第46話 散りゆく運命編(9)
「これ、美味しい紅茶なんだけど、いかが?」
麗美香達は、栗子の自宅だという邸宅に招待され、大きなリビングでお茶をご馳走になっていた。紅茶の良い匂いが麗美香の鼻をくすぐる。
栗子の家は一ノ瀬の屋敷に負けず劣らず大きかったが、どうやらシェアハウスらしく複数人で住んでいるそうだ。他の住人は仕デートや旅行に出掛けてしまっている居ないようだった。
あれから栗子は、陽介の事で動揺して、一人で家に居るのも嫌だと言い、麗美香達を誘った。
憧れの作家の家に招かれて優は終始緊張。麗美香も大きな屋敷で緊張してしまうが、考えてみたら一ノ瀬の屋敷も大きかった事を思い出し、冷静さを保つ。
「紅茶、美味しいです。栗子先生。ところで原稿はいいんですか?」
麗美香は気になる事を聞いてみた。栗子の膝の上には毛並みの良い猫がのっている。大人しく可愛らしい猫で思わず触りたくなるが、今はそれどころでは無い。
「良いのよ。筆がのってもう大方終わってるし、無理言ってるのは担当の常盤さんですしね。それにしても陽介さんが襲われるなんてね」
栗子は紅茶を啜ってため息をつく。
「栗子先生は? 陽介さんを襲った犯人知ってる?」
優は、敬語を使わなかったが、先程会った時の打ち解け具合などを考えるとそれで良いのかも知れないと麗美香は思う。豊は一応敬語を使うように、小声で注意していたが。
「さあ。でも陽介さんはあんな仕事でしょ。敵は多いでしょうね」
「この事は雪村さんの事と関係ありますかね…」
豊はため息混じりにつぶやく。彼の考えの中では、関係があると思っているようだ。
「わかんないけどあるんじゃない? さっきは探偵みたいな事するの応援するように言ったけど、訂正するわ。やっぱり危険だから、この件からは手を引きましょう」
「そんな…」
栗子にまでそう言われてしまい、優は頭を抱えていた。
「私もそうした方が良いと思います。坊ちゃんが死んだら、取り返しがつきません」
「そうね…。私も坊ちゃんが死ぬような危険な事は賛成出来ないわよ」
豊や麗美香にもそう言われてしまい、優はもうこれ以上反論しにくいようだった。紅茶を飲み干し、カバンから例の日記帳を取り出す。
「ここに答えがあるかも知れないじゃ無いか」
「なあに? これは?」
事情を知らない栗子は目をパチクリとさせる。
「ユッキーの日記帳!」
「まあ、そこまで見つけたの? ちょっと貸してよ」
栗子は、おっとりとした見た目とは反対に、日記帳をさらりとひったくり、読み始めてしまった。やっぱり優しげな見た目とだいぶ違う人物のようである。
「ほぉ、なるほどね…」
栗子は日記帳を読み終えると、目が少し赤くなっていた。どんな内容が書いてあったのか。麗美香はとても気になってしまった。
「残念だけど、これは自殺の可能性もだいぶ高いわ」
しかも栗子はこんな事まで呟いている。
「え、なんで」
「優くん、この日記帳よく読んでみて。彼の苦悩が綴られている……」
栗子は深くため息をつき、優に日記帳を渡す。
優は指先を少しプルプルとさせながらも、日記帳を読み始める。しばらく優は無言で沈黙が落ち、栗子が気をつかって麗美香に話しかける。
「麗美香ちゃんは、学校楽しい?」
「まあ、ぼちぼちですね。私みたいな陰キャは好かれないですし」
「あはは。そうは見えないけどね、豊さん?」
「ええ。ぱっと見そんな風には見えませんよ」
栗子や豊にそんな事まで言われてしまい、麗美香はちょっと居心地が悪くて首をすくめる。
その後、優は日記帳を読み終えてページをパタリと閉じた。目が少し赤くなり、苦悩が見え隠れする。ちょっと不満そうでもあったが、ボソッとつぶやく。
「栗子先生の言う通りかも知れない…」
「本当に?」
あの優が素直に認めるなんてよっぽどの事だろう。麗美香は豊と一緒に日記帳のページをめくる。
