第七話 悲痛な過去
アルバート様は女の子の頭を優しく撫でながら、静かに話し始めた。
「この子はね、僕の妹だ」
「妹さん? でもあなたの妹さんは……」
「母上から聞いたのかな? ああ、君の知っての通り……妹は既に亡くなっている」
よかった、私の記憶がおかしくなってしまったのかと思った。よく見ると、髪色がアルバート様と同じだし、顔のパーツが少し似ているわ。
でも、それならどうして彼女がこんな所にいるのかしら……?
「妹の事は、どこまで知っているかな?」
「とても仲が良かった事と、あなたの誕生日に……という事はお聞きしました」
「そうか。実はあの日……事故で死ぬのは僕だったんだ」
……どういう事かしら。冗談にしては笑えない内容だ。悲しそうなアルバート様の様子から見るに、冗談ではないのだろうけど。
「僕の誕生日にね、毎年ささやかなパーティーを開催してくれていたんだ。それがとても大好きでね。内気だった僕は、その日だけはいつも心を躍らせていた。その日も沢山祝福されて……浮かれていた」
「…………」
「浮かれすぎて、僕は来賓した方々をお見送りする時に、大きな声でお礼を言った。その声に驚いた馬が、暴走を始めたんだ」
きっと馬車に使われている馬の事を言っているのね。ちゃんと訓練されている子ばかりと言われている馬が驚くのだから、よほど大きな声だったのだろう。
「一直線に向かってくる馬に驚いて、僕は身動きが取れなかった。周りの大人も同様にね……唯一咄嗟に動けたのは、隣にいた妹だけだった」
「……まさか……」
「察したかな。妹は僕を助ける為に、僕を突き飛ばした。僕は助かったけど……その勢いで転んでしまった妹は、馬の暴走から逃げられずに……」
言葉が……出なかった。事故に遭ったのは知っていたけど、それがまさかアルバート様がキッカケになってしまっただなんて……聞いているだけで、胸が痛くなる。
全く面識が無かった私がこんなに辛いのだから、仲が良かったアルバート様の悲しみは、とてつもないものだったのでしょうね……。
「僕はずっと悔やんでいる。僕のせいで……妹を死なせてしまった事を。だから……僕はとある魔法を完成させる為に、研究に没頭するようになった」
「とある魔法とは……?」
「死者を蘇らせる魔法さ」
やっぱりそうなのね……薄々わかっていた事だけど、改めて聞くと驚きを隠せない。だって、死んだ人を蘇らせるのなんて、絶対に不可能なのだから。それは前世の世界でも、この世界でも同じ事だ。
「死者の復活なんて不可能。そう思うかい?」
「…………」
「そうだよね。でも……僕は諦められない! はいそうですかと認めたくない! 目の前で冷たくなっていく妹の姿が、今も目に焼き付いている! もう少しなんだ……もう少しで完成する……僕のせいで死んだ妹に、また笑ってもらいたい! また楽しく走ってもらいたい! そして……辛い目に合わせてしまった事を……謝りたいんだ……」
彼女の事を撫で続けるアルバート様の言葉と行動から、彼の悲しみや痛みが伝わってくる。本当に……大切な人だったんだと。
「僕は妹を蘇らせたい。でも家や家族には迷惑をかけられない。だから……僕は誰にもバレないようにする為に、空間魔法を使ってここを作り、妹をここに連れてきた。暗いと心配させてしまうから、無理に明るく振る舞うようにもなったんだ」
「でも……お見送りの時に火葬をしますよね? 連れていったらバレてしまうんじゃ?」
「火葬させたのは、僕が魔法で作った偽物だ。騙すのは心苦しかったが、それしか妹を連れてくる術がなかった。そして、幸いにも遺体を腐食させない魔法は既にこの世に存在してたから、それで保存しているんだ」
「な、なるほど……」
そうよね。十年前に亡くなった人の遺体が存在できるはずもないもの。彼ほどの魔法使いなら、それくらい対処は出来るに決まっている。
「ふふ、驚いただろう? 軽蔑をしてくれても、恐れても構わないよ。なんなら、婚約を解消してくれても構わない」
「そんな事はしません。私は今までの人生で、大切な人がいなかったので、失う気持ちというのはわかりませんけど……アルバート様がとても悲しんでいるのはわかりますから」
私がそんな事を言うとは思ってなかったのか、アルバート様は僅かに目を丸くしていた。
「こういう時に何て言うのが正解かはわかりませんが……アルバート様の妻として、あなたをこれからも支えるつもりです」
「君は……自分の言っている事の意味を理解しているのかい? 僕は死者の復活という、誰も成し遂げられていない悪……いや、禁忌に手を染めているんだよ」
「他の人はそう思うかもしれません。ですが、あなたは大切な人の幸せを願っているだけでしょう? それが悪だとは、私には思えないんです。それに……出会った時から辛そうなあなたを、放ってなんかおけません」
確かに生命の理に反する事は、いけない事かもしれない。でも……自分のせいで目の前で大切な人が旅立ってしまったら、連れ戻したいと思うのは、至って普通の事だと思うの。
「……やれやれ、君は優しいというか、お人好しというか……僕には勿体ない女性だよ」
「その言葉こそ勿体ないです。私は誰の期待にも応えられなかったどころか、忌み嫌われていたんですよ?」
「それは今は関係ないだろう? 全く、君は自分を卑下する癖を治した方が良いよ」
アルバート様はそう言いながら、私の手を取ると……その甲に唇を重ねた。まさかそんな事をされるとは思ってなくて……思わず体を強張らせてしまったわ。
「ありがとう、フェリーチェ。君に出会えたのは、本当に幸運だった。僕も君の事を放ってはおけない。これからも、世界と時が許す限り、君の隣に居させておくれ」
「は、はい……」
こういう時に気が利いた一言が言えれば良いのに、頭が真っ白になってしまった私は、間抜けな返事を返す事しか出来なかった――
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