第37話 天下り

 朝食をいただいたら叔父様とナジェスのところに向かった。


 扉の前にメイドが二人立っており、わたしたちが見えたら一礼して扉を開いてくれた。


「レイア。ナジェスの様子はどうだ?」


 あ、レイアとは叔母様のことね。


「麦粥を食べたら眠ってしまいました」


 ベッドの側に寄り、眠っているナジェスの顔を見る。


 ちょっとげっそりしてはいるけど、顔色はよくなっているわね。治癒増加が上手く働いてくれてるようだわ。


「次、目覚めたら麦粥とリンゴを擦ったものを食べさせてあげてください。明日には完治すると思います」


 わたしの付与魔法チートなら明日までには治るでしょうよ。


 ナジェスのおでこに手を当てて熱を確認すると、ちょっと熱い。けど、寝息は静かだし、順調に回復はしていってるのは確かね。


「叔母様。あとはメイドに任せて少し休んでください」


「いえ、ここにいるわ。目覚めたとき、安心させたいから」


 母親の愛は偉大ね。


 メイドたちに叔母様のことをお願いし、わたしだけナジェスの部屋を出た。


「メアリア。あとをお願いね。マルセオ。城の備蓄がどれだけあるか教えてちょうだい」


「なにか問題でまありましたか?」


「おそらく、来年の麦の価格が上昇して不足になると思うわ。カルディム領は麦の生産は他より低い。価格上昇、麦不足になったら民の暮らしが大変なことになるでしょう。そうなる前に備蓄量の確認と、他領の商人が買いにきたら値を上げて売らないようにするわ」


 令嬢でしかないわたしに決定権はない。だけど、現状を把握しておくことはできる。


「話せないと言うなら構わないわ。こちらはこちらで動くから」


 それもダメと言うならまた別の手を考えるわ。警告はできたんだしね。


「いえ。こちらへ」


 と、マルセオに連れられてきたのは領地の管理を行っている部屋、みたい。文官らしき人たちが八人は詰めていた。


「こちらへお座りください」


 出された椅子に座り、備蓄されている紙の束を出してくれた。


「城の分かしら?」


「はい。他は各村での備蓄となり、春と収穫後の確認だけとなります」 


 意外とザルな管理ね。よくこれで領地経営できていること。国が平和だと管理が緩くなるのかしらね?


「叔父様に言ってもっと細かく管理しなさい。各村の備蓄も役人を向けて確認すること。正解な量を知らなければ正しい判断ができないわ。不正はないと思うけど、世が乱れ、心が貧しくなれば人は簡単に法を破るわ。民にそんなことをさせないために管理を徹底するべきだわ」


 それなりに気候はよく、食うに困らない糧は稼いでいる。だけど、それが崩れたら人は簡単に罪を冒す。そうならないようにするのが領主の務めだわ。


「いきなり予算を変えろとは言わないわ。ただ、領内の麦が他領に流れることは避けなさい。あと、領内の商人に麦を買うことを推奨して、それを保管する倉庫をカルディムが安く貸し出しなさい。これを見ると、城の倉庫がかなり空いているわね。なにも入れず放っておくのはもったいないわ」


 これが通常ならカルディム領って備蓄があまりないってことだわ。ほんと、よくこれでやれてきたものよね。この国、どんだけ恵まれているのよ? 一旦転けたら滅亡まで一直線じゃない。わたしのスローライフまで終わっちゃうじゃないのよ。


「それと、今わたしが住んでいるところ特別区にしたいの。商会を構えた場合、五年間の税を免除。それ以降も店を構えるなら十年間、税を半額にするわ。あなたたちの力を貸していただけるかしら?」


 おれがルールだ! なんてバカな領主もいるでしょうが、そんな領は早いうちに滅びるか国から罰せられるか、それとも反乱が起こるかよ。


 まっとうな領主ならマルセオたち下の者を上手く使うわ。下がいてこそ領地経営ができるんですからね。


「いずれあなたたちは引退するでしょう。そのとき、わたしのところにいらっしゃい。豊かな老後を送らせてあげるわ」


 元の世界じゃいろいろ言われるけど、天下りは有効な手法だと、わたしは思う。先の保障ができているのなら人は上手く働いてくれるからね。


「マルセオ。引退したならわたしのところにこない? 多少は給金は下がるけど、暮らしは豊かにしてあげるわ。確か、ラナエ、だったかしら、あなたの奥方は? まだ元気ならわたしのところで働いてもらいたいわ。館の庭をもうちょっと華やかにしたいのよね」


 マルセオの奥方は花を植えるのが好きだと言っていた記憶がある。庭仕事をしてくれるなら助かるわ。


「……あなたと言う方は……」


「わたしはあくまで日陰者。叔父様やお父様に取って代わろうなんて思ってないわ。ただ、裏で平和に暮らしたいだけ。その平和に協力してくれる者にはそれ相応のお礼はするわ」


 優しく微笑むと、マルセオが席から立ち上がり、深々と一礼をした。


「お嬢様のお力となれるよう勤めさせていただきます」


 返事をする前に他の者も席を蹴って立ち上がり、わたしに頭を下げた。


「ありがとう。あなたたちの思いは受け取ったわ」


 ふふ。さらに叔父様を説得できる環境が築かれたわ。

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