第37話 陰キャの矜持編(6)
「しかし、麗美香のバイト先が立花君の家だったんだね…」
聡美は紅茶を啜りながら呟いた。
この状況で結局聡美には、バイトの件はバレてしまった。あの後、日菜子は先生にこっぴどく怒られ、優達の関係をさぐるほどの余裕はなかったようではあるが。
こうしてバレてしまったら仕方ない。次の休みに日、一ノ瀬の屋敷に聡美を招いて事情を説明した。
リビングには、紅茶と豊が買ってきてくれたシュークリームやチョコレートケーキが並び、ちょっとしたお茶会のような優雅な雰囲気が満ちる。
「聡美さん、ケーキ美味しいですか?」
「ええ、とっても!」
豊に丁寧に紅茶を注いでもらい、聡美はちょっと緊張気味ではあったが、優は終始リラックスしてシュークリームをがっついていた。口の端には生クリームもつけている。残念イケメンっぷりを発揮し、ついに聡美も優の事を「坊ちゃん」と呼ぶほどだった。学校ではともかくこの屋敷にいる優は、なぜか「坊ちゃん」と呼びたくなってしまう。
「それにしても日菜子のやつは反省しているのかね」
優は謎が解決したが、ちょっと不満そうではある。「名探偵クリスティ!」の主人公のようにもっとスッキリと日菜子をやっつけたかったみたいだが、なかなかそういうわけにはいかないだろう。
「さあ、反省はしてないでしょうね。でも、あの様子ならSNSで失言繰り返して炎上しそうようね。自業自得かもね」
「おぉ、麗美香ちゃん。意外と言うな…」
この一件から優は気の強い麗美香の一面をよく知るようになってしまい、時々怖がるほどになってしまった。
「でも日菜子さんはタチが悪いですね。開き直って友達になろうだなんて」
豊は呆れながらもみんなの分の紅茶を注ぐ。ふんわりと紅茶の良い香りが漂う。
「いじめっ子あるあるだよね?」
「そうだね、麗美香」
「おぉ、二人とも慣れ過ぎだろ……。なんかもう僕は麗美香ちゃんに勝てそうにない……」
「でも、二人とも最善の方法ですよ。こんないじめっ子とは仲良くする必要は無いです」
豊までもはっきりと言い、麗美香は驚く。
大人は、頭ごなしに「みんなと仲良く」と言ってくるものだと思い込んでいた。豊はそうでも無いようで、より一層信頼出来る気がした。
「そうだよなぁ。分かり合えない人っているよね。俺も子供の頃、変態に誘拐されそうになった事あってさ。頭おかしいヤツとは分かり合えないなって思った」
優も豊の言葉に頷いている。ちょっとカッコいい台詞ではあるが、口の端に生クリームがついている為、全く様にならない。
「偉いですよ。二人とも。ここで妥協していじめっ子の友達になったり、仲直りなんてしなくて」
そう豊に言われてしまうと、麗美香も聡美もちょっと照れてくる。普段は蔑ろにされている隠キャではあるが、プライドはあるのだ。「みんな仲良く」なんて口当たりの良い綺麗事は、結局陰キャが損するようになるのは目に見える。
「美味しいね、聡美」
「そうだね」
しかし、もう不安の種は潰せた。平和な学校生活は戻ってきたようである。美味しいケーキを頬張りながら、麗美香と聡美は笑い合う。
「こうして笑っていると陰キャなんかには全く見ないんだけどな。特に麗美香ちゃんは気が超強すぎだし…」
優が呆れたように呟いた言葉は、笑い声にかき消されて麗美香の耳には届かなかた。
リビングの大きな窓から見える桜の花はもう半分以上散ってしまっていた。
日差しが強い。
季節はゆっくりと動いているようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。