第4話 破壊神なら、ここにいます
控えの間でケンシロウは、用意された服に着替えた。黒い制服。聖戦士服、もしくはたんに戦士服と呼ばれるものらしい。
戦士服は伝統的な聖戦士の衣装であり、着用できるのは聖戦士のみ。他の者がこれ、もしくはこれに似たものを着用すれば厳しく罰せられるのだそうだ。
黒地に銀ボタン。銀のモールや袖飾りが高貴な印象をあたえる。ただし、上衣は詰襟のダブルで、丈が膝まである。ケンシロウの世代だと、ナチス・ドイツの軍服とか、昭和の不良のガクランを思い出してしまう。中二病感が半端ない。が、文句を言えるはずもなく。
「服はつねにこれ?」
メグにたずねる。
「替えが二着用意されていますので」
つまり、つねにこの格好をしていろ、と。
手に白革の手袋、足には編み上げのショートブーツ。そこまできっちり装束がととのうと、さいごにワゴンにのった金属ベルトをつける。
カチャカチャと音をたてる金属ベルトは頑丈で、そこそこ重量もある。バックル部分には金属の箱が装着され、なにやら魔術的意匠のレリーフが大量にほどこされていた。まるで小型のパンドラ・ボックスだ。
「これも制服のうち?」
ケンシロウの問いに、メグがため息をつく。どうやら当たり前すぎる質問をしてしまったらしい。でもそれは、この世界にとっての当たり前だよね。
「召喚ベルトです。聖戦士にとってもっとも重要な装備です」
「召喚?」ケンシロウはたっぷり5秒間考えた。「なにかを、召喚するの?」
「聖戦士は聖獣を召喚して、わが身を守ってもらうのだといいます。それ以上はわたしも知りません。なにしろ、本物の聖戦士を見るのは初めてですから」
本物かどうかは、じつはかなり怪しいけどな。
「聖戦士は俺が最初なのかい? 前はいなかった?」
「いえ。オルメキア連邦の他の国々には優秀な召喚士が数多く存在し、彼らはすでに聖戦士の召喚に成功しているとの噂です。ただ、前回妖星アビスが急接近したのは100年以上まえですから、オルメキアの各国も聖戦士の能力についてはまだまだ分からないことが多いかと」
「へえー」
ケンシロウは戦士服の袖の具合をたしかめながら、大きくうなずく。
「で、いま会話の中にしらーっと出てきた妖星アビスってなんだい? いま初めて聞いたんだけど」
メグはまた、当たり前だという調子で説明してくれる。
「妖星アビスは、赤い月です。100年に一度わたしたちの大地に急接近し、空を渡って邪悪なヴォイドどもが攻めてくるのです。今年はアビスの急接近の年で、すでにアイゼンロード帝国はヴォイドの手に落ちたという噂です」
「へー、厄介な敵ってことだ」
「凶悪な怪物どもです。そして、わたしたち人間は、ヴォイドが襲来するたびに、物質界より聖戦士を召喚し、その大いなる力でヴォイドの軍勢から国も守ってもらってきました。そのために、いま各国では、競うように聖戦士の召喚が試みられています」
「え、そのヴォイドと戦うために、俺は転生させられたの?」
「はい。なんだと思ったんですか?」
「いや、それは、なんかこう、未知の実験とか、科学の探求とか、そういう平和的なやつかな、と」
「残念ながらちがいます」
メグは暗い顔でうつむいた。
「これからわたしたちは、生存をかけた激しい戦いの中に放り込まれます。その激戦の先頭に立つのが、あなたたち聖戦士なのです」
おいおい。
ケンシロウはこころの中で肩をすくめた。その怪物どもと戦う兵器として、俺は呼ばれたのかよ。でも、待ってくれよぉ。俺はただの役者で、警察官でも自衛官でもないんだぜ。
戦う能力なんて、なにひとつ持ってないんだけど……。
聖戦士としての体裁を整えられたケンシロウが、案内されたのは「執務室」という札が掛けられた一室。中に入ると、大きなデスクと立派な椅子があり、そこに男が座っている。
ブ男だった。煌びやかな礼服を着ているが、着こなせていない。
もじゃもじゃの髪に、げじげじの眉毛。ゴリラみたいな顔にブタそっくりな鼻。唇はアマゾンの蛭のように分厚い。
そして彼のデスクのまえに立っているのはイシュタリシア。こちらはブ男と対照的に、美しい。というより、デスクについている男があまりにも醜悪なので、美しさが際立つ。
「ダー・メイスン総理大臣、こちらが今回わたしが召喚しました聖戦士の剣ケンシロウ殿でございます」
さっそくイシュタリシアが紹介してくれる。
「どうも」総理大臣と聞いて正直びびったが、なんとか平静をよそおって優雅に一礼する。「お初にお目にかかります、ダー・メイスン総理大臣。剣ケンシロウです。天草四郎の英霊をもっています」
嘘である。真っ赤な嘘である。
「ほお」
猜疑心たっぷりに片眉を吊り上げたダー・メイスンという総理大臣は、反対尋問する弁護士のように鋭い舌鋒をふるった。
「この男が聖戦士であると証明できる確かな証拠はお有りかな、イシュタデリシア女史。もしなにか、転生時にエラーがあって、いざというとき聖戦士の能力を発揮できなければ、大勢の民の命が失われるのですぞ。そこはきちんと証明できる何か確たる証左をお持ちなのでしょうな?」
噛みつかんばかりのダー・メイスンの詰問。だが、それを笑ってやり過ごしたイシュタリシアは、自信満々にケンシロウへと向き直る。
「ケンシロウ様。ケンシロウ様は聖戦士ですものね。間違いないですよね」
──って、俺に証言させてどうすんのよ!
