第70話 パクり本

 どこから広まったのか、村の人たちが氷滑りがしたいと言ってきた。


 さすがに毎日なんてやれないので快く承諾。スケート靴を創ってあげた。魔力は余っていたからね。


「大盛況ね」


 部屋までスケートではしゃぐ声が届いてくるわ。


「冬はずっと閉じ籠るしかありませんからね、娯楽があれば飛びついてしまいます」


 村出身のマーナが苦笑交じりに教えてくれた。


「うるさいのであれば注意してきますが」


「構わないわ。楽しくやっているところを水を差すなんで無粋だからね」


 咽び泣く声を聞くより遥かにマシよ。冬に娯楽に明け暮れられるなら身も心も豊かってこと。喜ばしいことじゃないの。


「マルセとターリャはどう?」


 完全にガイルとモリエにお任せしているけど、毎日どんなかは聞いてますから。


「マルセはよくがんばっていますね。ガイルさんから芋を茹でるのを任されてました」


 板前さんの修業とは違い、ここでは戦力として数えられている。掃除だけ何年もさせてられない。できることはやらせて、任せられることは任すのよ。


「ターリャは今日も苦戦してます。文字は変わらず綺麗なのですが、全然文章が綴れないようです」


 教育を受けたわけでもなく本を読んでいるわけでもない。いきなり自分で考えて書けは無理でしょうよ。


「んー。最初は読み聞かせがいいのかもしれないわね」


 写し書きをさせつつ午後にでも読み聞かせてやりますか。レアナの勉強にもなるしね。


「モリエを呼んでちょうだい。相談してみるから」


 すぐに呼んでもらい、ターリャの教育を変えることを話し、今日から物語を読み聞かせてあげることにした。


「レアナはなにしているかしら?」


 教育係をラグラナに任せてある。マレア時代はわたしの教育係でもあったからね。


「広間で礼儀作法を学んでおりました」


 一応、人を呼んでパーティーできる広間はあるんですよ。必要ないから今まで使ってなかったけどね。


「終わったら部屋に呼んでちょうだい。レアナも読み聞かせするから」


 シェイプアップ奥様たちへの手紙をさっさと終わらせたら書庫に向かった。


 読書家、ってわけじゃないけど、テレビもネットもない時代。外の情報を得るには人から聞くか本で仕入れるしかない。情報を得ていたら自然と本は溜まるもの。王都の屋敷から持ってきた本も交ぜて今では三百冊近くになっているわ。


 何百ページもある本は五十冊もないけど、二十ページくらいの小冊子は二百冊。わたしが書いたパクり本は五十冊くらいになるわ。


「読み聞かせなんて経験のないターリャには童話から始めましょうか」


 ジャックと豆の木でいっか。魔法の木って似たような童話があるし。


 部屋に戻ると、もうターリャがきていた。


「突然ごめんなさいね。あなたがちょっと苦労していると聞いたから教育法を変えることにしたわ」


「も、申し訳ありません。至らなくて……」


「謝る必要はないわ。至らないのはこちらのほうなんだから。教育を受けたことがない子を預かるということを甘く見ていたのだからね」


 ほとんど思いつきでやったこと。それに付き合わされるターリャたちのほうが迷惑よね。


「ターリャには申し訳ないけど、試行錯誤に付き合ってもらうわ。あなたの次も孤児を受け入れて教育していくのだから」


 これは偽善ではない。わたしの暮らしをよくするための……布石? なんだ? ま、まあ、手駒を増やすためにやっているのよ。


「孤児院に本ってあったかしら?」


「はい。寄付された童話が何冊かありました」


 ちゃんとそういうものも寄付してたのね。まあ、読む子が何人いるかわからないけど。


「ターリャは読んでた?」


「いえ。読んでません。難しくて……」


 子供が読むものなんだけどね。基礎が大事ということがよくわかるわ。


「そう。では、これから夕方に読み聞かせるわ。それで言葉を覚えなさい」


 レアナもきたので長椅子に座り、左右に座らせて読み聞かせを始めた。


 二十ページもない、簡素化させた物語なのですぐ終わっちゃったけど、ターリャを真ん中にして横から書いている文字を指しながら読んでいった。


「いきなり覚える必要はないわ。続ければ耳に馴染み、目に慣れて、意味がわかれば言葉は自然と体に染み込んでいくもの。言葉と文字を楽しみなさい」


 今度はレアナを真ん中にして読ませた。


 今日は一時間くらいで終わらせ、小冊子をターリャに貸した。三度も読めば大まかな流れはわかったはず。文字を見ながら思い出していけばすぐにでも成長するでしょうよ。


「マーナ。お茶をお願い」


 頭を使ったでしょうから糖分補給をさせておきましょう。


「ついでだからお茶を飲む所作を学びましょうか。レアナ。ターリャにお手本を見せてあげなさい」


「わ、わたしですか!?」


「そうよ。ターリャのよい見本となりなさい。いずれあなたはメイドを従える身。よき主人になるには教えることも必要になる。ターリャで学びなさい」


 八歳の女の子にはわからないでしょうけど、貴族に生まれてしまったらいずれ学ばなくてはならない。せっかくターリャがいるのだからレアナの教育もしちゃいましょう。


「わ、わかりました。がんばります」


「うん。偉い偉い。レアナはできる子だものすぐ覚えるわ」


 やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、褒めてやらねば人は育たず。山本先生。ありがたいお言葉を残してくれて感謝します。

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