第9話 命の線引き④

 広場には村人総出で、転生者同士の決闘を観戦していた。


「ヒロー、頑張れよー!!」


「あんな強さだけのクソ女に負けるなー!!」


「……わかっちゃいたけど嫌われてるな、お前」


「……」


 苛立ちを覚えながら、ミライが告げる。


「出しなよ」


「え、なにを」


「装備。死にたいなら別だけど」


「出す気は無い。魔力切れで動けなくなるの嫌だし」


『裂けろ』


 会話の途中でミライが風魔術を発動し、ヒロを急襲した。


「っと、流石に精度も威力も上がってるか!」


「半年間、私は最前線で戦い続けてきた。経験値が違う」


「なるほどな。確かに俺は訓練していただけだ」


 ヒロは風の刃を軽々とかわしながら術者に近づいてゆく。

 しかし、風を放つほうとは逆の手のひらが向けられ、そこから激流の弾丸が放たれた。


(詠唱無しで魔術を?)


 咄嗟に腕で受ける。痛みと共に、血が流れる感覚が走った。


(喉を潰されても問題ないようにしたのか。確かに奇襲にも良さそうだ)


 なおも冷静に敵の成長を分析する。


(詠唱なしだと威力はそこまで高くならない。これなら次も受けられる)


 そして、格上の相手に勝つための材料を集めていた。


『刺し貫け!』


 水の弾丸を受け怯んだヒロに追撃を加えるべく、ミライは大地の槍を創り出し貫かんとした。

 すぐさまバックステップでかわすも、土の槍が足元からどんどん発生してゆく。

 やがて土の槍がヒロを覆い尽くすと、中に閉じ込められたヒロめがけて無数の槍が伸びていった。


「ヒローっ!!」


「だから言ったのに」


 立ち込める土煙の中で身体を貫かれた友を憂い、エリーゼとクルトが悲鳴を上げる。そしてミライは、澄まし顔で勝利を確信していた。


(……いや、おかしい)


 しかし、ミライは警戒姿勢を作り直す。土煙の量が異常に多く、まるで人ひとりなら軽く覆い隠せるほどだったためだ。

 そして、後方から迫り来る気配を察知して手のひらを向けなおす。


「無駄。『吹き飛』」

「その癖が弱点だ」


 土煙を隠れ蓑にし、ヒロは背後へと回り込んでいた。そして魔術師から向けられた右手を上に軽くずらすと、風魔術は攻撃対象の真上を通り抜けてしまった。

 勝機を得たヒロはミライの足を払い、そのまま倒れたところを取り押さえた。


(手を向けた方向にしか魔術は飛ばない。それ以外の方法で撃てたとしても、密着していたらお前もタダでは済まない。これで終わりだ)


 想像以上の力で関節を固められ手も足も動かせなくなったミライは、苦悶の表情を浮かべながら口を開いた。


「……降参」


「な、無駄じゃなかったろ?」


 ヒロが、ニィと口角を上げる。

 同時に、観客からワアッと歓声が上がった。


「ヒロが勝った、勝ったーー!!」


「すっげえ! 格上に、こうもアッサリ勝つなんてすげえよ!!」


 先ほどまで悲鳴を上げていた二人が、手を取り跳ねながら彼の勝利を喜んでいた。


「理解できないって顔してるな」


「だって、半年前はあんなに弱かったのに。今だって」


「だろうな。そうやって相手をよく見なかったのが敗因じゃないかな」


「……」


 ミライはただ、依頼されるがまま戦場に身を投じ続けていた。その結果、たしかに実戦経験はついていた。

 しかし、ヒロは日常のあらゆる行動からヒントを得て、実践し続けていた。

 村の力自慢からは力の鍛え方を、エリーゼからは勉強のコツを、クルトからは素早く動く方法を見て学んだ。

 村周辺のモンスターからも、その習性や身のこなしから身体の効率的な動かし方を覚えていった。

 この他者から得た経験と実践の積み重ね、そして応用によって、ヒロは段々と成長していったのだ。


「あと二つ、先生から教えてもらったことがあるんだ。これも教えるよ」


「いい。構わない。やめて」


 格下に完敗したミライは、悔しさを目に込めて睨みつける。


「だけど、半年前助けてもらったし。そのお礼ってことでさ」


「……っ」


 ヒロの無邪気な返答に、ミライの表情から段々と毒気が抜けてゆく。

 やがて俯き、重い口を開いて心から問いを投げかけた。


「……どうして、他人に優しくできるの」


「俺が弱いからかな」


「嘘、だって貴方は」


「一人じゃ出来ないことばかりだから、俺は俺に出来ることを相手にもしたい。それだけだよ」


「……わからない」


「ならいつか、わかるようになるかもな」


「――そんな日は来ない。なぜなら、二人もここでワタシに殺されるからだ」


「っ、誰だ!?」


 すかさず臨戦態勢をとり、急に割り込んできた声の方を向く。

 どうやら村の正門から、蒼い刺繍で彩られている白磁のローブを纏った、銀髪金眼の少女が入り込んだようだった。自信に満ちた可愛らしい表情を浮かべているが、幼さの残る背丈と顔つきから察するに、まだ十代前半か、後半に差し掛かったばかりのようだった。

 そしてその背後には、全身を鋼の装甲で固めた軍団が、剣と盾を構えながら立っていた。


「お、王国の正規兵たちだぁああ!?」


「税なら、ちゃんと納めてるはずだろ!?」


 先ほどまでお祭り騒ぎだった村人たちは、一斉に慌てふためき始める。


「ヒロセさん、知り合い?」


「ど、どどどどぼしてでて」


「え、バグった!?」


 少女の姿を網膜に焼き付けたミライは、壊れた機械のように震え始める。


「ヒロ、叩いてやれ。そうすれば直る」


「ダメですよ先生、壊れた機械じゃないんだから!」


 静止も虚しく老兵に叩かれてしまったミライは、すぐさま平静を取り戻した。


「やっぱり知り合い?」


「知り合いってレベルじゃない。私の上司であり、師匠」


「え?」


「サリエラ・ヴァイスハイト。プロキアの歴史でも最年少で宮廷魔術師に選ばれた神童」


「……うん、嫌な予感がしてきた」


「ふふっ、だいたい合ってると思うぞ?」


 サリエラは悪戯げな笑みを浮かべた後、言い放つ。


「ワタシに下された命は一つ! 不法転生者たるヒロ・ナカジマと保証人のミライ・ヒロセ。そして、それを匿った組織の殲滅だ!!」


「おい申請はどうしたよコミュ障おおおおおお!!?」


「……ごめん、こういうこと」


 転生者を密かに匿っていた村と一大王国との戦争が、いま始まろうとしていた。

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