決まりのパターンなんだよ。


 そして、その嫌な予感はやはり的中する。

 立ち昇った煙の中から現れたのは――

 

「いきなり、殴るなんてヒドイじゃないかァァァ」


 五体満足で半狂乱になった下野の姿だった。


「……マジかよ……全力だったんだぞ。なのに傷一つないって――」


 それどころか……こいつは攻撃を喰らった場所から一歩たりとも動いてすらいない。


「おいおいおい、お前の顔面何で出来てんの? 超合金? オリハルコン? アダマンタイト?」


 軽口を叩くが、それが強がりに過ぎないことは自分でも分かっていた。

 確かに手ごたえはあった。無防備な顔面への完璧な一撃だった。今までで最大の力を込めたという自負すらある。

 だがコイツは無傷だった。姿勢一つ崩してすらいない。

 俺に出来たのは、ステッキを振り下ろすタイミングをコンマ数秒遅らせただけ。

 確かに、そのコンマ数秒で、店長の命は助かったかもしれない。が、


「全力で撃ち込んで、ちょっと動きが止まるだけかよ……マジで詰んでるなこりゃ……」


〝七人の魔法少女〟ってのを甘く見ていた。

 しかも目の前の男は、まだ人間のカタチを保っている。それは変身アイテムによる浸食がそれほど進んでないことを意味していた。

 浸食が進めば進むほど暴走魔法少女はより力を増す――それは要するに、コイツはまだまだ強くなる、ということを意味していた。


 流れる汗もそのままに、俺はオノディンに叫ぶ。


「おい、こいつ無理だろ! 到底勝てる気がしねえぞ!」

「いや、そこをなんとか! 持ち前の魔法少女力と気合で!」

「無茶言うんじゃねえ、死ねってのか!? これイベント戦闘だろ!? 最初は負けて、新必殺技とか合体必殺技を習得した後で勝つってパターンだろ!?」


 絶望的な状況に焦る俺に、メイドの腕を掴んだままの下野が声を荒げる。


「何だよ君たちはぁぁぁ、魔法少女のコスプレなんてしてぇぇ。いけない。いけないなぁ。こんなお店にキミたちみたいな子供が来てちゃ……ろくな、大人に、なれないよぉぉぉ」


 目が血走っている。一秒ごとに、その声にから理性が零れ落ちていく。

 そして下野は、先程まで店長に向けていたステッキの矛先を、今度はこちらに向けた。


 ――やべえ、これは死ぬかもな。

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