第42話 わたしにとっては、世界一カッコイイお兄ちゃんなのっ!①

 ――オノディンから、すべての真実を聞いたその夜。


 俺は布団に転がり、見慣れた天井に手を伸ばす。

 中村の家では、たった数時間を過ごしただけなのに、わが家がひどく懐かしく感じた。

 疲れるようなことは何もしていないのに全身がだるい。頭が重い。柄にもなく頭を使いすぎたせいかもしれない。

 無理やり眠ろうと目を閉じても、その度に、中村との最後の会話が思い出された。


「――そんな顔をするなよ杉田。安心しろ、お前に迷惑はかけないさ」

「安心しろって、お前何言って――」

「俺は奏多を助けにはいかない」

「な!? てめえ、それ本気で言ってやがるのか――」


 中村の言葉に思わずカッとなる。だがその顔を見た瞬間、言葉を続けることが出来なくなってしまう。

 人は……こんなにも辛く寂しい表情ができるのだろうか……。


「お前の妹が奏多のために泣いてくれたのを見て決めたんだ。この世界には、奏多の大切が溢れている。あいつが護ろうとしたこの世界を、俺が壊すなんて……出来るわけがないだろう?」


 あの時の中村の顔が頭から離れない。


 まったくもって寝付けやしない。

 仕方ないので水でも飲もうかと布団を出る。

 だが、ふとこころの部屋の前で立ち止まる。

 部屋をそっと覗くと、そこには安らかな寝息を立てているこころの横顔があった。


「最初から選択肢なんて無いんだよな……」


 何を持ち出されたって、天秤にかけることなんて出来るはずがない。


「お兄ちゃん……?」


 気付くと、横たわったままのこころの目が、しっかりと俺を見つめていた。


「悪い起こしちまったか……?」

「ううん、大丈夫。お兄ちゃんこそ、こんな時間にどうしたの? 夜這い?」

「するか!」

「なんだぁ、違うのかぁ……」


 何でちょっと残念そうなんだよ?


「わたしがあまりに可愛いから、ついに辛抱たまらなくなっちゃったのかと思ったよ」

「辛抱たまらんのは否定しないけどな」


 だが断る。そんなのはエロ同人で十分だ。


「お兄ちゃん……元気ないね?」

「お前こそ……」

「あはは、そりゃ『記憶を失ってるけど、あなたは魔法少女だったんです』なんて話をいきなり聞かされたらね……。聡明美少女こころちゃんでも、頭が混乱するってもんですよ」


 こころの声は明るかった。

 けど、いくら鈍感な俺でも、それが無理して作り上げたものだということはすぐに分かった。

 常夜灯だけの薄暗い部屋のお陰で、こころの表情がよく見えないのが、せめてもの救いだと思った。


「…………やっぱり、信じられないか?」

「ううん。むしろ、ずっと感じてた何かが欠けてるみたいな違和感――その正体が、やっと分かって、むしろスッキリしたって感じかな……」


 記憶は戻らないままだけどね、とこころは苦笑いする。


「でも今はわたしのことはいいよ。そんなことよりさ――お兄ちゃんは、どうしたいの……?」


 抽象的な質問。

 でも、それはきっと、中村と奏多についてのことだろう。


「―――――俺は、助けには行けない……」


 喉を切り裂くように、その一言を絞り出す。

 今まで俺は、自分を過信していた。

 自分は強いと思っていた。

 敵をバッタバッタと倒して、困っている人は全員助けて――アニメの魔法少女みたいになれると信じていた。

 どんな強い敵が現れたって、希望が見えなくったって、挫けず、へこたれず、前だけ真っ直ぐ見て、あらゆる困難を突き破れると信じて疑わなかった。

 でも、実際はどうだ? 情けないったらありゃしない。

 こぶしを握る。強く、強く、握る。

 何もできないのなら、こんな手はいっそ壊れてしまえばいいのに……。


「お兄ちゃん……」


 その手が優しく包まれた。柔らかく、暖かいこころの手。

 その指が、固まった俺の手を、ひとつひとつ優しく解していく。


「お兄ちゃんが最恐の不良なんて笑っちゃうよね……。こんなに優しい人なのに……」

「こころ……」


 俺の目を覗き込んだこころが優しく笑う。


「中村さんからね、自分がい居なくなったらお兄ちゃんに伝えて欲しいって、伝言を預かってたんだ……」


 本当はまだ言っちゃ駄目なんだけど、とこころが笑う。


「居なくなったらって……何だよ、その遺言みたいなのは……」

「中村さん、お兄ちゃんに謝りたいって……。学校で厳しく当たったこと、退学に追い込もうとしたこと――悪く思ってるって……」


 何を今更言ってやがんだ。らしくもねえ……。


「知ってた? お兄ちゃんの学校、廃校になるかも知れないって……」

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