実際読むと栗子の言う通りだったのと思わされた。雪村はかなり悩んでいた。実力はあると言われていたが、ルックスで人気があるのも事実。これから歳を食って仕事があるのかわからないという苦悩が何ページもつづられ、自殺未遂を起こした事もあるようだった。カルトからの勧誘を断ったあと、嫌がらせやストーキング行為も受けていた事も心労だったようだ。
『花の命は短く、散りゆく運命なのかも知れない』
そんな言葉も頻繁に登場していた。
そう思うと、答えは全くわからない。自殺の可能性も高いが、そうでないのかも知れない。この問題は答えが無いのかも知れないと麗美香は思った。
「雪村くん、悩んでたのねぇ…」
栗子は、しみじみとつぶやく。
「そういう私も好きな仕事やってるわけじゃないから」
「え!?」
栗子の小説が好きな優は二重にショックを受けていた。
「ええ。私はデビューからずーっと少女小説書いて、念願のコージーミステリー書けるようになったけど、シリーズは打ち切られるし、ようやく新シリーズが軌道に乗ったかと思ったら、今度は同じ主人公の話をずっと書くのも大変なのよ。飽きさせないようにって思うと難しいわね。ネット書店のレビューではめちゃくちゃ叩かれてるし。はは、私は嫌な大人ね。夢を壊してしまったかしら?」
「そんな…」
優はこの事にもショックを隠せないようだが、比較的現実的な麗美香にはわかる。栗子は商業作家だ。お金をとって書いている以上、好きに書くのは難しいだろう。
「まあ、それでも好きって言ってくれるファンが心の支え。ありがとうね、優くん! ファンレターもありがとう! 優くんのファンレター大切に読んでいるわ」
栗子は励ますように、優の肩を叩く。優はポロッと涙を一粒こぼす。
「ユッキーも天国でそう思ってくれていたら、いいな」
「あら、生前罪を重ねてたら天国には行けないわよ〜。私は最近クリスチャンになったから、その点を今牧師さんのところで勉強しているの。死後裁きにあうんですって」
「ちょっと、栗子さん! せっかく感動していたのに、現実的すぎますよ……」
優は泣きながらも頬を膨らませて文句を言う。
「この日の日記見てよ。雪村くんは、『ファンのために舞台頑張る!』って書いてあるじゃない。こう言った芸能人の割には、本当に真面目ね。いい人だったのね」
麗美香は、涙と鼻水でグズグズになっている優に日記帳を指差して見せる。
「そっか。そうだと良いね…」
優はそこを見て救われたようの納得してしまった。ぴたりと涙も止まってしまっていた。
「僕はもう自殺でもそうでなくてもどっちでも良いかも知れない。この日記を送った理由は気になるけどさ……」
「そうね。優くん。ここに書いてあるのが答えだね」
栗子は本当に優しそうに微笑んで頷いた。
ちょうどその時、栗子の携帯電話がなる。病院にいる陽介からのようだった。栗子の口ぶりから、陽介が無事だそうだ。犯人も陽介の熱心なアンチで、すぐに捕まったようで、一同はホッと胸を撫で下ろす。
「優くん、陽介さんが話したいんですって」
「俺?」
優は栗子から携帯を受け取ってしばらく話していた。側から見てもわかるぐらい、しゅんとした様子で電話を切る。
「なんだった?」
みんなが聞くと、どうやら優は陽介に叱られたらしい。これ以上芸能人の闇を探るのは危険だそう。無事だったとはいえ、実際に怪我を負った陽介に言われると、さすがの優も従うしかないようである。
「まあ、坊ちゃん。これでよかったじゃないですか」
豊は眉を下げて言うと、優は素直に頷いた。
「そうね。この日記帳は、どこにも公表しないで置いた方が良いわね。特にゲスい週刊記者には絶対見せてはダメよ」
栗子は、再び日記帳を覗き込んで忠告する。
「そうだね。誰にも見せないで大事にするよ」
優は、まるで宝物のように日記帳を大切に抱きしめた。
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