嘘の話(安賀多・大学二年・男性:地)

 息子の嫁に手出したせいで奥さんが首括って、逆上した息子にバラバラにされたジジイが化けて出るって幽霊屋敷を作ったんだけど話が全然違う風になっちゃっておまけに『見た』ってやつまで出てきたんだよね。


 何? 分かんなかった? どこが……全部ってさ、そう言われても俺のしたことってこれで全部なんだよ。嘘だけど。あ、違う嘘じゃなくって、そういう嘘をついたらなんか訳分かんないことになったっていう意味。分かる?


 えーっとねえ、中学校の頃の話なんだよ。夏休みちょっと前、七月くらいだったと思う。

 友達がいたんだけどね、そいつらと盛り上がったの。何でって、心霊番組。ネットで出てるような心霊映像つらつら流す合間に心霊スポットにお姉ちゃんと芸人放り込んでキャーって叫ばせるようなシンプルなやつ。それがね、日曜日に放送されてさ。見てたんだよね俺も友達も。

 放送した次の日、学校で凄いウケたんだよね。

 一番はな、廃墟に忍び込んで怖い目にあう、みたいなやつだった。どこが面白かったみたいな話をしたんだけど、サトテンは心霊スポットの前庭に入ったら首なしが追っかけてくる映像が気に入っててさ、リョウは祟られ屋敷の和室で襖がばたばた倒れたところで豪快過ぎるだろって大笑いしてた。全員ツボが違うんだよな、やっぱり。俺は隙間から覗いてくるやつがぎょっとした感じで気に入ってた。逆さまでさ、床の方に目があるの。二つ。縦に。あの手の連中って中途半端に人じゃないっぽさ出してくるよな。ツボを分かってる感がある。下手な芸人よか勘がいいと思うもん。

 で、その辺ネタに盛り上がってたんだよ。幽霊屋敷とか心霊スポットってすごいよな、とかああいうのって夏になると芸能人とか来るんだろうなとか。うちの県にも一応あるけどさ、大規模な廃墟! みたいなやつは山とか街はずれまで行かないとだからさ。交通が死んでんの。手近にあるのなんてあのマンションぐらいだし、そこだってその頃はただのマンションだったしな。ホワイトマンション意外と新顔なんだよ。あそこ住んでたやつで学校通ってたやつもいたし。同学年は知らないけど、何だっけな、一回通り魔かなんかで集団下校したときに、マンションの方向で知った顔のやつがいたりしたしな。

 で、そうやって心霊スポットの不足を嘆いてたんだよ。文化がねえよなとか田舎って本当田舎だよなとか。今でもそう思うけど。

 そしたら……誰だったかな。多分、ミヤだったと思う。そんときつるんでた友達で、一番頭良かったやつ。本当。なんか文字多い漫画とか読んでたし、深夜ラジオとか聞いてたし、洋楽とかめっちゃ聞いてた。


 そいつがな、言い出したんだよ。自分たちでもっとすごいのを、それも近所に作ってみないかって。


 その日の帰り、市の図書館寄ったね。学習室みたいなの、カウンターに許可取れば使えたからさ。ちょっとくらい大声だしても良くって、クーラーばきばき効いてる。あとそこまで考えてなかったけど、地図とか資料怪談本も持ち込めたしね。準備は万端、って感じだった。

 一応ね、常識とかはあるからさ。なんとなくこの辺がいいなっつうか近場がいいっていう条件だけ決めて、あんまり迷惑とか掛かんないようにしようなってのは最初に確認したんだよ。駄目だろ、遊びで人に迷惑かけたらさ。

 で、なんかそれっぽい廃屋があったから、それにしたの。

 言っとくけど空き家、ちゃんとした空き家だったからな。学校にも近かったけど、リョウの家が近くてさ。リョウが言うには、なんか数年前にごんがごんが建ててたけど、全然人が引っ越してくる気配とかそういうのがなくって、ずっと空き家だってことだった。庭の草とかぼうぼうで、見た目だけなら満点。地区児童会で毎回危ないし持ち主いるっぽいから近づいちゃいけないって話題になってたんだと。すーげえ立派な家なのにさ、無人。今考えると相続とか人間関係とかのトラブルなんだろうなって思うけど、中学んときはそこまでは考えてなかったよね。とりあえずいい感じの空き家があるな、ってぐらい。

 じゃあそこを幽霊屋敷にしようって決めて……まあ、それっぽい噂を作ったよね。それこそこないだ見た心霊番組で聞いたやつとか、図書館に置いてある怪談本とか猟奇事件がどうこうみたいな本から良さそうなのを選んで、それっぽく組み合わせた。


 その結果がバラバラジジイと首吊り婆さん。息子夫婦と同居できるくらいにはデカい家だったんだよ。一軒家だったし。


 どっちかっていうと派手な方がいい、ってのはミヤが言ったんだよ。そのくらい分かり易い方が、嘘だってバレやすくなるって。やっぱ頭いいなって思った。お遊びなんだから、中途半端に紛らわしい真似しない方がいいよなってのはその通りだもん。そんな事件なかったっての、調べたらすぐ分かるもんな。これが孤独死したとかただ単に首吊ったとかだと意外とありそうだしな。そういうの調べ辛いだろうしさ。だったらインパクトだけ重視でド派手な因縁キメた方がいいもんな。善意だよ。