と突っ込み入れそうになるところを、長年舞台で鍛えた鉄のハートで自制して、曖昧な笑顔を浮かべる。
曖昧に笑いつつも、頭の中では光の速度で思考を回転させた。
まず、ちょっとまて。ちょっとまつんだ。
いまここで自分が聖戦士であると言い切ることは危険ではないか? ここで言い切って、あとあとスキルだのアビリティーだのスペックだのにエラーがあると発覚したらどうなる?
ここは慎重に慎重を重ね、言葉を選んで返答すべきだ。
「はっはっはっ、わたし自身にわたしが本物であることを証明させろと言われても、それはなかなか難しい問題ではないでしょうか?」
うまい! われながらうまい言い逃れだ。
適当にイシュタリシアの要求をやり過ごしつつ、自分が聖戦士であるとは、ひと言もいっていない。
ま、さっき聖戦士ですって自己紹介しちゃってるけど、ここで言明しないことは極めて重要だ。
「えっえー」
聖女さまが極めてフランクな声を上げる。
「ケンシロウ様は、聖戦士ですよね。さっきだって、自分で聖戦士って言いましたもんね」
イシュタリア。なかなか人を追い詰めることに長けた女である。人の揚げ足、言葉尻をとらえるんじゃねえよ。
「ふん」
バカにしたように、ダー・メイスンが鼻で笑った。
「本当にちゃんとした聖戦士であるかは怪しいところですな、イシュタリシア・イシュタデリシア・イシュタリシス・ローゼン。そもそもあなたは、破壊王の異名をお持ちではないか」
ダー・メイスンの口から「破壊王」という言葉がでた瞬間、イシュタリシアの顔つきが変わった。
それまでにこにこしていた聖女さまがとつぜん、おやつをもらえないと分かったときのパグ犬みたいな顔になって、むっつりと黙り込んだのだ。
「イシュタリシア・イシュタデリシア・イシュタリシス・ローゼン。あなたは破壊神の血を引くローゼン家の末裔。おぼえておいでか? 初等学校の社会科見学で聖戦士刀廟をおとずれた際、飾られた聖剣を落として壊したことを」
「あれは、もともと腐食していました」
「にしても、聖剣なんぞ、壊そうと思っても壊れない物。それを落として折るとは……」
「運が悪かっただけです」
「先週、食堂の燭台を落として壊しましたね。あの鉄のやつ」
「あれは寿命だったのです。あの燭台はあのときに死ぬ運命だったのですよ」
「おとといは、風呂釜の火掻き棒を折ったとか」
「あれは金属疲労です」
「きのうは、薔薇園の塀を倒したとか」
「あれは先日の雨で地盤が緩んでいたのです」
──破、破壊王だ。たしかにこの女、破壊王だ。
ケンシロウはこころの中で戦慄するが、口には出さない。
ダー・メイスンが意地悪くつづける。
「今回も、聖戦士を召喚する過程で、なにか重要なミスをしているとか」
「していません」
──している。たぶんしている。あのタブレットのエラーの文字の羅列は、間違いなく間違いだ。間違いで間違いない。
していないとはっきり言い切るイシュタリシアだが、あのとき落っことして割ってしまったタブレットのことは覚えていないのだろうか。
それとも、あんなのは壊したうちに入らない……とか。
「ふん。まあいいでしょう」
ダー・メイスンは肩をすくめて、怪しく微笑んだ。
「どうせすぐに分かることです。これから早速、聖戦士刀廟へ向かうとしましょう」
「望むところです」
なぜか挑戦的な態度で受けて立つイシュタリシア。
悪魔的な笑みを浮かべるダー・メイスンは、イシュタリシアとケンシロウの顔を交互に見回す。
「彼が本物の聖戦士であるのなら、聖剣に選ばれるはずですからね」
え? なんだって?
いまもしかして、聖剣に選ばれるって言ったのか? この人。
聖剣を選ぶ、ではなく?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます