第25話 絶滅したんだ、世界を護るために……④

 

「――そうして魔法少女もアビスの使徒も、この世界から消滅したんだ……」


 オノディンは先程までのバカ騒ぎが嘘だったかのように、俯き呟いた。


「化物と相打ちで消滅って、穏やかじゃねえな。じゃあ……その、なんだ…………魔法少女は全員、死んじまったってことなのか?」

「いや、言い方が悪かったね。彼女達は死んではいないよ。ただ……」


 死んではいない。

 そう言ったオノディンは、言葉を続けるための覚悟を決めるかのように大きく息を吐いた。


「ただ、全ての魔法少女力を使い果たした彼女達は、魔法少女としての記憶と才能の全てを失ったんだ。今は、何もかもを忘れて普通の女の子として暮らしているはずだよ」


 だからそこまで酷い話ではないんだよ、と笑うオノディン。

 だがその笑顔は、言葉とは裏腹に酷く寂しそうに見えた。


「複雑な顔をしているな。魔法少女たちは日常生活に戻れているんだろ? それに命懸けの戦いだったということは、辛い記憶も多かったんじゃないのか?」


 確かに中村の言う通りだ。

 もし戦いの記憶が辛いものであるなら、忘れてしまった方が、ある意味では幸せな結末とも言えるだろう。


「そうだね、確かにそれも一つの幸せかも知れない。けれど、彼女達の戦う姿をずっと見てきたボクとしては、やるせないんだ……。そりゃ辛いことは多かったと思うよ。けれど、決して忘れてはいけない想いだって、そこには在ったはずなんだ……」


 オノディンの肩が震える。


「命懸けで護ろうとした大切な何か。心を結んで戦った仲間。戦いで命を落とした誰か――その何もかもを忘れて笑っている彼女達を見ると、ボクはどうにも泣きそうになるんだよ……」


 こんなのボクのエゴでしかないって自分でも分かっているんだけれどね、とオノディンは最後に小さく笑った。


「オノディン、お前……結構大変な思いをしてたんだな……」


 目頭が熱くなるのを感じた。

 隣を見ると、中村も涙を堪えている様子だった。

 やめてくれよな。俺達みたいな人種は、魔法少女関連の話には涙腺ゆるゆるになるんだからよ。

 自慢じゃないが、カラオケで『みく☆ミラ』の一期最終話の映像見ただけで毎回泣いてるんだぞ。


「ボクの苦労なんて大したものじゃないさ。ただ知っておいて欲しかったんだ。今の人間界の平和は、数多の魔法少女の犠牲の上に成り立っているんだってことをさ……」


 そこまで話すと、今度は一転、オノディンは軽快に声のトーンを上げる。


「ま、余談はさておき。ここからは未来の話をしよう。魔法少女たちが救ってくれた、この世界に降りかかった新たな脅威についてね」

「新たな脅威って……さっきのアレか? 確か魔法少女が暴走してるとか言ってたな」

「そう、暴走魔法少女さ。魔法少女力を持たない人間が変身アイテムを持つと、アイテムに意識を乗っ取られて暴走してしまう――という説明はしたよね?」

「ああ……」

「それに、変身アイテムが魔法少女力を持たない人間に憑りつく事件が多発してるとも言っていたな」

 

 と、中村。あんな緊迫した状態での会話をよく覚えてるなコイツは……。


「ああ。魔法少女が消えた結果、世界には魔法少女たちの変身アイテムだけが取り残された。持ち主を失った変身アイテムは自然とその活動を止める――というのがボクらの予測だったんだけれどね……」

「蓋を開けたら大外れだったというわけか……」

「その通りだよ中村。持ち主を失った変身アイテム達は、その活動を止めるどころか、勝手に動き回って自身に相応しい新たな持ち主を探し続けるという、ゾンビのような存在に成り果ててしまったんだ」


