第1015話 ピタゴラススイッチ 上

 次の日、馬車が戻って来た。


「よかったです。公爵様からお嬢様に来て欲しいとお願いされていたものですから」


 まあ、メイドでしかないラグラナに公爵様の要望(ほぼ強制)を拒否できるわけもない。お願いと言われてもわたしを説得しろって変換されるでしょうよ。


「いいのよ。こうなることは予測していたしね。タリール様を帰したのは公爵様に考える時間を与えたまでよ。わたしも帰ったら公爵様はわたしに頼ってしまうからね」


 公爵たる身で家のことを判断できないなんて失格にもほどがある。まずは自分の頭で考えてから他者に相談するべきだわ。


「わたしがいない間になにかあったのですか? なにか領民が集まっておりましたけど」


「公爵様の髪をさらに薄くさせるようなことがあったわ。ラーレシム様が霞むほどのね」


「……天能ギフテッドが霞むのですか。一人いただけで大騒ぎになるのですけど……」


「王宮はジーヌ家の情報を軽視しているの? それとも情報不足? なぜわたしが来たときに発現するのよ。まるでわたしが発現させたみたいになるじゃない。ほんと、わたしってついてないわ」


「見てはいないのでなんとも言えませんけど、あまり間違ってないかと。お嬢様が目的を果たそうとすると、よけいなことまで発生させますから」


 グサッと鋭いナイフが刺さったような錯覚を覚えてしまった。


「……そ、そうね。今後の課題とするわ……」


 何事も都合のよいことばかり成功させられない。重い石を退かしたらそこにはなにか隠れていたり、持ち上げた石をどこかに置かなければならない。持ち上げて終わりではないのだ。ピタゴラススイッチのように玉は転がり、次々と仕掛けを発動させてしまうのでしょうよ……。


「なにかを成すというのは大変だわ」


 いっそなにもしないのが穏やかな人生を送れると考えてしまう。そんなことないっていうのにね……。


「珍しく落ち込んでおりますね」


「それだけの問題がジーヌ公爵領で起こっているのよ。いっそのこと、王宮に押しつけたいくらいだわ。侍女長様ならちょっと胃を痛めるだけでしょうよ」


「それ、ちょっとではありませんよね?」


「侍女長様の犠牲は無駄にはしないわ」 


 それが王宮の存在意義。犠牲になるのも仕事のうち。わたしの仕事ではないわ。


「犠牲になる前提ですか」


「コルディーの中枢にいるならコルディーのために死ねるなら本望でしょうよ。素晴らしい自己犠牲で涙が止まらないわ。お墓には腐らない花を飾らせてもらうわ」


 さすがに年一回くらいは拝みに行かせてもらいますよ。コルディーのために犠牲となったんだから。


「……どう報告すればよいのやら……」


「あるがままを報告したらいいじゃない。わたしは、一度足りとも王宮に報告を止めたことはないわよ」


 真実が必ずしも受け手に幸せを与えるとは限らない。ウソがあることで救われる感情もあるものよ。

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