第28話 死の脈動
悲鳴が聞こえる。
一帯の人族と奴隷を全部倒しても、耳を塞いでも、頭の中で永遠と鳴り続ける。
悪者は、正義を許してくれないみたいだ。
◆
獣族の一件から二日経った。
今でも竜王様との気まずい空気はずっと続いてる。距離をあけたくてもあけられないのがちょっと辛い。
あまり会話がない状態でアルティナ共和国の都市をあらかた焼失させたけど、ただでさえ憂鬱な時間がさらに悪化して最悪だった。
現在は竜王様が指示した次の標的である、人族の小国——トルテイナ公国の都市を攻めている。
そして、トルテイナ公国の都市も既に三つ潰した。この小国もザイテン王国の時みたいな強い人族はいないみたい。
もしかしたら首都にいるのかもしれないけど、アルティナ共和国と同じで首都は攻撃しない方針らしい。
理由は……教えてくれない。
「はぁぁぁぁ」
わたしはため息をつきながら、背後から襲ってきた人族を竜気で生成した尻尾で叩き潰す。
それと同時に不快な音が耳に入ってきて、振り向かなくても地面が赤く染る情景が鮮明に想像できた。
——やっぱり竜王様にお願いして良かった。
上空から逃げ惑う人族を【竜炎】で狙い撃ちするんじゃくて、地面に降りて真っ正面から戦うほうが心が軽い。
それに、上空からよりも同じ高さからの方が精密に探知できて他種族の奴隷も見つけやすい。
おかげで、彼らを竜剣によって苦しませずに一瞬で倒すことができるようになった。
もし辺りに他種族がいないと確認できたら、適当に一帯を焼却してしまえばいい。
デメリットはどうしても効率が悪くなって、以前の方法よりも倒せる人族が減ったことだ。
馬車などで同時に多方向に逃げられたら仕留めきれないし、人族の増援や勇者が来るまでに去らなければいけない。
…………改めて考えたらメリットがわたしにしかない。
けど、それでも竜王様はわたしの願いを叶えてくれた——だいぶ悩んでたけど。
「あッ」
……探知した。
これは、獣族だ。それも複数。場所は都市の端っこ。まだ燃やしてない場所だ。
魔法陣が刻まれた鉄製の首輪をつけられてる獣族が頭に浮かび上がる。
わたしが、倒してあげないと……
◆
「ハハッ、何これ? 何かの冗談?」
頭の中を支配するのは困惑だった。
獣族の特徴的な魔力を探知して着いたのは、都市の端。都市を囲う城壁の近くだ。
恐らく逃げようとしてたんだろうけど、まだまだ城門には距離がある。
——そこに、異常の塊がいた。
目の前には四人の獣族——と彼らの主人と思われる年老いた人族の男。
四人の獣族のうち一人は女性で、それ以外の三人は男性だ。
三人の獣族の男性は老人よりも一歩前に出ていて、わたしから守るかのような立ち位置だ。
獣族たちは頭の中に浮かび上がった通り、金属製の首輪をはめられてる。——けど、今まで見たどの奴隷よりも
そして、何より奴隷の首輪に刻まれた魔法陣が発動していない。つまり、彼らは自らの意思でその老人を助けてるってことだ。
「冗談……ですか。確かに、そう見えるのかもしれません。でも、奴隷に身を落とした私たちを救ってくださった恩人を見捨てるなんてできない」
老人を支えてる女性の獣族が力の篭った声でわたしに言い放った。彼女の言葉には嘘の気配なんて微塵も感じない。
それが、恐ろしい。自分の中の確固たる何かが音を立てずに崩れ去っていく。
「でも、貴方たちは人族の戦争に巻き込まれて奴隷になったんじゃないですか! なんで、なんで人族を庇うんですか!?」
「……確かに私たちの日常は人族に奪われた。だけど、だからといって全ての人族が悪なわけではないわ」
違う。それは、違う。違うはずだ。違うはずなのに。
なのに、心が揺らぐ。認めたくないのに、自分に言い聞かせてきたのに。閉じ込めていたのに。
わたしにだって、人族の全てが悪い人じゃないことぐらい……わかってた。わかってるよ。でも、けど、どの人族が善人かなんてどうやったらわかるの? お母さんが倒せっていったのは誰なの? 分からないよ。誰か分からないないからみんな倒さなくちゃいけないの。
お母さんだって、誰が良い人かなんて分からないから「人族がいなくなればいい」って言ったはずだ。
「テイラ、アルバ、ゼクル、オレブ……もういい、十分じゃ。どれだけ取り繕うとも、貴族であるワシが理不尽に屈してしまった事実は変わらない」
老人が、そうポツリと喋った。その声は重くて暗い。
今、目の前の人族は、認めた。自分に罪はあると、彼の言葉はそう物語っている。
なら、わたしは迷いなく復讐を行える——はずなのに。
呼吸が荒くなる。うまく息を吸えない。手が震える。頭の中がグルグル回る。魔法を構築できない。攻撃しようとしても、心がそれを拒絶する。
——老人と獣族たちが、口を動かして何か話してる。でも、わたしにはそれが雑音にしか聞こえない。理解できない。
あぁ、ダメだ。ダメなのだ。ここで目の前の老人を倒せなかったら、わたしのしてきたこと全てを否定することになる。
次々と、崩れ去っていく。わたしの中で作られた定義が、前提が意味をなさなくなる。
「……竜王様、わたしは全てを知りたいです」
わたしは地面にへたり込んだ。
◆
「……あれ?」
わたしは、何を?
何故か、
「ッ! 彼らは!?」
わたしは急いで視線を上げて、辺りを見渡す。——が、人族の老人と獣族四人はいない。探知もできない。
どれくらいの時間が経ったのかは分からないけど、心はだいぶ楽になった気がする。
「あの、竜王様!」
わたしは竜王様を呼ぶ。わたしに記憶がなくても、竜王様の方にはあるかもしれない。
……あれ? いつもは呼びかけたらすぐに応えてくれるのに、何も反応がない。なんで?
仕方ないからわたしの精神を竜王様に近づけて——って何、これ? いつもの壁じゃない。巨大で、強固で、分厚い。全く竜王様の精神と混ざれない。
——違う。これは、わたしだ。わたしがやったんだ。わたしが、無意識のうちに竜王様を拒絶したんだ。
信じなきゃいけないのに……。
わたしは深呼吸して、集中する。心の奥深くに潜って、竜王様を受け入れる。
そうすれば、少しづつ壁は元の状態へと戻っていった。
「————————ろ」
何か、竜王様が言ってる。
「——ム————ろ!」
何か、叫んでる。段々と竜王様の声が届くようになっていく。
「アム——、逃——ろ!」
……逃げろ?
それってどういう——
「え?」
悪寒がする。足が震える。嫌な予感がする。
わたしの背後にいる。これは——死?
「ひッ!」
わたしは即座に竜気で形作った翼を生やす。翼だけでは加速が足りない! 竜気を可能な限り足に集め、地面を蹴る。
景色が加速し、わたしは空へと跳躍した。
「——あッ」
音がした。空気を切り裂く、音がした。わたしは空から地面を見下ろす。
ほんの数秒前までわたしがいた場所には、死の象徴であるかのような剣を振り終えた——勇者がいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます