第34話 不思議ちゃん

 あ、わたし、領都までの道、知らないや! どうしましょう?


 なんて心配はいらなかった。ランが察したように前に出て先導してくれた。王都からきたのにわたしより詳しいわね。知らないわたしが変なのかしら?


 もうちょっと自分が住んでいるところを知ろうと胸にし、領都までいっきに駆け抜けた。


 歩けば半日の距離をわずか一時間もしないで走り抜くとか、モルチャカスゲー! これなら王都にも一日でいけちゃうかもしれないわね。


 可もなく不可もなく、極々普通なカルディム領の領都はやはり極々普通の規模であり、夜ともなれば大抵の店は閉まってしまい、道を歩く者もいない。


 ただ、さすがに領都の城は二十四時間体制であり、暗くなったからって門を閉めたりはしない。いつ早馬がこないとも限らないからね。


「チェレミー・カルディム様である! 道を開けよ!」


 先をいくランが大声を上げて立ちはだかる門番を退かした。と言うか、よくそれで退けたわね? 違ってたらどうするつもりなのかしら?


 門を潜ったところでレオを止め、門番たちにわたしの顔を見せた。


 年に一、二回しかきてないけど、領主の娘の顔を忘れるなど言語道断。門番の一人がわたしに気づいた。


 すぐに近寄ってきて片膝をついた。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


「ただいま、カイセル。あなたがいてよかったわ」


 領主の娘と言うなら城で働く者の顔を知っておかなければ偉そうなことは言えない。なーんて、偉そうに言いましたが、城で働いている者をすべて記憶するなんて無理に決まってんじゃない。カイセルを知っていたのは古株だから。城に勤めて二十数年だから知っていたまでよ。


「はっ。お嬢様に手紙を出したと聞いたので待っておりました。まあ、まさか今日のうちにくるとは思いませんでしたが」


「ナジェスが病気と言うなら明日を待っていられないわ。レオとラナ、この子たちをお願い。水と野菜をお願い。あなたたち、いい子にしてなさいね」


「グワッ!」


「グワッ!」


 うん、いい子いい子と撫でてやる。


「お嬢様」


 と、メアリアがやってきた。


 メアリアはローラの妹で、侍女のトップに立つ女性だ。


「久しぶりね。まずは部屋に案内してちょうだい。着替えるわ」


 貴族はなにかと身だしなみが大事。家族と会うにも正装しなくちゃならないのよね。


「はい。既に用意しております」


「……わたし、そんなにわかりやすいかしら……?」


 カイセルもだけど、わたしが絶対くるとわかっていた行動よね。


「お嬢様は不思議な方ですが、家族や領民のためには迅速に動く方です。念のため、ロングルド様が手紙を出したと聞いたときから動いておりました」


 どうやらわたしは不思議ちゃん認定されているようです。わたし、普通にしているだけなんだけどな~。


 領主と言いながらお父様は王都にいることが多く、わたしたちも王都で暮らしている。けど、年に一、二回は帰ってくるのでわたしの部屋は用意され、ドレスも装飾品も残してある。


 久しぶりの部屋に入ると、メイドたちが控えており、服を脱がされ、お湯で体を洗われた。


「ラン。あなたも着替えなさい。メアリア。用意してあげて」


「畏まりました。ラン、こちらへ」


 二人が部屋から出ていき、わたしは隅々まで洗われ、久しぶりにドロワーズを穿いた。


 ……これ、蒸れて本当に嫌なのよね……。


 よくこんなものを穿いているな~とは思うけど、下着革命をしたいわけじゃない。城や王都にいるときは我慢するとしましょうか。


「服は洗っておいて。帰りにまた着るから」


 捨てちゃダメよ。わたしの下着、まだそんなに創ってないんだから。ブラジャーは? なにかしらそれ? わたしには関係ないものよ。オホホ。


 ビスチェ的なものを装着して、この時代の一般的なドレスを纏ったら次は髪だ。


 いつもは軽く纏めたりポニーテールにしたりしているけど、未婚の女性は髪を肩まで垂らしたりせず、いろいろ編んで網なんかで固定したりする。


 なんとも面倒だが、それが常識でありマナーなのだから我慢の子である。


 一時間近くかけて伯爵令嬢のできあがり。ふー。ここまでくるより疲れたわ。


 姿見の鏡はないのでメイドたちの確認でオッケーが出る。


「お嬢様。ロングルド様がお会いするそうです」


 伝令役のメイドが部屋にきて、面会の許可を伝えた。


「わかったわ。案内してちょうだい」


 伯爵令嬢モードに入って叔父様のところに向かった。


 わたしがきたことが城中に伝わったようで、至るところに明かりが灯られ、非番のメイドも駆り出されていた。


 叔父様の部屋までくると、城の執事、マルセオが扉の前に立っていた。


「久しぶりね、マルセオ。ちょっと白髪が増えたんじゃない?」


 前に会ったのは春だったかしら? もう六十は過ぎているはず。見ない間に老けちゃったものね。


「はい。来年には引退を考えております」


 横に立っている男性に目を向ける。


「確か、タルセオ、だったかしら? 小娘のわたしが言うのも変だけど、時が過ぎるのは早いものね」


 マルセオの息子で、裏方をやっていたはず。


「はい。父の引退後、あとを継がせていただきます」


 四十歳くらいだからナジェスの代まで勤めそうね。


「期待しているわ。カルディムをよろしくね」


 二人が扉の左右に別れ、深々と頭を下げた。その忠誠心を示すかのように。


「叔父様。チェレミーです」


 中へ声をかける。立場的にはわたしが下。こちらから声をかけなくちゃならないのよ。


「入れ」


 中から短く返され、タルセオとマルセオが扉を開けた。

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