 新たな持ち主を探し続けるか、ゾンビっていうか、まるで寄生虫だな。


「でも、世界中の魔法少女はその記憶と才能を失っている。新たな持ち主なんてそうそう見つかるわけがない……」

「だから、あんな化物が生まれちまうんだな……」


 十分な魔法少女力さえあれば、変身アイテムに意識を乗っ取られることはない。

 だが、魔法少女力を持つ人間自体が、この世界にほとんど残ってないということなんだろう。


「そういうことさ。ちなみに今回キミたちが解決した事件が五件目になるんだ」

「五件目って……多発してるってのは本当なんだな」


 オノディンが神妙な顔で頷く。


「今までの暴走魔法少女事件はボクと数人の部下で対処してきたんだけれどね、正直それももう限界でさ……」

「限界ってどういう意味――」

「天界はアビスの使徒によってほぼ壊滅状態でね。正直、人間界にまで手を回す余裕がないんだ。今までは人道的支援という形で、変身アイテム対策に人員と経費を割いていたんだけど……」


 そこまで言ってオノディンが言葉を止める。

 そして、少し間を開けてから覚悟を決めたように、その言葉をつづけた。


「――けれど先日、天界上層部が、その支援の停止を決定したんだ……」


「なっ!?」


 思わず身を乗り出す。


「ふざけんなよ! その変身アイテムだって……お前ら天界ってのが作ったんだろ!? 自分達で作っておいて、その始末は他人任せってか!?」


 俺たちの変身アイテムはオノディンの産んだ卵の中に入っていた。

 それは、魔法少女の変身アイテムは天界が作ったという証拠に他ならなかった。


「その点については弁解の余地もないよ。ただ上層部の言い分としては、天界が介入しなければ人間界はとっくにアビスの使徒によって滅ぼされていた。だから、アビスの使徒の脅威を排除した時点で、人間界への義理は十分に果たした――という理屈らしい」


 オノディンの言葉に、中村が深くため息を吐く。


「それにしても、まるで自分達だけの力だけでアビスの使徒とやらを排除したような言い方だな……。実際に戦ったのは人間の魔法少女なんだろう? だとすれば、控えめに言ってもそれは共闘だ。戦後処理を片方だけに押し付けるのは筋が通らないな」

「中村、キミの言う通りだ……返す言葉もないよ……」


 謝罪を口にした後、オノディンはこう続けた。


「結局ボクは上の決定に納得出来なかった。あの子達が護ったこの世界を、見捨てるなんてボクには出来なかった。だからボクは上の命令に逆らって、独断で人間界にやって来たのさ」

「へぇ、オノディンお前、意外とカッコいい真似するじゃねえか……見直したぜ……」

「あはは。まぁ、飛び出したって言っても上司が手を回してくれたお陰で、何とかクビにはならずに済んだけどね。その代わり、めでたく孤独な単身赴任ってワケさ。同期連中はボクが左遷されたと思って喜んでいるだろうね……」

「天界って、意外と世知辛いんだな……」


 花畑で爺さんと婆さんがお茶してるってイメージは全然違うらしい。


「――で、お願いできた義理じゃないことは分かってるんだけれど、改めて頼むよ。人間界に散らばった変身アイテムの浄化、回収に協力して欲しい」


 オノディンが深々と頭を下げる。


「ボクが一人で地上に降りて三カ月――暴走した魔法少女に対抗出来る程の才能を持った人間に出逢ったのは、キミ達が初めてだった。正直、運命だと思ったよ」


 オノディンの本気が伝わって来る。

 コイツは魔法少女たちと一緒にアビスの使徒と戦ったのだろう。

 だから、魔法少女たちが記憶を失ってしまった今でも、彼女達と彼女達が護ったこの世界を大切に想ってくれている。

 たとえ魔法少女達が自分のことを忘れてしまったいるのだとしても……。


「杉田、中村……どうか魔法少女として世界を救って欲しい……」


 色々と気に食わないことはある。変身しても男声のままとか、ぶっちゃけありえない。JAROに訴えられても仕方ないレベルだ。

 それに命の危険だってあるかも知れない。

 マジで死んだりもするかも知れない。

 怖くないと言えば嘘になる。俺に何かあったら……そりゃ人数は多くないだろうけど、それでもきっと泣いてくれる奴もいるだろう。

 けど、それでも、今ここでオノディンに協力しなかったら――これからの人生、俺が俺の中のみくるたんに顔向けできねえ。

 俺が俺の生き様に納得出来ない……そんなのは真っ平ごめんだった。 

 中村と目が合う。その表情から、中村も俺と同じ結論に辿り着いたことが伝わってきた。


「任せろ。世界は俺達が救ってやる」


 ――この日から、俺と中村の魔法少女活動が始まったのだった。

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