第16話 - 3節『黒百合と急転直下』◇part.4

「モモイ。このカードはお前が使え」

「ごしゅじんさま。このかーど、つかってください」


「本当に、いいのか?」

「ふえええ……」


モモイに対し、クロメは力強くうなずいたものの、

リリルカのほうは困惑したままだった。



「完全に忘れているようだが、昨日の遺跡の件」

「あっ……」


クロメたちに新しい技を開発しろと言われて、

そのままになっていた。


既にある魔法を組み合わせて、新しい戦い方を編み出せなんて、

難しいことを言ってくるなぁ、と内心思っていたリリルカだったが。


全く新しい魔法を生み出すということなら、話は別だ。

しかも作れる魔法は、二つもある。



「でも、一人で二枚も、ホントにいいの?」

「はい♪」

「リリルカ」


ここで制止を入れたのは、デメットだった。

その瞳は、どこか潤んでいた。



「しっかり考えて、

 入力してあげてね」


入力してあげてね。

プレッシャーをかけないギリギリの、微妙な言い回し。

アイテムさん、とでも言いそうな言い方だけれど、その真意は。


カレンのために。

フェアリスのために。


いくらでも言葉にはできるだろうが、

そんなものは、リリルカたちには、負担にしかならない。


フェアリスが残したものは、リリルカたちへと渡された。

どう使うかは、リリルカたちの自由だからだ。



「ここぞという時に、使わないとね」

「一度はアシストなしでも、撃たないとダメってことだよな……」


リリルカとモモイ、二人で結論が出たところで。

突然モモイが流れを切って、切り出す。



「……。デメット、何を隠してる?」


モモイには、バレていた。

元より、デメットにも、隠すつもりはなかったからだ。


彼女が頼まれて実際にやったのは、ただの時間稼ぎ。

そこから先に動くかどうかは、リリルカたちの意志の問題。



「ま、分かっちゃうよね。

 あわよくば、とは思ったけどね。あんまり隠すつもりなかったもん」


なはは、と

デメットは軽く苦笑いする。



「どういうつもりだ?」


クロメに言及され、もういいかな、

と思ったデメットは口を割る。



「カレンが危ない。

 みんな、助けに行って欲しい。

 デメットも準備してから、追いかける」


「そういうことね。

 つか、早く言えよ!」


モモイが半ばキレ気味に、

一言つけ加えた直後。



どおおおおおおおん。

爆発音が、連続して遠くから聞こえる。


戦闘の合図だと思ったモモイは、慌てて着替えようとして、

クロメを全力で部屋から両手で追い出し、いつもの戦闘服に着替え直してから、

全力で駆け出して行った。


クロメが追い出されたあたりで、はっとなったリリルカとレーヴも着替え始め、

別の部屋で着替え終わったクロメと一緒に、階段を駆け上がっていこうとした。


「待って、リリルカ!」


デメットは、リリルカだけを呼び止める。

慌てて、リリルカは振り返った。



「これ、忘れ物」


デメットは慌ててタンスの中身を取り出し――

リリルカの、耳にかけた。


それは、黒縁の眼鏡。



「壊れてたの、直したよ。

 『魔力感知』も使えないと、まずいでしょ?」


「そうだよね、ありがと。

 行ってくる!」


リリルカも、急いで階段を駆け上がっていった。



「行動の速いこと……。

 そこが、みんなのいいところだけどね。

 ごめんね、カレン」


その場に残されたデメットが、力なく、

けれど、とても安心したような表情で、にへりと笑った。



▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼



流れる黒髪が、とても優美に見えた。


焦った様子の黒眼鏡のお姉さんが、不思議な弓を担いで、

仲間たちと一緒に駆け抜けていく光景を、

リリーはアトリエの片隅で、仲間たちと一緒に、

アデルにかばわれながら見ていた。


突然の爆発があっても。

戦いの中でも、きっとひるまず、まだ見ぬ戦場へと立ち向かう。


(きっとあれが、冒険者なんだ)

