第13話 精神の渦
精神が混濁する。意識が混じる。今の私はアムネでもあり竜王様でもある。
意思が、言葉が、竜王様の方に引っ張られ、変化する。だけど、まだ足りない。何も考えず、受け入れる。竜王様の精神を強く、もっと強く、表面上へ反映させる。
見えない壁があるのだ。
その壁は私と竜王様を仕切っている。竜王様がこの壁を越えれば、私と人格が入れ替わるってことが分かる。そして同時にそれが不可能だっていうことも。
私と竜王様は混ざることしかできない。ならば私は少しでも、自分の心を隠すだけだ。
◆
——意識の融合というのは、全くもって気色悪いものだ。
「
存在するだけで竜気を食う邪魔者を消す。魔竜にできることは大抵自分でもできる。
単純に数を増やせるとしても、その分集中が乱れ、魔法の精度が落ちるのでは本末転倒。唯一役に立つのは飛行速度に関してぐらいだ。
「これで多少は竜気を温存できるが……いかんせん、どれほどこの体で竜気を練り続けられるか未知数だからな」
竜気で作った翼がないと違和感があるが、仕方ない。私は翼を現出させていた魔法を解除し、地上に着地する。尻尾の方は攻撃面で利用価値があるので残しておいた方がいいだろう。
「くそ……倒れる、わけには……」
にしても人族は、胆力だけは凄まじい。目の前で這いつくばっている奴らがいい例だ。
魔法士どもが耐熱防御壁を構築したとはいえ、全身が焼け爛れている。特に身を守る魔力量が少ない兵士が重症だ。もはや長くはないだろう。
探知魔法により逃げた人族は、皆一つの方向へ向かっていることがわかった。予想は容易い。私が逃すまいと追いかければ、ギルバートに自ら近づくことになるのだろう。
もはや追跡するわけにはいかない。
だが、だけど、それでもザイテン王国内にいる人族ならば話は別だ。逃がさない。倒す。おかあさんが逃げらなかったのに、何故人族の逃亡を易々と許せようか?
「——増援か」
銀色の鎧を見に纏う兵士だ。それも、全員ではない。まだ奥にいる。
「隠れているのは分かってるぞ。何故一度に向かってこない? 束になっても意味はないと理解しているからか? 目的が時間稼ぎだからか? ——どうした? 魔力が揺らいでるぞ」
恐怖によってか、まるで魔力を制御できていない。
「ん?」
左手に立つ剣を構えた兵士が、一歩前に出た。その手足は震え、魔力の揺らぎも時が経つほど大きくなっていく。
「はぁ……はぁ……う、うぉぉぉぁぉぉ!」
向かってきた。
「パチンッ」
私は指を鳴らす。意味はない。それが死の合図だというだけだ。
右足を起点に地面へ竜気を流し込み、向かってくる馬鹿の予想進路に魔法陣を生み出す。——そして、その魔法陣を踏んだ瞬間、私は魔法を発動した。
地面から竜の首が天に向かって生え、その兵士の下半身を鋭い歯で噛みちぎる。
何が起きたのかすら理解出来ないだろう。
【魔竜召喚】の応用だ。一瞬、尚且つ限定的に召喚することで竜気の消費を限りなく抑える。
鎧ごと切断された胴体から内臓が地面に撒き散らされ、赤く染まる。
私は周りを囲んでいる兵士たちを、ゆったりと回りながら見渡した。
そうすれば、兵士たちは恐怖と驚愕に満ちた表情で自らの足元へと視線を落としていく。
【竜槍召喚】
私は微笑みながら全ての兵士の頭上へ魔法陣を展開し、そこから一本ずつ竜槍を現出、魔法により速度をつけ落とす。
足元に気を取られた兵士は、頭上からの攻撃に反応が遅れ、竜槍に貫かれた。頭頂部を串刺しにされた者もいれば、首に刺さっている者もいる。体を地面に縫い付けられている者もいるな。
竜槍は竜気節約のため、すぐに消滅させる。念のためだ。
