第14話 - 3節『黒百合と急転直下』◇part.2

「シトリの『カモフラージュ』を見抜くなんて。

。お嬢さん」


「何の、話?」

「声がふるえているじゃない。そんなに怖い? 消されるのが」


「何のこと?

 それに――」


くちびるをきゅっと噛み締め、

カレンは不敵に笑う。



「――消されるって、

 決まったわけじゃない!」


繰り出されたのは、黄金の双銃ではなく、白と黒の拳銃型の機銃。

交差しながら前方へ銃口が構えられたそれは、的確に影のドレスの女を狙う。



「『エトワール・エクレール』ッ!!!」


発するは、氷の魔弾。カードが青く光る。

蒼き雷へと変質した冷気が無数の光となって、同時に双銃から射出される。



「ふふっ。

 そんな攻撃はきかなくてよ?」


女は、影からこぼれ出た口で軽く微笑み、

影で全体像が見えない布を使い、全てをいなす。


それは、影のストール。


自在に展開されたそれに無数の蒼の銃弾が叩きつけられ、

氷の幕を展開させていくが、彼女がストールをひと払いすると、

それらの"魔弾" は、全てぼろぼろと地面に落ちていった。



「小手先は通じないか。

 さっさと氷漬けにしてやろうと思ったのに」


ニヤリと悪態を突いて笑ったカレンは、

アトリエの建物の影に隠れる。



「さっしがいいのは、妖精の習性かな。

 『カモフラージュ』なら、悪魔と昆虫以外は、気づかないはずなんだけどな。


 妹の『シャドウチェイス』にくらべれば、

 潜伏性能は低いとは思うんだけどさ……」



難しげな会話内容に反し、少したどたどしい幼い声で、独り言に近いつぶやきを続ける女がアトリエに向かって、手を振り上げようとする。挑発行動だとすぐに気づいたが、それでもカレンは焦る。


ここで戦うのはまずい。

アトリエを破壊するのもそうだし、それ以上に、

デメットたちやリリルカたちを巻き込んでしまう。



「あっ、そっか。

 妖精にも虫けらの羽根、生えてたんだった!」


「こっちだよッ!!」


挑発には一切乗らない。わざと、建物の影から出てくる。

優先順位の確認。相手の反撃は承知の上。


全力で、近くの空き家のほうへと疾走する。

カレンとしても、この町のことはそれなりに詳しいつもりだったから。



「『フェアリー・ダンス』。

 妖精人の最後にはお似合いの技。食らわせてあげるね♡」


けらけらと笑いながら、無数の魔法の風の矢が射出される。

踊るようにねじくれる七色の射撃が、無数の螺旋を描きながら、

カレンがいた位置だけを正確に射抜いていく。


赤の一発、紫の二発、青の三発。


少しずつバックステップで回避するものの、

地面に当たらずに回避した弾は、空中に戻って再び螺旋を描き、

再び背後からカレンを狙い撃ってきた。



「まずい……!

 『アークライト・クライン』ッ!! っつ……ッ!!」


発するは、光の魔弾。カードが白く光る。

とっさに白黒の銃を左右両側に向け、白く発光する魔弾を同時に射出して

相手の視界を奪ったものの、魔法の矢のあたり判定をかわし切れず、

光弾のかく乱によって踏み出しがわずかに遅れたサイドステップのせいで、

最後の橙の一撃だけが、左足首のあたりに命中してしまう。



(利き足じゃない、

 まだ何とか持たせる……ッ!!)


空き家の一階に転がり込むような形で、

射抜かれた足を押さえて、建物の内側へ隠れる。



「へぇ。そんなところに隠れちゃってもいいの……?」


黒いドレスの女は、

二階以上の高さまで空中に浮遊しながら、けらけらと余裕そうに笑う。



「そういう "人の良いところ" が命取りなの、

 いい加減に気づいたら? ?」


「カレンちゃんにはね……。

 カレンって名前があんだよッ!!! わかれッ!!!」


「『アローストーム』」

「『ルーベル・ルージュ』」


攻撃は、ほぼ同時。

空き家であることを理解しながら入ったカレンの意図を理解し、

空き家ごとぶち抜くために、碧色に輝く無数の魔法の矢の嵐を降らせる、影ドレスの女。


それに対し、下のほうから炎の魔弾の絨毯爆撃を仕掛け、返り討ちを狙うカレン。

カードが赤く光り、カレンの魔力も同色のものへと変わる。


無数の矢と魔弾が激突する。

一つ一つが碧と真紅の爆撃を起こしていく。

碧と緋のコントラスト。


当然だが、家屋は一瞬にして派手な爆発音を起こし、壁が少しずつ壊れていく。やがてハチの巣と爆撃によってボロボロになった壁と屋根が、力ない音を立てて倒れると同時に崩れ去った。



「反動が足りないなぁ。

 逃げ回ってくれる相手なら、全力で矢を上に振り上げてから、

 重力を味方にできたのにね。『フェアリー・ダンス』」


「『ソニック・フォアハンド』……ッ!

