第33話 陰キャの矜持編(2)

 放課後、麗美香と聡美は途中まで一緒に帰る事にした。


 聡美は普段文芸部に属していいて、放課後は忙しいが、今日はたまたま休みだった。


 推しのイベントの当選という良い事はあった聡美は一日中機嫌が良く、マスクでよく見えないわけだが表情もちょっと幸せそうである。幸せオーラのようなものが隣の麗美香にも伝わってくる。


「麗美香はこれからバイト? 一体何のバイトしてるのよ」

「まあ、色々あって言えないのよ」


 そんな事を話しながら、下駄箱につく。下駄箱は、あまり生徒はいない。この学校では麗美香のような帰宅部は少数派で、図書館や教室に残って勉強しているものも珍しく無いからだろう。


「あれ?」


 聡美は下駄箱を開けると顔を顰めた。


「どうしたの?」

「何か紙が入ってる。嫌! なにこれ!」


 聡美に怯えた顔を見て、ただ事では無い事を察し、麗美香は引ったくるようにその紙を取り上げた。


 そこには恐ろしい言葉が書かれていた。


『陰キャ! 糞毒きのこ!』


 明らかに聡美を揶揄しているのが見てとれる。わざわざパソコンで打ったようで、手書きの文字ほど特徴はないが、ありありと悪意が伝わってくる。


「先生に言おう。これは嫌がらせというものよ」


 麗美香は怒りでイライラとしくるが、どうにか冷静さを取り戻して言う。


「それはやめよう、麗美香」

「何でよ。このままだとイジメに発展するかも知れないわよ?」


 せっかく陰キャとして平和に過ごしていたのに何という事だろうか。陰キャが何をしたって言うのか。聡美には全く原因が思い当たらないし、何より犯罪行為でもある。学校だとこういった嫌がらせは泣き寝入りさせられるが、社会では決してそんな事はない。訴えたら確実に勝てる。ただ、犯人を突き止める可能性はあるが。


「あんまり騒ぎになりたくないのよ。陰キャは静かに暮らしたい…」

「聡美…」


 しかし、聡美の気持ちもわかる。こういった嫌がらせを先生に言うと、倍返しされる可能性も高い。なぜかいじめられた方が悪いという無茶苦茶な理論もまかり通る。学校の常識は社会の非常識。法も何もあったものではないが、騒ぎになって酷い状況になる事も考えられる。ここは静観するか、先生に言うか迷うところだったが。


「先生には言わない…。単なるイタズラかもしれないし」

「まあ、そっか…」


 聡美は、そう決めたのだから麗美香はこれ以上は言えない。


「ただ、あと三回ぐらい続いたら言おう? それに犯人はきっとリア充の誰かよ」

「はは、麗美香はリア充嫌い過ぎ。その証拠は?」


 意外と聡美は冷静で、その点は麗美香は安心だった。


「私がリア充が嫌いだからよ」

「おー、すっごい思い込み! 面白い」


 麗美香の冗談に聡美はしばらく笑っていた。しかし、この犯人は誰?聡美は先生に言わないというが、麗美香はそうするのはちょっと居心地が悪い。


 その後、一ノ瀬の屋敷に帰ってバイトを始めても居心地の悪さは変わらなかった。


 キッチンで出汁を取る。今日は、優の偏食を心配した豊のリクエストで典型的な和食だ。それにじゃがいもが安かったので、じゃがいもの煮物、キャベツの味噌汁、きのこの炊き込みご飯。優は白いご飯はあまり好きでは無さそうだが、味付きの炊き込みご飯なら少しは手をつけるので、そうする事にした。炊き込みご飯があるので、じゃがいもの煮物の味付けはあっさりとした物の予定だ。


 出汁の良い香りを鼻に吸い込みながら麗美香は考える。


 聡美にあんな嫌がらせをすりヤツは誰だろうか?


 一応さっき星川アリスのメールを送り、リア充の中で怪しい奴がいないか探りを入れたが、心当たりは無いという返事だった。「リア充は陰キャの事意識するわけないじゃん」とまで書いてある。


 だからといって陰キャの誰かがあんな嫌がらせをするだろうか。意地悪をする時に「陰キャ」という不名誉は称号など使いたくはない。


 夕飯を作り終えても釈然としなかった。

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