 そんで次の日からバキバキだったね。

 リョウもミヤも俺も、頑張って噂を流しまくった。雑談とかそういう隙に、そういう心霊スポットがあるんだぜ! みたいな感じで喋ってさ。

 地道だけど、存外うまくいったよ。こないだ心霊番組やってたから、なんとなくまだ話題にしやすい空気があったっていうかさ。あと多分サトテンが卓球部で頑張ってくれたせいもあると思うんだよ。人数多かったし、そういう話好きなやつら多かったし。

 夏休み入る前には、結構評判になってた。部活帰りに通ったら、人影が見えたとか門柱に腕だけ下がってたとか。面白かったな。何にもない空き家で何を見てるんだろうな、って思ったよ。


 夏休み明けて、ちょっと困った。困ったっていうか、なんだ──


 夏休み間中も、部活とかで学校行くやつはそこそこいたんだよな。そんで帰りなんかに、まあ……ちょっとした冒険、みたいなノリで見に行くやつもいたんだよ。家んなか入り込むような乱暴なやつはいなかったけど、前庭ちょっと入ってわー草ぼうぼう! ってやるようなやつはいたんだよ。それはまあ、分かんなくはないじゃん。俺たちだってやってたと思う。馬鹿だもん中学生なんか。

 で、噂がいよいよ広まってたんだけど……知らない犠牲が増えてたんだよね。覚えがない、っていうか。

 俺らはこう、現象は軽めのやつにしてたんだよ。人影に追いかけられたとか、ベランダから手招く人影を見たとかその程度。

 あとはその、面白そうだったからね。忍び込んだ連中がどうこう、みたいな話も作った。忍び込んだ先輩がデカい声で脅されて上半身だけのジジイに追っかけられた、みたいなやつ。怪談で読んだやつと、サトテンがウケたやつ混ぜたの。廃病院で首なしが突撃してくるやつ。勢いあって面白かったから。リスペクトだよな。

 けど、なんか暗い感じのやつが増えてきたんだよ。

 入り込んだやつが出られなくなって、玄関先で気づいたときには髪の毛を全部刈られてたとか、肌に目一杯墨で何かを書き込まれて放り出されてたとか、行った日から自室の窓に夜になると婆さんがぶら下がるようになったとか、血まみれの片足だけが落ちていくのを見るようになったとか──一人で夜に侵入しようとした先輩が、次の日から学校来なくなって、病院に入れられたとか。そういう──陰惨? なやつが増えてた。


 困ったよな。サトテンもリョウもミヤも、そんな噂は作ってないって言ってた。勿論俺もそんな話は吹いてない。作文とか苦手だしね、そんな面白い話をぽんぽん作れるような頭がないんだよ。


 言ったけど、。あの家はもともと人が住んだことすらない空き家で、ジジイも婆さんも死んでなくて、怪奇現象も何も起きたことなんてなかったんだから。全部俺たちが、七月の図書館で考えた嘘。なのに、全然違う代物になり始めてる。俺らの嘘から知らない芽が出て、覚えのない花がばんばか咲いてる。


 で、まあ、忘れた。忘れたっていうか、俺たちは話さなくなった。幽霊屋敷の話はやめにして、いつも通りに生活してた。だから、知らない。


 どうだろうな。言ったけど、所詮子供の流行りだったからなあ。それに、どうしようもないっていうか、なんとなく気まずくなったってのもあったしな。もうそれきりだよ。少なくとも俺は会話に出さなくなったし、自分から話を追っかけるようなことはしなかった。元々話題合わせるために関わってたようなもんだったからな。乗ってくるやつがいないネタなんて擦る方が馬鹿だろ。ミヤたちも、その辺分かってたからな。ちゃんとゲームの話とか切り替えてたよ。仲は良かったからな、俺たち。今でもたまに遊ぶもん。話題には出さないようにするけどね、盛り上がんないから。

 外の学校に伝わってた、のは聞こえてきたよ。近くの中学とか、高校とかね。因縁とか、俺たちが考えてもないものが増えてたのも聞こえてきたけど、もう関係なかったしな。積極的に追う気もなかった。もう俺らの流行りは変わってたからな。つうか受験とかその辺があったから、そんなことしてる余裕なんてなかったんだよ。塾通い始めたし。いない幽霊より不審者にカチ遭う方がリアルに心配だったしな。あの時期、その手の噂が結構あったんだよな。治安悪いわけでもないのに。


 うん。お前の言いたいことは分かるよ。俺たちも、俺もそこ考えてはいたからさ。


 後始末、しとくべきだったんかね。製造者責任みたいなやつで。でも、どうやればよかったんだろう……それ聞きたくて話したみたいなとこあるんだけど、お前分かる?

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