 誰が逃げ回りますか。

 速さはカレンちゃんの特権なんだよッ!!」



女が軽口を叩くスキを逃さず、無色の早撃ちで無数の連弾を決めるカレンだったが、

先ほどの『フェアリー・ダンス』で反撃され、全ての弾を完全に封殺されてしまう。


その時点で、爆音が近所にも聞こえていたせいか、

見知らぬ人の声が複数聞こえてきた。


今のままいれば、町の人たちに二人とも見つかってしまうだろう。

しかし意外にも、困惑していたのはカレンだけではなかった。



「困ったなぁ。

 シトリ、監視だけすればいいって言われてたのにな。


 町の中で暴れちゃったら、さすがにまずいよね?

 そういう "おいた" は、やりたく、ないのに」



「ふぅん。"全力" 出したいんだ?」

「何よ?」


「ただの復讐や暗殺者じゃないみたいだし。

 町の外まで素直に出てくれたら、相手してやってもいいよ。

 それが望み、なんでしょ?」


「へぇ、いい度胸じゃない」


「不意打ちされてもたまったもんじゃないし。

 きちんと三十秒待ってくれたら、町の外まで出てあげてもいいよ?

 じゃないことを祈るけど」


「……ッ!!!

 わっ、分かったわ。それまでにお祈りでもすませればいいわ!」



ただの、挑発返し。

優位など取れるはずもない、と思っていた。

そのはずのカレンの最後の言葉に、なぜか突然うろたえ、

後ろへ浮遊しつつ、建物の影に紛れて消えた女。


物陰から物陰へと走り、

武器を持った町人たちを何とかやりすごすカレン。


途中でアトリエの近くにたどりついた彼女は、

空っぽのタルのそばに、空から何かが飛んでくるのを目撃する。


「ピ」


白の小さな、ずんぐりした小鳥。

尾が黒く長い、よその大陸では "雪の妖精" とも呼ばれた種類の鳥。


(ダメだよ。

 あいつに狙われたらしんじゃう……。

 ずっとここにいてね。

 どうしても移動したかったら……アトリエに、逃げて)


「ピヨ?」


小鳥は、何も分かってないような、無邪気な表情でさえずる。

中身が空っぽなことを確認し、半分だけ開いたタルのフタの中に、小鳥をしまう。


そしてカレンはにっこり、小鳥の方角へ微笑んだ後、

足を少しだけ引きずりつつ、再び、建物の合間を駆け抜けた。


思い浮かんだのは、橙色の髪。

けれども今は、それを必死に打ち消す。



「人の気配があったはずなのに、おかしいなぁ」

「爆発音があったはずだけど……。あっ、あの空き家が粉々に崩れてる!」


「爆発事故か!?」

「あの家には何も置いてなかったはずだが……」



ラッキー。

運のいいことに、空き家で爆発事故が起きたことになっている。


町人を巻き込まなくていいと、全力でほっとして微笑んだカレンは、

そのまま町の外へと駆け抜けていった。




▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼



「せ、正々堂々、待ってあげたわよ!!」


「ふぅん。いいとこあるじゃん。

 正体を見せる気は、ないみたいだけどね?

 名前、さっさと教えなさい」


町の外、まだ月が出ていない丘の上で、影の姿のまま待ち構えている女。

そろそろ、天空を除けば真っ暗になりそうだ。


女の人間くさい様子にカレンは困惑を感じつつも、ケープの裾から光るに視線を向け、無表情を取り戻す。カレンが溜め込んでいた怒りは、こんな約束程度で消えるものではなく、一瞬で振り払われる。しかし、負けないのはカレンだけではない。



「一冒険者のアンタなんかに、教えるわけがないでしょ?

 当たり前じゃない!」


「一冒険者なんか、ねえ?」


上から目線の、微妙な言い回し。

プライドの高さの、その正体。


強情なつもりでも、思ったよりも心のガードがゆるい女に対し、

左足でタップしつつ、苦笑しながら口答えするカレン。



「何がおかしいの? 約束は守ったじゃない」

「そうね」


この女の怪しい点は、いくつかある。

影の魔術を使っていることに変わりはないけれど、それでも。


あいつらアンティシアとは明確に違う。

人間としての知性と、立場めいたものが、カレンには感じられた。


"一冒険者" と見下す彼女の態度に、妹という言葉。

このような会話内容、果たしてあいつらアンティシア

言葉にしたことがあっただろうか。


あの『狩場』のポールを壊したのは、十中八九 "彼女"。

けれどまだ、それが証明できたわけではない。


だったらまずは、彼女の能力を引き出す必要がある。

カレンはわざと手を大きく広げ、不敵に笑った。




「笑ってていいの? ここがどういう状況か、わかってないみたいね」

「どういうこと?」


突然笑い返してきた女に、カレンは不敵に笑い続けるも、疑問を浮かべる。

女は、力強く上を指さした。


まるで "あれが偉い" とでも言わんばかりの態度。


「知ってる? マウントを取るのに、難しいことは必要ないんだよ。

 真上から叩き伏せれば、問答無用で相手は服従する」

「……!? もしかして」



「世界の空は、つながっているんだよ?

 どこに逃げても、無駄ってこと。

 『ロッド・シューター』」



女は詩人のような言葉を紡ぎつつ、

そのまなこはぎらぎらした黄金に光っている。


カレンの目の前の上空はるか遠くに、一番星がきらめいていた。

きらきらと、他のほしよりも自己主張している。


演奏指揮者のように、女の手が激しく振り下ろされた、一瞬。

またたく間もない、コンマ一秒。



「……おぼえておいて。

 星たちはみんな、シトリの味方。

 シトリは、ぼっちゾリストなんかじゃないってこと」

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