第32話 秘密基地
「あっ……ア、アムネちゃーーーん!」
灰色のローブを纏ったシェルミお姉ちゃんが、両手を広げて涙を流しながらわたしの元に走って近づいてきた。
「えっ? あっ……あぷッ」
そのまま、シェルミお姉ちゃんに強い力でギュッと抱きしめられる。
シェルミお姉ちゃんの胸のおかげで抱き寄せられたときの勢いは吸収されたけど、二つの柔らかいものに顔を挟まれてちょっと息苦しい。
「やっと、やっと、見つけた! 本当に、生きててよかっ…………ッ!? 待って、アムネちゃん、その、左腕……」
「あっ、えっと、これは、その……」
そうだった。
シェルミお姉ちゃんに会えたっていう衝撃が強すぎてすっかり忘れてた。
わたしの左腕、今はなかったんだ。
シェルミお姉ちゃんも今まで気づかなかったみたいで、抱擁をやめて存在しないわたしの左腕を凝視しながら固まってる。
——あぁどうしよ。やばい。焦ってるせいか言い訳が全く頭に浮かんでこない。
けど、とにかく何か言わないと。
「人族から逃げてる途中で怪我しちゃって……けど、もう血も止まったから大丈夫だよ」
わたしは、必死に頭の中で作り出した架空の筋書きを話した。
ちょっと無茶な気もするけど、この設定で何とか逃げ切るしかない——ってあれ?
「シェルミお姉ちゃん?」
シェルミお姉ちゃんは、わたしの左腕があった場所を見つめてずっと固まったままだ。
わたしの言葉にも、一切反応しない。
そんなにわたしの左腕がなくなったことがショックなのかな?
……いや、違う。
シェルミお姉ちゃんが見てるのは、左腕の切断面だ。
また、忘れてた。そうだった。
そこには、竜王様に出会う前のわたしでは決して使うことができない魔法が使用されてる。
「これ、止血と……痛覚鈍化の、魔法……それに、両足とお腹から物体再構成の痕跡が……」
シェルミお姉ちゃんが目を見開きながら、一人でブツブツと呟いている。
あぁダメだ。終わった。これじゃもう誤魔化せない。
『魔族の眼で注視されれば、見抜かれても仕方あるまい。多少無理はあるが、突如魔法の才能が覚醒したとでも言っておけ』
えっ? そんな言い分で大丈夫かな?
いや、まぁでも取り敢えず一時凌ぎにさえなればいいんだから、堂々と振る舞えば何とかなるかな——たぶん。
「シェルミお姉ちゃん。この魔法って凄いやつなの? 人族から逃げてる間に、急に使えるようになったんだけど」
「…………そう、なのね」
シェルミお姉ちゃんは屈んでわたしの目線に合わせながら、納得のいってなさそうな声で言葉を紡いだ。
薄黄色の瞳がわたしを貫く。
さっきまで優しさを含んだ目線だったのに、今は、わたしの思考を全て見透かすかのような鋭さを宿している。
……少し、怖い。けど、動揺を悟られることは避けないといけない。
知られてはいけないことを隠すために嘘をついてると、見抜かれてはいけない。
これ以上、わたしに対する疑念を増やすわけにはいかないのだ。
——数秒の沈黙の
「大変だったね。一人で本当によく頑張ったわ。安心して。もう、大丈夫よ」
シェルミお姉ちゃんの左手が、わたしの右手を握った。
「ついてきて、こっちよ!」
シェルミお姉ちゃんが、わたしの手を引く。
「どこに行くの?」
「秘密基地よ。そこに行けば安全。食べ物も沢山あるの。そうねーーー、アムネちゃんが知ってる人だと、ガレイルさんもそこにいるわ」
「えっ!? ガレイルおじいちゃんが!?」
びっくりして、素っ
ガレイルおじいちゃん——わたしの家にたまに遊びにきていて、怒る姿を想像できないようなおっとりとした雰囲気の人だった……と、今になって思う。
竜王様の知識を得る前のわたしには、美味しいお菓子をくれて一緒に遊んでくれる、優しいおじいちゃんだなぁとしか思っていなかった。
——どうしよう。
ここで秘密基地? ってところに行くことを嫌がるのもおかしいし、ガレイルおじいちゃんにも会いたいし、何よりも食べ物が欲しい。
でも、人族も倒さないとだし……。
『気にせずついて行けば良い。まずは左腕と竜気の回復が最優先だ。それに、人族側にもそろそろ時間を与えてやる頃合いだろう』
人族に時間? ……まぁいいや。竜王様、ありがとうございます!
「シェルミお姉ちゃん、早くいこ!」
「あはは、急に元気になって、そんなにガレイルさんに会いたいのねーー?」
シェルミお姉ちゃんは優しく微笑みながらそう言うと、わたしの手を引いて森の中へと入っていった。
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