壊れた少女、竜の神になる
らっかせい
第0章 終焉の胎動
第1話 竜の終焉
竜とは、生態系の頂点に立つ種族である。全ての生物に畏怖され、時には崇拝される竜にとって、命を脅かすほどの危険はごく僅かだ。
人族も、魔族も、獣族も、ドワーフも、エルフも脅威ではない。竜は生まれながらにして圧倒的な捕食者であり、その地位は何によっても覆らない。
そうだ。そうだった筈だ。
生まれ落ちた瞬間から決まっている、決して超えられない種族の壁があるはずなのだ。
だが、他種族から技術を奪い、果てしない年月をかけ、そして倫理を捨てることで、人族は種族の壁を超越した。
◆
この世で最も高く
周りには竜の首が散乱し、頭が切り取られた胴体の断面からは鮮血が洪水のように噴出している。
赤が地面を覆っていた。
血と同色の目と闇のような黒髪を持つ20歳前後の男は、2本の剣をそれぞれ両手に構えている。
「なぜ!? なぜ!? 人族如きが我ら竜族に楯突くか!?」
死を体から放出し、空気を震わす怒号を飛ばすのは、地面に転がっている死体よりも大きく賢き
しかし、背中から生える偉大な二つの翼のうち、左翼が無惨にも切り落とされていた。
黒髪赤目の男——ギルバートが護衛の竜の首と体を刹那の瞬間に分断し、竜王が状況を飲み込めうちに脅威的な身体能力で翼を片方断ち切ったのだ。
竜王は殺意に満ちていた。
下等な人族如きに竜王がこの失態。屈辱以外の何物でもない。
「愚かな人族に死を!」
竜王は欠けた左翼を
「竜がいるから人族は怯え、安寧は来ない……
ギルバートが感情の篭っていない声音で淡々と語る。
互いに名前は名乗らない。
翼をはためかせて飛び上がり、その巨軀を宙にとどまらせている竜王はギルバートに向けて灼熱の炎を吐く。
ギルバートは天から降り注ぐ火の雨を視界に収め、何ら焦ることなく左手に持つ剣を天に掲げて一言呟いた。
【
光が世界を包む。
——全てを焼却する竜炎が消滅した。
竜王はこの目を疑う事実に目を見開きながらも、
決して人族の身で発動することなど出来ない複雑怪奇な術式が読み取れた。
竜王が一瞬にして解析した能力は、一定範囲内の常時魔力浄化。
ギルバートが微笑む。
「その勝利を確信した笑み! この程度で我が貴様に遅れをとるとでもいうつもりか!?」
「俺は竜王や魔王を殺すためだけに作られた。お前らに対しての敗北はあり得ない、あってはならない」
又もや感情のこもっていない声は竜王の神経を逆撫でする。
【
竜王が前足を空中に伸ばす。そこに穴が現れた。暗く、中を見通せない穴から、竜の紋様が彫られた巨大な一本の剣が現れる。
ギルバートの身長の数百倍はあろうかという剣を前足で器用に掴む竜王を見ても、ギルバートは全く動じず両手に持つ二本の剣を構える。
竜王が竜剣をギルバートに向けて薙ぎ払う。
圧倒的な質量は万物を
「!?」
だがギルバートはその巨剣を二本の剣をクロスして受け止めてみせた。
衝撃波によって砂塵が舞うと同時に、衝撃が踏み込んでいる足から地面へと伝わって地表に亀裂が走り、陥没する。
竜王は竜剣が受け止められたとわかるや否や攻撃を切り替え、全てを無へと返す魔法を編み始める。
ギルバートの身体能力、剣の性能、どれも人族には決して届かぬ領域だ。純粋な質量攻撃では目の前の狼藉者は殺せない。
竜は魔力ではなく、それを変換した竜気によって魔法を構築する。
ギルバートが放った【聖光】の効果である範囲内の魔力浄化にも、威力こそ下がるものの魔法を発動すること自体はできる。
しかし、効力の低下があまりにも厄介だ。
魔法によって補った左翼では機動力が足りず、さらには竜の秘宝を現出できない。
ギルバートが腕に力を込め、竜剣を二本の剣で弾いた。
天から見下ろす竜王を殺すため、ギルバートは人工竜気を足に集めて身体能力をさらに強化する。
陥没して不安定な足場を、
首をはねてやると思い、上を向いた時だった。灼熱の死が、竜王の口に小さな球体状で存在していた。
あれをくらえば死ぬ。ギルバートの本能が死の予感を告げている。
死を煮詰めた球体が崩壊した。
それは竜王の口から一筋の熱線となって放出される。
竜王に比べれば、あまりにも矮小なギルバートにとってその光線の焼却範囲は広すぎる。
——竜王の脳裏に勝利がよぎった。
全ての竜が殺され尽くした訳ではない。依然竜は世界の頂点に立つ種族のままである。
報復として人族を滅ぼすことさえ可能だ。
だが——
【
——勇者はそれを許さなかった。
◆
空洞が竜王を通る。
体が軽い。
「終わりだ」
何処からかそんな声が竜王に届く。
「ッ!?」
衝撃が竜王の体に走る。一拍遅れ、竜王は自分が地面に墜落したことに気がついた。
痛みだ。痛みが竜王の体の中を暴れ回る。
竜王は感づく。感覚でわかるのだ。体に穴が空いていることを、翼がないことを。
ギルバートが地面に横たわる竜王に近づいた。瞳には僅かばかりの葛藤が宿っている。
——トドメを。
ギルバートが、【
——が、その瞬間。突如目の前を大量の歪な魔法陣が覆った。
反射的にギルバートは竜王から距離を取った。取ってしまった。
ギルバートは目に映る術式を解析できず、理解できない。この状況がさらにギルバートの次の行動を遅らせてしまう。
「……何をッ!?」
ギルバートが初めて動揺の声を上げた。だがそれも無理はないだろう。突然竜王が自らの首を魔法によって切り落としたのだから。
鮮血が、分断された頭と体から噴き出す。
ギルバートは死が迫る竜王を見つめた。意図がわからない奇行。
だが何故だろう、ギルバートは竜王の行動に深海に沈んでいくような畏怖を抱いた。
◆
竜王は笑う。楽しげに笑う。もはや声は出せない。だが、忌まわしき勇者の困惑の表情を見れた竜王は心の中で高らかに叫んだ。
竜の王は不滅だ、と——
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