第18話「月曜」

 ふぁ……朝か……昨日は積んでいたラノベ読んで寝落ちしたか、仮眠のつもりだったがすっかり寝付いてしまったようだ。一応雲雀に買ってもらった(押しつけられた?)分は全て読み終わったので文句を言われることも無いだろう。


「おはよう」


 俺は食パンをトースターに放り込みながら言う。


「おはよう、シャッキリしろ。今日から学校だろうが」


「まあまあ、まだ時間はあるじゃない」


「おはようございます! お兄ちゃん、私のチョイスはどうでしたか?」


 父さんと母さんはおいといて、雲雀は月曜の第一声がそれか……


「面白かったよ」


 実際は玉石混合だった。どれがよかったか答えるとそれ以外が雲雀のお気に入りかもしれないので全部良かったと答えておく。本当の事なんて言っても得をするわけじゃないからな、嘘も方便だ。


 カシュッ


 トースターから食パンが出てきたのでそれにマーガリンを塗ってかじる。米でもいいのだが欲しいなら自分で炊けと言われてしまって以来パンにしている。妹が作ってくれるときは別だが自分のことについては頓着しないのがモットーだ。


「ねえねえ、今日も一緒に登校してくれますよね?」


 無論断りたいのだがこの状況で断ったらどう考えても俺が雲雀を嫌っているような絵面になってしまう。


「分かったよ……一緒に行こうか」


「はい! 一緒にイキましょう!」


 もはやツッコミが追いつかない雲雀に反応するのはやめてトーストを口の中に押し込んで牛乳で胃に流し込んだ。さっさと着替えて登校するか、まだ人目の少ない時間帯だろう。それほど雲雀と登校しても目立たないはずだ。


 自室に戻ってちゃちゃっと着替える。ブレザーは窮屈に思えてしょうがないのだが、この近くに私服で行ける高校は無かった。もっとも、私服でいけるとしたらクソダサ私服で通うことになって恥をかくのは目に見えているのだが……


 窮屈な服に着替えて顔に水を叩きつけて目を覚まし、ついでにキッチンに戻りエナドリのブルーキャットを開けて一気飲みする。ようやく少し意識がはっきりしてルーチンワーク以外も対応出来るように頭がはっきりする。


「じゃあ行くか」


「はい!」


「いってらっしゃい、仲良くするのよ?」


「父さんと母さんみたいにな」


 寝言が聞こえてきたが無視することにして玄関を出た。


「さて、人が少ないうちにさっさと登校するぞ」


「お兄ちゃんと私の露出を増やすためにゆっくり登校しましょう!」


 早速意見が食い違ってしまった。俺の方が正しいと思うんだがなあ……


「なんで目立つ必要があるんだ?」


「お兄ちゃんこそ、なんでコソコソする必要があるんですか?」


「陰キャには陰キャの事情があるんだよ……昼休みに一緒に登校していた相手をリア充から聞かれるようなことになったら俺のメンタルが死ぬ」


 陽キャには混じれない。俺は心の底からダークなのでピカピカ光った人生を送っている方々は是非ともそのままイルミネーションの如く生きていってください、俺は地面のしたでコソコソ生活しますので。


「お兄ちゃんは友達がいないんですか?」


「友達? そんなものが生きていくのに必要だっけ?」


「普通は必要ですよ」


 くそ……コイツは陽キャ側の人間だった。だからこそ俺のような闇が深い人間に関わるべきではないのだ。友達をたくさん作ってその友達と休みの日にフットサルでもやっていればいいんだよ。俺みたいに休みを読書とソシャゲで潰すような人間になるべきではないのだ。昨日と一昨日は雲雀に日光の下に連れ出されて自分の中のダークサイドが弱っているんだ、これはよくない傾向だぞ、陰キャがちょっと光を浴びたからって陽キャになれるというのは大きな勘違いだ、そこを間違えたまま進むととんでもない失態を犯すぞ。


「お兄ちゃんは心配性ですねえ……私たちが一緒に登校したってただの仲良し兄妹としか思われませんよ!」


「そ、そうか?」


「ですです! だから一緒に堂々と登校しましょうね!」


 そう言って俺の腕に抱きついてくる。俺はこれが普通と言い張る雲雀の主張に疑問を持っているが、根拠もなくなんだか違うんじゃないかなどと言い寡言な主張は出来ないと思う。議論には根拠が必要だ。


「げっ……あなたたちまた二人で登校してんの? いい加減シスコンやめたら?」


 陽キャ代表の鈴木真希と合流した、俺たちの会話に自然に加わるあたりがコミュ強たるゆえんである。


「真希さんはお兄ちゃんに気軽に声をかけないでくださいよ! 私なんていつもお兄ちゃんに話しかけるときはドキドキしているんですからね?」


「それはあなたが不穏な発言しかしないからじゃないかしら」


 雲雀め……一々緊張するくらいなら無理して話を続けなくてもいいだろうに、俺に話すときに緊張するのはアレか、発言で俺の地雷を踏まないように緊張しているのか? 自慢じゃあないが俺なんて何の会話をしたって地雷原しかないぞ。


「葵はどうなの? 雲雀ちゃんがこのままでいいと思ってるの?」


 俺は少し考える。兄に依存した関係、健全ではないかもしれないが……それでも……


「すぐ飽きるだろ、入学して日が浅いから俺に頼ってるだけだろ。まあ俺なんて藁より頼りになんねーんだけどなあ」


 しかし雲雀はがっかりした顔をして、真希の方は呆れたような顔をしている。ここでの会話選択肢をどうやら間違ったようだ、どう答えるのが正解だったのだろう? 俺にはとんと想像もつかないものだった。


「お兄ちゃんは人の心って無いんですか?」


「葵は空気が読めないよね、だからクラスで私くらいしか話し相手がいないのよ?」


「話し相手はいるだろ! 土曜に実装されたガチャの話とかが出来るぞ!」


「そう……それは生き字引としていいように使われているだけのような気がするのだけれど……」


「俺は都合のいい人間じゃない!」


「いえ、お兄ちゃんは私から見てもいいように使われていると思いますよ」


「雲雀ッ!?!?」


「いや、なにをそんなに驚いているんですか? お兄ちゃんがまともなコミュニケーションを取れないのは『私が一番』知ってますよ」


「あら、私だって一年同じクラスで過ごして葵がまともに喋れないのは知ってるわよ?」


「お? 同級生マウントですか? どう考えても妹の私の方が一緒にいる期間は長いですよ?」


 妙なことで張り合っている雲雀と真希。同級生マウントってなんだよ……?


「お兄ちゃんには私がいますよ、友達なんていりません。お兄ちゃん……どうかつよく生きてください」


 何で俺は同情されているんだ……別に今の生活にだって満足しているぞ、都合のいい人間ではない、有用な情報屋ポジションだと思っていたんだが。


「ホラ見てください真希さん! お兄ちゃんが本当のことを言われて傷ついているじゃないですか!」


「ほとんど雲雀ちゃんのせいじゃないの……」


 俺はしばし考えて、今朝のことを考えるのはやめた。この話し合いに参加しているとSAN値がゴリゴリ削れていくやつだ。


 キーンコーン


 幸い都合のいいタイミングで予鈴が鳴った。


「真希、雲雀、急ぐぞ」


「はい!」


「まったく……あなたたちと話していると時間をドブに垂れ流すことになるわね……」


 三者三様の反応をしながら俺は急いで校門を通った。

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