ゲームの花嫁
七海美桜
ゲームの花嫁
第1話 ゲームに潜む愛憎
仕事が終わり定時に家に帰ると、マンションのポストに入るぎりぎりサイズの郵便物が届いていた。差出人は――
中には、タブレットと充電器、新聞紙が出てきた。それと、一枚の
「えー、何だろ?」
便箋を広げて、懐かしい美沙の文字を読む。当時の美沙の文字が、変わらずそこには広がっていた。
『
私は、タブレットに視線を移した。今中身を確認してから取り敢えず充電はしているが、まさか私にゲームを勧める為だけにわざわざ自分のタブレットを送ってきたのだろうか?
ある程度充電できたので、タブレットの電源を入れてみた。パスワードもかかっていない表示された画面には、ゲームのアプリは一つだけ。「天空の勇者と仲間達」と、ファンタジーゲームらしい可愛らしいアイコンだった。
『一つ目には、私がやっていたデータが残っています。何個もキャラが作れるので、二個目に璃子のデータを作ってください。でも、出来るなら職業は神官でやってみて、やりやすいし楽しいよ!』
アプリを開くと、確かに一つ目は「Riko」という可愛らしい女の子のデータがあった――まったく、美紗ったらなんで私の名前でゲームやってるのよ。少し呆れてしまったが、たかがゲームだ。名前を付ける時に、単に思いつくものがなかったのだろう。美紗は他にも、沢山あるサーバから、「サーバは8でやって」と追記していた。私は美紗の手紙を閉じると、スマホを取り出して電話をかけてみた。彼女が何故こんなことをしたのか、直接話した方が早いと思ったからだ。しかし電話口からは、「お客様のかけられた電話番号は、現在使用されておりません……」と、機械的な女性の声が聞こえて来るだけだ。
「美紗、電話番号変わったの?」
そんな連絡は、貰っていない。便箋にも、そんな事は書かれてなかった。仕方なくスマホをベッドの上に放り投げると、私は新しいデータを作る事にした。勧められたサーバを8に選んで、神官の女の子を設定する。名前は、「みさりん」にした。これは、私の名前を使われたお返しも込められていた。
内容は、よくあるスマホのファンタジーゲームだ。色々な
ゲームは楽しかった。それこそ、寝る時間を削ってでも頑張った。ギルドの皆や他のギルドの友人も増えて、日々の冒険が楽しかった。毎日ゲームにログインするのが、私の日課になっていて、生活の一部になっていた。
ゲームは単調でもあるが、仲間とチャットで話すのも楽しみ。そしてそのゲームには、「結婚」制度があった。私は現実世界でもまだした事もない結婚には興味がなかったので、
そうして毎日ゲームを楽しんでいる時、魔法使いで男性プレイヤーの「ぽち」さんと知り合った。彼は戦闘能力が高く、課金も沢山していてこのサーバでも上位ランクプレーヤーだ。
正直、本当の結婚式の様なムービーが流れてゲーム内の友人を呼ぶ「結婚式」には、抵抗があった。理由は簡単、恥ずかしいからだ。しかし、公開プロポーズをされているのに断ると彼に恥ずかしい思いをさせてしまう。私は、「仕方ない」と思いつつ了解してしまった。
これが、悪夢の始まりだった。
このゲームはフレンドがログインすると、「フレンドがログインしました」と画面に通知が出る。結婚したことによりぽちさんがログインすると、「伴侶のぽちがログインしました」と通知が変わった。それからも一緒に変わらずゲームをして遊んでいたが、ある日ぽちさんがボイスチャットで話をしたいと言ってきた。「簡単なゲームだから、暇じゃない?」と言うのが、彼の理由だった。通話アプリを使うという事で、私はまた彼の押しに負けて了承してしまった。電話番号が知られないなら、身バレはしないだろう。そんな風に、簡単に考えてしまった。
しかし通話を始めると、彼はゲームの話をするよりも私の
ゲームも、私が組んでいるチームに強引に入って来るようになった。二人で行動する事が多くなり、私は大好きなギルドのメンバーと楽しく遊べなくなっていた。
次第に私はぽちさんが怖くなり始めて、楽しかったゲームにログインするのが
「凛子、久し振り」
そんな頃、高校の同級生の
「久し振り! 懐かしいね、元気にしてるの?」
私たちはそれぞれの近況を話して、思い出話に盛り上がった。
「ところでさ、美紗はどうしてるの? 電話しても、繋がらないのよ」
ふと私は美紗の事を思い出して、同じ大学に行った柚葉なら知っているだろうと聞いてみた。
「あ、――あぁ、美紗ね」
美紗の名前を出した途端、柚葉の声のトーンが低くなった。その声音に、私は何故かひどく胸騒ぎがした。
「実はさ、美紗――自殺したのよ」
思いがけない言葉に、私はぽかんとしてしまった。
「え? 私、そんな話聞いてないよ? いつ?」
「美紗の親が、隠してるからさ――葬式も、家族だけだったし。二か月前ぐらいかな。そのまま家族は引っ越して、ここにはいないよ」
二か月くらい前――あり得ない、美紗が私にタブレットを送ってきて、まだ一カ月も経っていない筈だ。
「なんか、ゲームで知り合った男の人に身バレして、家まで押しかけられたらしいよ。暫くストーカーされてたんだけど、結局その男の人美紗の家の玄関で首括って死んだって。それから美沙、おかしくなって――自分も部屋で……」
――まさか。
私は、美紗から送られてきた郵便物に入っていた、気にも留めなかった新聞紙を取り出して中身を確認した。
『ゲームで知り合った女性にストーカーしていた男性、付きまとっていた女性の家で死亡。自殺したと思われる』
