第79話 視察

 次の日、朝食を終えたら館の拡張計画を叔父様に説明する。


 のんびり魔力籠めをしたいところだけど、領主代理たる叔父様に説明をし、理解してもらわないと、わたしのスローライフは成り立たない。隠遁しているとは言え、わたしは伯爵令嬢。お父様や叔父様の庇護の下で暮らしているのだ。好き勝手はできないのよ。


 ……いやしてんだろう! とかの突っ込みは受け付けてませんのであしからず……。


「ここに牧場を造り、牛を飼います」


「牛か。羊のほうがよいのではないか?」


「いえ、ここで飼う牛は乳牛と食用牛としましす。乳はチーズにして保存食とし、食用に育てた牛は館で食べます」


 わたし、牛乳はそれほどでもいんだけど、チーズが大好きなのよね。食パンにたっぷりのチーズを乗せて蜂蜜をかけてトーストする悪魔トースト、一時期嵌まったものよ。まあ、十キロ太って大変な目にあったけどね。


「牛の肉か。かなり昔に食べたいことはあるが、それほど美味いとは思わなかったぞ」


「それは働かせたものか年老いたものでしょう。食用にするにはなにもせず、いいエサを与えたものを食べるのですよ」


「随分と贅沢なことをするのだな。エサ代だけで破産しそうだ」


「破産しないよう美味しく育てますよ。牛は捨てるとこがないくらい美味しく食べれるそうですからね」


 サーロインステーキ。早く食べたいものだわ。


「山にはリンゴを植えようと思います。カルディムはリンゴがよく育つ地ですからね。増やさない手はありません」


 カルディムはリンゴの名産地。次の世代に残してあげるのも今を生きるわたしたちの役目でもあるわ。


「リンゴか。あまり人気はないのが辛いところだ」


「品種改良をすればリンゴはもっと美味しくなりますし、お酒を作ります。蜂蜜に漬けたものも保存ができます。売れないのなら売れるようにしたらよいのですよ」


 ナンバーワンを取れる果物ではないにしろ、マイナーな果物でもない。庶民の口に入る手頃な果物という位置づけだ。なら、やり方次第では長く愛されるものとなるはずよ。


「なんの特産がない領地よりカルディム領はまだ恵まれています。他は麦や豆が主生産ですからね」


 仕方がないとは言え、残し、続けてきてくれた人たちに感謝だわ。わたしもお兄様の子やナジェスの子のために絶やさないようにしなくちゃならないわ。


 続いて商業区となる場所に移動する。


「今はアマデア商会しかありませんけど、カルディム領の商業都市にしたいと思います」


「商業都市か。それではお前が目立ってしまうのではないか?」


「それは最初だけです。商業都市となれば目立つのは商業都市としての名。わたしは陰に隠れます」


 目立ちたくないでござる! というならわたしは死んだことにして、顔を変え、名を変え、知らない土地に移っているわ。


 だけど、中世な時代で元の世界の生活を求めたら目立たないわけがない。どこにいても目立つものよ。


 なら、伯爵令嬢としての地位にいたほうが目的を達しやすいわ。多少目立っても排除されないていどに止めておけばいいんだからね。


「まだわたしの名は知られておりません。目端の利く人には知られてますけど、そういう方は自制も利きますので無駄に広めたりはしません。それどころか囲もうとします。つまり、わたしの名は限定的に知られているだけで、世には無名ということです」


 わたしは目立っているようで目立ってない。いい状態にいるってことよ。


「今のうちに地固めして、わたし以上に目立つ者を用意する。つまり、今が好機ということです」


「……お前が男だったらとつくづく思うよ……」


「そうですね。ですが、わたしは女。女がしゃしゃり出ても喜ばれません。裏から暗躍させてもらいますわ」


 フフって笑って見せた。


 わたしは決して表には出ないことを示し、裏にいることを宣言したのだ。


「ロングルド様。チェレミー様」


 アマデア商会の店(まだ建設中だけどね)にくると、会長のラデガルや支店長のロイヤードらが揃ってわたしたちを迎えてくれた。


 領主代理たる叔父様のことは知っているでしょうけど、初顔合わせとしてわたしが間に立って双方を紹介した。


「チェレミーが世話になっている。困った姪ではあるが、カルディム家にとっては必要な存在だ。よろしく頼む」


 叔父様の中でわたし、問題児認定されている! まあ、仕方がないけどね。


「はい。微力ではありますが、チェレミー様を支えさせていただきます」


 昼はアマデア商会の招きでラデガルたちといただき、お互いの親睦を深めた。


「ラデガル。今日の夕食に招待したいのだけれど、どうかしら? もっといろいろ聞かせて欲しいの。もちろん、奥様もよ。ナジェスも紹介しておきたいしね」


 ナジェスは次期領主代理。今から繋がりを持っていてもいいでしょうよ。


「そうだな。ラデガル。夕食にきて欲しい」


 領主代理自らから誘うことはないでしょうけど、間にわたしが入れば言い訳も立つ。これは、双方にメリットがあることだからね。


「はい。喜んでお邪魔させていただきます」


 調整はマクライやローラにお任せ。わたしたちは館に戻った。

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