その姿はしっかり、リリーの瞳に焼きつけられた。



▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼



今、ここで死ぬわけには行かない。

明日必ず、フレアに会いに行くんだ。


もし影の女アイツが、自分をストーカーしていた犯人だというなら、

その全力を引き出さなきゃいけない。


でもこの足、しばらくは使えなさそうだな。

不覚を取った。賞金稼ぎ時代と比べたら、戦闘がなまってしまったかな……。

んだけどね。



満天の星空ライトストームのことには、

百パーセント罠なのは、分かり切っている。


"影のストール" に "無数の光の球" の、二重武装。

それでも一度は、あの星空の嵐ライトストームを、完全に使い切らせなければいけない。


まいっちゃうよ。



「『トリプル・ジョーカー』」


古ぼけたカードに、自分の余力まりょくを全て注ぎ込む。

とっておきの、本当に最後の切り札ジョーカー


自分自身を、能力。


代えの利かない、つぶしの効かない能力。

ぱっと見、ただの分身の術だが、そうではない。

もっとえげつないものだ。


おそらくは古代魔術――スペルのはずなのに、

フィジカルに刺さりすぎる代物。



全快時の生命力と魔力を、三等分にする。

残りの生命力と魔力も、自動的に三等分される。


身体的特徴や能力はそのままだが、

身長や体重、能力まで三分の一にならなかったのは、せめての救いだ。



目の前の二人の私が、古ぼけたカードを右手に握っている。

このクリエイトカードは、三人に分身した時点で、

カードも同数に分裂するようだ。


厳密には、私自身も、分身じゃなくて分裂、ということなのだろうか。

つまり、お互いのカードを指標にして、分身を統合させるわけか。


私のうちの誰かが死んだら、


分身するのに、どうして記憶まで分断する必要があったのか。

いくつか理由と予測は立てたが、それでも普通の人間が使うには、

余りにリスクが高すぎる。



戦闘技術をいくつも持っていて良かった。

体術を織り交ぜた二刀流、ライフルでの狙撃、二丁拳銃での戦闘術――。


どれも苦労して身に着けたものだが――おそらく、この戦いの後、

全てを織り交ぜた戦い方はできなくなるだろう。


本当に始まる、チキンレース。

一回つぶされても死なないが、それでも三回つぶされれば、

私は本当に死ぬことになる。



分身を解除して本体を統合すると、

全てのダメージも統合されて、フィードバックされる。


分身が一見無事でも、身体部位が完全に壊されたり、

総合ダメージが自分の生命力を超えていれば、身体的負担で死ぬ。

だったらもう、



こんな状況になる可能性が怖かったから、

私はずっと旅人だったんだ。


大切な過去の思い出や記憶、そのほとんどは、きっと欠け落ちた。


動かすのは、自分わたしなんだけど……。

一度だけ試用したことはあるが、実戦で投入したことはなく、

このスペルはあまりに未知数すぎる。


私から切り離したもう二人の分身も、

どこまで自分わたしとして動いてくれるかも分からない。

私が死んだら、分身が消えるのかも分からない。



全員無事で戻れたとしても、自分自身の記憶を全て統合できるまでは、

元の自分わたしとして戦うこともできないだろう。


デメットのことだから、

仕留めなきゃ。


影のストールのほうは、どうする?

何とかできるけど、――

銃をいくつか、犠牲おとりにするしかないか。


黄金銃ゴールドルクス――妖精の黄金フェアリーゴールドで造られた双銃。

結構、気に入ってたんだけどなぁ。


ああ、足の痛みで意識が飛びそう。

でもダメだ。意識が飛んだら、自分の命も飛んじゃうなぁ。


銃声を聞かれたら全て台無しだから、

本命の白黒銃ジゼル・デュエットにサイレンサーつけて、

木の影で、隠れていようかな。


……いや、ダメだ。

ここは森の中。


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