記事には、そう書かれていた。その記事には、私の実家にある――隣町のH市だ。死んだ美紗や電話の向こうの柚葉が住んでいる町。
ごくり、と喉が鳴った。
「どうかした? 凛子」
僅かに体が震えている。持っていたスマホを握る手が、ガクガクしていた。そんな私の耳に、心配げな柚葉の声が聞こえた。
「ううん、なんでもない――ごめん、今日は少し疲れたからまた今度会ってゆっくり話そう」
何とかそう話した私に、柚葉は少しほっとしたように吐息を零した。
「ごめんね、びっくりしたよね。美紗のお墓は知ってるから、お墓参りにも行こうよ。ん、美味しいカフェ近所に出来たんだ、そこでゆっくり話そう」
通話を切ると、私はゆっくりとベッドに置かれたままのタブレットに視線を向けた。どういうことなの? 死んだ美紗が、私に送ってきたというのだろうか? まさか、――幽霊が荷物を送るなんて、そんな非現実的な事が……? それに、ゲームで知り合った人にストーカーされていた? ギルドの誰も、そんな話なんてしていなかった。一度、誰かに聞いてみた方がいいかもしれない。
私は、ゲームのタイトル画面から「Riko」のアカウントにログインした。同じアバターに、同じようなレベル。「生き別れの双子」が、ここにも存在していた。私は、「Riko」のステータスを確認して、凍り付いた。
「ぽちの嫁」
「みさりん」と同じように、配偶者欄にはそう書かれていた。このゲームは、同じサーバでは同じ名前は使えない。「ぽち」は、私のゲームサーバ内の「ぽち」さんしかいない筈だ。そうなると、「Riko」がログインしなくなってから「ぽち」さんは「Riko」と離婚して、「みさりん」と結婚したという事なのだろうか?
配偶者のぽちがログインしました。
不意にゲーム画面に表示されたその文字を見て、私は思わず「ヒィ!」と声を上げてしまった。
チャット欄に、個別チャットが送られた音がした――怖い、見たくない。しかし、私は震える指先でチャット画面を開いた。
――おかえり、やっと帰って来たんだね。りこりん、僕はずっと君を待ってたよ。
アバターは、間違える筈がない――「みさりん」の夫の「ぽち」さんだ。嘘、どういうこと? 「ぽち」さんが美紗のストーカーだったの? でも、ストーカーは自殺したって……。
私の頭の中は、真っ白になって何も考えられなくなっていた。死んだはずの二人が、どうして私と連絡出来ているの?
ピンポーン
その時、マンションの玄関チャイムが鳴った。「キャァ!」と叫んで、私は身を竦めた。もう、二十一時だ。こんな時間に、一人暮らしの私のマンションに来る人なんて、いる筈がない。ガタガタと震えている私が抱えているタブレットに、またチャットの通知音がした。
――りこりん、迎えに来たよ。ここを開けて。
「いやぁ!」
私はタブレットを放り投げて、布団を頭からかぶってガタガタと震えていた。「ぽち」さんは美紗の操っていた「Riko」に恋をして、ストーカーをしてしまった。手に入らず、思い詰めて自殺するほど――未だに、心から
ピンポーン
もう一度、玄関のチャイムが鳴った。私は、あまりの怖さに意識が遠くなった。
一瞬だったのか、少し経ったのか。スリープ状態から画面が消えているタブレットが目に入り、私は慌ててタブレットの電源を落とした。周りを見渡して、部屋の様子に変わりがない事に安心して、大きく息を吐いた。玄関から、チャイムの音も聞こえない。
嫌な汗をかいた。
「忘れよう、もうゲームもしないでおこう」
私はそう自分に言い聞かせるように呟くと、シャワーを浴びようとして立ち上がりバスルームに向かった。
電気を点けて、そこに見慣れないものがある事に気が付くのは早かった。
……なにこれ? 足……?
ゆっくり視線を上げる。足から胴になり、ダラリとした首に食い込むようなロープ……苦しそうな顔の、知らない男。
「いやぁああああああ!」
私は悲鳴を上げて、そこでぷつりと意識が遠くなり途切れた。
「久し振りだね、……ねえ、少し痩せた?」
待ち合わせのカフェにいた柚葉が、私を見つけて笑顔で手を振ったがすぐに心配そうな表情になった。確かに、この二カ月で十キロほど痩せてしまっていた。
「大丈夫、少しダイエットしただけだから」
私は出来るだけ笑顔を見せて、彼女の向かいに腰を下ろした。
「実はね、私引っ越しする事になって――簡単には会えない距離なの」
アイスコーヒーを頼んで、私は柚葉にそう言った。彼女は、ひどく悲しそうな顔になった。
「それでね、良かったらこれ――」
私は、紙袋を彼女に渡した。
「え? 私に?」
遠慮がちに受け取った柚葉は、不思議そうに私を見返す――大丈夫、私は笑顔を浮かべている筈。
「美紗や私がやっていたゲームなんだ。暫く出来そうにないし、良かったら遊んでよ。簡単な説明を書いた紙も入ってるから。ぜひ、柚葉もやって欲しいなぁ」
「そう、なんだ。分かったよ、やってみる」
柚葉はそう言って、その紙袋を自分のカバンの横に置いた。
大丈夫。「ぽち」さん、次の「お嫁さん」は決まったから……。だから、私を解放してね……。
私は、店員さんが置いてくれたアイスコーヒーを一口飲む。そうして、楽しそうに私に話しかけている柚葉に見えないように、多分自分でも怖いくらいの笑みを唇を歪めて作った。
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