「魔法士ならば、竜の口を召喚した魔法陣を読み取り、構築可能範囲も導き出せたろうに」
即席で生み出した魔法は大抵の場合洗練されておらず、魔法の発動可能範囲に致命的な欠陥ができる。それが分かっていれば恐怖に負け、敵から目線を外すなどという愚行はしなかったはずだ。
「……また次が来るのも面倒だな」
左手の手のひらを空に向ける。構成を思い描き、魔法陣を組み立て、発動する。
魔法陣から小さな赤い球体を打ち上げた。天へと昇るそれが周囲の建物よりも遥かに高場所からに到達すると、私は魔法陣が浮かぶ左手を握る。
魔法陣が握りつぶされ、圧縮していた力が解き放たれる。
刹那——球体が膨張し、崩壊する。
灼熱の球体が数百に分裂し、流星の如く街全体を襲う様が、私の目に映る。
——が、
「なるほど……大きな魔力反応が点在してると思えば……時間稼ぎのつもりか?」
流星は街中に突如として展開された耐熱防御魔法により相殺された。私を倒すことは諦めて防衛を徹底するということだろう。
街一帯を消し飛ばすには竜気を消費しすぎてしまう。今の体の状態で出せるのは本来の力の一割……この体の耐久性を無視すれば二割といったところだ。
魔法発動速度はまだいい。だが、圧倒的な竜気不足と、竜気が体に馴染んでいないことによって、複雑な魔法構成が組みづらいのが厄介極まりない。
面倒だが街を幾つかの区分に分け、最小限の竜気で壊滅させる他ない。加えれば、ギルバートのことも考え、時間に余裕を残しておきたい。
「まずはここからか……」
街を破壊でき、魔法士の耐熱防御を貫通できるような魔法の術式を、頭の中で構築する。火系統の魔法以外は苦手なのだ。いや、今は氷系統も……
「はぁぁ……」
思わずため息をついてしまう。
私は右斜め上に単一小型の防御壁を展開——した直後、そこへ雷が吸い込まれるように着弾する。
最小限の防御壁で防げたが、よもや探知を掻い潜られるとは。
「竜気が馴染んでないせいか探知魔法の精度がゴミだな。術式の一部を改変するか……」
新たに探知したのは二人。
一人はザイテン王国に来てから今ので三度、私に雷を放った人族。
そしてもう一人。覚えのない魔力波形だ。人族にしては膨大な魔力量を内包している。
場所は分かるが建物に遮られて姿は捉えられない。
「むッ」
覚えのない方の人族が急速にこちらに接近している。
——魔力の塊が竜眼に映る。
「魔族の少女よ! よくも俺の国で暴れてくれたな!」
奴はそう叫びながら地面を蹴って、さらに加速してきた。
【竜剣召喚】
竜剣を闇の穴から取り出し、両手で構える。
奴は加速した勢いを殺さず、私の脳天に向けて血で塗られたような赤色の剣を振り下ろした。
私が両手で握った竜剣でそれを受け止めると同時に、空気を震わす金属音が響き渡る。
奴と至近距離で目が合う。その目は激情に燃えていた。恐れがない。他の兵士のような恐怖が見られない。
少女の体を竜気で強化するのはあまりにも非効率だ。近接戦闘は避けなければ。
私は更に腕へと竜気を注ぎ、赤き剣を弾く。
奴は、剣を弾かれた勢いそのままに、私から距離を取った。
奴——人族の男は気色の悪いほど赤く染まっている剣を構え、それよりも薄い赤毛を風に揺らしていた。体には今まで見たどの兵士よりも装飾の施された鎧を身につけている。
「私……俺はザイテン王国前国王、ハルラクス・オルティノ・ガルム・ザイテン! 一人の戦士として、これ以上国を、民を害させるわけにいかない!」
ハルラクスと名乗った人族が私に向けて放ったのは、覚悟を宿した、曇りなき声だった。
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