第17話 お嬢様の秘密編(3)
「すみません、坊ちゃんは尾行に出かけてしまいました…。今日は坊ちゃんの勉強は出来ません」
麗美香は執事室へ行き、豊に謝った。
「本当に尾行するって言ってたんですか…」
やれやれと言った風に豊はため息をつく。麗美香が思ったよりは怒られなかった。むしろ優に心底呆れているようである。
「まあ、時間もあいたしお茶でもしましょうか?」
「お茶?」
「いいじゃないですか。たまには」
メイドである麗美香が執事の豊に断れるわけもなく、お茶を飲む事になってしまった。
麗美香は湯を沸かし、紅茶セット一式をリビングに持っていく。ついでにお盆にクッキーも盛り付ける。このクッキーは麗美香の手作りである。基本的に麗美香の料理を気に入っていない偏食の優だが、このクッキーだけは気にっているようだ。時々作るようリクエストされて、先日作って置いていたのがまだあったので皿に盛る事にした。
麗美香は、広いリビングのテーブルの上に紅茶セットとクッキーを置く。
「次はやりましょう」
豊がそういい、茶葉を茶漉しにいれ、ティーポットに湯を注ぐ。蒸すまでしばらく待つ事にした。
今まではティーバックの安い紅茶しか飲んだ事のない麗美香は、茶葉から淹れる紅茶がとても新鮮だった。いかにも優雅な金持ちという感じがする。
ティーカープも蒼い鳥と花が描かれてオシャレである。ただ、高いカップである事は一目瞭然なので、麗美香は洗う時にヒヤヒヤとしているのは事実だった。ちなみに茶渋は塩で洗うと綺麗に落ちる。庶民の知恵がメイドの仕事でも意外と役に立っている。
お茶の時間というには時間が過ぎていて、窓の外は薄暗いが、ふんわりと優しい紅茶の香り嗅いでいると、そんな事はどうでも良い気分になってくる。
「で、坊ちゃんは誰を尾行しの行ったんですか?」
蒸し終えた紅茶をティーカップに注ぎながら、豊が聞く。麗美香は、事情を一から全部話した。星川アリスの事を話すだけで、どっと疲労感に襲われるが、やっぱり彼女の行動は謎だった。小学生ならともかく、そろそろ大人になろうとしている高校生のリア充が隠キャに「友達になりましょう」なんて不自然過ぎる。謎としか思えない出来事である。
「それで朝比奈さんは、その星川さんと仲良くなりたいですか?」
「嫌ですね。あんなハーフ美人と横にいるなんて、私の顔の珍妙さが目立つじゃないですか」
「あはは、面白い事言いますね」
豊は腹を抱えて大笑いしていた。実のところ自分のブス加減については、笑いに変えるしかないと麗美香は思っていた。ブスでグズグズ悩んでいても「愛想悪いブス!」と言われるのが関の山だ。理不尽だが仕方ない。ブスに不寛容な社会が悪いが、そんなこと言っても「他人のせいにするな!」と言われる。
つまりブスは何をやっても裏目に出るわけだが、ブスが笑いを取ったり道化に徹するのは、意外と社会は寛容である。それにしたって全く納得いかないが、少しぐらいの処世術を身につけていても良いだろう。美容整形してもいいが、そもそも金がないし、土台から崩壊しているから医者からも匙を投げられる事が目に見える。
「それにしても謎だわ。何で星川アリスは私と友達になりたいなんて言ってきたのかしら」
麗美香はため息をついて紅茶を啜る。やっぱりティーバックのそれより香りがよく、星川アリスの話題をしているのに、疲労感がちょっとだけ癒される。
「私はその気持ちわかりますよ」
「え?」
麗美香は驚いた。思ってもみない反応である。
「朝比奈さんは、勉強も出来るし運動もできるでしょ。頭がいいし、冷静なところもいいですよ」
「そうですかねぇ」
「その目立つ美人な星川さんは成績は普通なんでしょ? だったら、朝比奈さんの事に興味を持ってもおかしくないんじゃないですかね」
「うちは進学校ですから、単に成績が良いだけではあんまり目立たないんですが」
「それにしたってあの資格の数々はすごいですよ。大人だって簡単に取れませんって」
資格については学校には言っていない。昔、地域新聞でその事が騒がれた時、「ブスのくせに!」とからかいの対象になってしまったため、極力公表したくは無い話題だった。
「朝比奈さんだって良いところがたくさんありますよ」
「そうですかね…」
豊に褒められて、あまり自信が持てない。
「そうですよ。坊ちゃんだって朝比奈さんの事をすごいって褒めていましたよ」
「本当ですか?」
麗美香信じられない。あのイケメンが私を褒める部分などあるのだろうか?
冷静さを取り戻すように紅茶を口に含む。砂糖を入れない紅茶を飲んでいると、頭がスッキリとしてきた。紅茶にそんな成分があるかは不明であるが、今の麗美香には必要な飲み物だと思われる。
「ええ。隼人くんや凛花さんの事もよく気づいたって言っていましたし、勉強の教え方もわかりやすいって。ま、坊ちゃんは英語が苦手でどうしようもないですけど、他の教科はだんだんとわかってきたみたいですよ」
そんな事を言われてしまうと、麗美香に胸にはグッとくるものがある。今まで顔面について悪く言われ過ぎて、ちょっと褒められても自信は持てなかったが、豊の言葉は温かみがあり、褒めるとうよりは励ましているのが伝わってくる。
「ありがとう、豊さん。そう言われるとこのバイトも頑張れそうです」
「なら、よかったですよ」
豊は再び微笑み、クッキーを摘んだ。
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