第27話 敗因

 ジ、ジ、ジ、ジッ……

 暗い夜道に、壊れかけのネオンの看板が瞬いていた。


 悪魔は小さな羽を必死に動かし、飲み屋街を彷徨さまよった。魔力は枯渇こかつし、小さな灯りに集まる羽虫のように、ふらふらと飛ぶのが精一杯だった。


 あの街外れにある小さなアパートからようやくここまで逃げてきた。手塩にかけて大きくした邪霊の巣も、自分の依り代である魔物と化した男も全てが壊され、駄目になった。そして、自分自身も大きなダメージを受けてしまっていた。


 まさか、こんなことになる日が来るなんて想像もしていなかった。それも、あんな見すぼらしい死神と野良猫、そして人間の霊にやられてしまうなんて――

 だが、これは現実で、実際に起こったことなのだった。


 悪魔は、飲み屋街の人混みを避け、暗い路地へと逃げ込むように入ると、壁をつたって奥へと進んだ。路地を進んでいくと、それまで街中に溢れていた店から流れる音楽や人々の話し声が聞こえなくなっていく。


 街から外れ、次第に静かになっていく中、悪魔はなぜ自分が負けたのかを考えていた。由緒正しき大悪魔の系譜に連なる自分が、あんな奴らにやられるなんてことがあっていいはずがない――


 だが、実際に、あの力に満ちあふれていた強靱な体は、絞りかすのように小さくなっている。


 理由は二つ考えられた。

 一つめは油断だ。しょせんは、ちっぽけな大した力を持たない奴らだと侮ってしまったがために、その隙を突かれてやられたのだ。


 だが、もちろん、それだけはない。もう一つの大きな理由――これこそが敗因と言える理由があった。


 それは、依り代にした男を無理矢理に乗っ取ってしまったことだった。

 この街の中で、巨大な渦のように淀んだ瘴気の集まるアパート。たまたま、そこに住んでいた男だったが、きちんと契約を結べれば、いい依り代になるはずだった。


 あの女の子を好きにしていい代わりに、魂と体を依り代にするという契約を結ぶつもりだったのだ。そうするのと、無理矢理に乗っ取るのでは、悪魔として発揮できる力には大きな差があった。


 だが、中々説得に応じない男に業を煮やし、男の体を無理矢理に乗っ取り、男の心を痛めつけることをも楽しんでしまった。サディスティックな自分の欲望を優先するという愚を犯してしまったのだ。ちゃんと契約さえしていれば、悪魔としての力を最大限発揮できたはずだった。


 次は、悪に対する欲望が強く、契約に応じてくれる人間を探す必要があった。次こそは、大悪魔たる自分にふさわしい依り代を見つけるのだ。


 人の純粋な渇望と欲望が生み出す魂の力を持った人間であれば、契約に応じるはずだ。そうであれば、もっと、もっと、強力な依り代が生まれ、現世に及ぼすことのできる自分の魔力もより増える。


 悪魔は自分の勘を頼りに、息も絶え絶えに、羽を動かしながらさらに奥へと飛んでいった。悪魔は、その超感覚で何かを感じていたのだ。言葉に表すとすれば、それは匂いのようなものであった。それもかなり強い。


 悪魔はこれを知っていた。地獄ではよく嗅ぐ懐かしい香りだ。

 地獄に渦巻く無念と怨嗟――それらが生み出す渇望と欲望の匂いだ。


 もし、これが一人の人間から発しているのであれば、それこそは自分の新たな依り代にふさわしい人間であるはずだった。


 悪魔はわずかな希望を抱き、その匂いがする方へとふらふらと飛んでいった――

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