第14話 ボクと契約して――以下略――①
「――いちゃついているところ、邪魔して悪いんだけど、そろそろボクの存在にも気付いて欲しいな……」
触手男の動向を探っていた俺と中村。
その背後から突然声がした。
「「っ!?」」
俺達は瞬時にその場を飛び退く。
「あはは、良い警戒心だね。反応速度も素晴らしい。やっぱりキミ達を選んで正解だったみたいだ」
それは、まるで古い友人に語りかけるかのような軽い口調。それでいて重低音。深みと品のある男前な声。
いつの間にか現れたソレの、姿に似合わぬ語り口に面を喰らう俺たち。
「何だお前は……あの化け物の仲間か?」
その〝姿〟を確認した中村が怪訝そうに声を上げる。
化物の仲間――それはそうだ。こんな奴を目にしたら誰だってそう思う。
何故なら、声の主は人間ではなかったからだ。
馬……といえば馬なのかも知れない。だがそのサイズは中型犬程度しかなく、薄紫の毛並みもタオル地のようで、丸々としたシルエットは、ほとんどぬいぐるみそのもの。
目の前のソレは、明らかに地球上のどんな生物からも逸脱している存在だった。
「それにしてもびっくりしたよ、杉田智(すぎたさとり)。まさか、生身の人間が〝魔法少女〟を殴り飛ばすなんて……前代未聞だよ」
俺と中村の狼狽など気にも留めず、変わらぬ口調で話を続ける馬。
「こいつ…………見た目ぬいぐるみなのに、声がイケボでマジキモいな……」
「ああ、引くレベルに気持ち悪いな」
「最初にツッコむところがそこなのかい!? 他に気付くところない? ほら、ここ! これ!」
謎の馬が指さす先、その額には、真っ白な一本の角が光り輝いていた。
「それは、角……? こいつまさか、ただの馬じゃなくて、ユニコーンなのか?」
「この不細工なやつが? 確かに馬に角が生えているが……いや、でも、これが……?」
中村の歯切れが悪い。こんな珍妙な物体をユニコーンと断言したくないのだろう。
気持ちは分かる。こんな胡散臭いの、俺だってユニコーンとは認めたくない。
「キモいとか不細工とか、初対面なのに酷いなぁ。どこからどう見たってユニコーンじゃないか? 見てよ、この立派にそそり立った黒光りするボクの角(イチモツ)をさ」
「気持ち悪い言い方すんじゃねえ! その自慢のイチモツ、引っこ抜いてやろうか!」
ユニコーンの足と角を掴んで、ぐいーーーーっと思い切り引っ張ってやる。
「あ、あ、ダメ。角はダメなの。いや、らめぇ~~~!」
「気持ちの悪い声を出してんじゃねえっ!」
「乱暴だなぁ。折角良い話を持って来てあげたっていうのに、この扱いは酷くないかい?」
飴細工の様に引き伸ばされたまま、ユニコーンは平然と言葉を続ける。
「けっ、良い話を持って来たとか言う奴に限って、大抵ロクなもんじゃねえんだよ! 婆ちゃんも言ってたぞ。『良い話があるんですよ』って家に来る人間はみんな詐欺師だから、全員木刀でボコボコにしても、誰も警察呼ばなかったってな!」
「随分エキセントリックなお婆さんだね。杉田のお婆さんらしいけどさ」
おうよ。婆ちゃん死んだときは、ヤクザの親分っぽいのが大勢弔問に来てたくらいだからな。
「――って、俺の婆ちゃんの話はいいんだよ。てめえ何者だ? 何が目的だ?」
ユニコーンをぶん回し、今にも遠投体勢に入ろうとしていた俺。
だがそこで中村が俺を引き留める。
「まあ待て杉田。ここは話を聞け。このぬいぐるみ、さっき気になることを言っていたからな」
「あん? 気になることって何だよ?」
「おい馬。貴様さっき魔法少女がどうしたとか言っていたな……」
「へえ、杉田智と違って、さすがにキミは冷静だね――中村悠(なかむらはるか)」
隙を突いて俺の手を逃れたユニコーンが、その姿に似合わぬ渋い声で笑う。
「てめ、俺達の名前をどうして……」
「それはもちろん、キミ達をずっと観察していたからさ。キミ達についてなら大抵のことは知っているよ。例えば、杉田智――」
突然名指しされ、少しビクッとなる。
「俺の何を知ってるってんだよ……」
「そうだね。タンスの奥のコレクションの話とかはどうだい? 未成年が持っていちゃいけないアレだよ。キミがシコシコ――じゃなくて、せこせこ集めた魔法少女物のエロ――」
「わーーーーーーーわぁぁぁーーーーーわぁぁぁぁぁっ!!!」
「触手ものが多いよね。あんな可愛い妹がいるのに、あんな強烈なモノ隠し持っているなんて……妹のこころちゃんが知ったらどう思うか」
「てめーーーっ! 黙れ! それ以上言ったらマジぶっ殺す!」
「そんなに怒らないでよ。キミが『俺の何を知ってる』って聞くから、一部抜粋しただけじゃないか」
「一部抜粋する部分が悪意に満ち満ちてんだよっ!」
掴みかかる俺の手をするりと抜け、今度は中村に向き直るユニコーン。
「中村、キミに関しても色々と知っているよ」
その言葉に中村がこれ以上ない程の不快感を示す。
お、これは面白い反応だ。珍しく焦ってるな。
俺の大事な秘密を暴露したことは許しがたいが、中村の秘密も握れるのだとしたら悪くない。
「昨日のアレは傑作だったね。杉田にも見せてあげたかったよ、紙袋の中身を確認する前のテンション高めの小躍り。それに、中身が違うことに気付いた時の慌てふためく姿。ぷーくすくす、思い出しただけでヘソで茶が沸くよ――ぼぉうぇっ!」
中村による首相撲からの膝がユニコーンの顔面に直撃する。
「こ、こいつはあの化け物の仲間だ! さあ殺すぞ! 今ここで殺すぞ!」
殺人キックを延々と繰り出す中村の顔は、耳まで真っ赤に染まっていた。
「そ……そうだ……な。ぷ……くく、そ、そいつは大変……だ。早く……こ、殺さない……ぶはっ!」
必死。必死過ぎるぞ中村!
「杉田! 貴様、何笑っているんだ! 全部コイツのデタラメだ! でたらめだからな!」
笑うなって? いや無理だろ、絶対無理。だって面白すぎる。
あの中村が小躍りって……。そんなにくろみたん抱き枕カバーを楽しみにしてたとは。そんで袋開けたら中身が違ったんだろ?
ぐはっ、駄目だ。想像しただけで笑いが堪えられない。は、腹痛え。
「な、中村……ぷぷ、そ、それくらいで……か、勘弁してやれ……ぷぷぷ」
「ちょ、杉田の言う通り、ぶへっ! 痛っ、痛い、ホント止めて! キミの愛するくろみちゃんも、こんな結末を望んでいない、ぎゃあああ!」
「お前ら、いい加減に黙れぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
容赦ない膝の連打が延々と続く。
だが、誰よりも苦痛に顔を歪めていたのは、中村自身だったことは言うまでもないだろう。
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