『2番目』と名付けられた王子

雨 杜和(あめ とわ)

第1話 




 あのな、これから語る話は、ここだけの話ってことな。


 ヌーメロスデゥオって名前の王子についてだけど、奴には内緒だよ。だって、あいつ、いつも神経がピリピリしててさ、こんなこと知れようもんなら。


「おい、ヒデヤ! 殺すぞ」って、恐ろしい形相で、まず殴られる。


 いや、あるいは、あの例の顔で。天にむかって、ガハハハって馬鹿笑いするかもな。あの笑顔には参るんだ。天真爛漫で、無邪気で、とても聖なる王子とは思えない。そんな突き抜けた笑顔なんだよ。

 だから、どんな捻くれたやつだって、ヌーメロスデゥオが笑えば逆らえない。奴が、とことん困った男だとしてもな。


 ヌーメロスデゥオは、今はまだ、そんな有名ってわけじゃない。国境付近で紛争が絶えない小国スピオール領の第一王子ってだけだけど、将来は、誰もが知る男になるだろう。

 俺はそれを確信している。


 ヌーメロスデゥオって奇妙な名前だけどな。実際、この名前には親の愛情を疑うよ。


 名前の意味は、単純に『二番目』ってことなんだ。なんでも、王家古文書の文字からとったらしいけどな。


 だけどよ。『二番目』なんて名前、ふつう、親が子どもにつけるか?

 それも、やつは長男なんだぜ。


 スピオール領の肝っ玉の小さい王が父親でさ、小さな領土を守る小国の王家ってわけさ。

 周囲には、やはり同じような小国がいっぱいあって、土地を争ったり、覇権を争ったりで忙しい。どの国も、いつ占領されてもおかしくない、そんな緊張した時代だ。


『二番目』。


 ともかく、王子に、そんな名前つけた王様の気持ちが、俺、ちとわかんねぇけどよ。



 厄介なことは、ヌーメロスデゥオは前王妃の息子だ。

 彼を産んだあと、息子の顔を見る前に死んじまった。現王妃が毒を盛ったという噂もあるけど、たぶん、噂だと思うよ。

 じゃなきゃ、なんか辛いだろ。


 現王妃の産んだ子は次男で、たぶん、大方の人はマニュスプレ王子を世継ぎにしたいんだろうな。王も王妃も、それから臣下たちもさ。


 マニュスプレって、『偉大な子』って意味だ。

 このマニュスプレ王子、むちゃくちゃ出来がいいんだ。品行方正で、穏やかな性格。周囲の意見をよく聞く、とてもいい子だ。いわば、大事にされて育った王子さまでさ。


 野生の「2番目」、ヌーメロスデゥオとは真逆の優等生だ。


 やんちゃな乱暴者で、弟が家庭教師について、城で真面目に勉強してるときに、俺たちと遊び歩いていた。

 

 え? 俺が誰だって?


 そんなこと話しても意味ないって。俺の父ちゃん、母ちゃんだって、そこらへんにいる普通の親だし、毎日、食うに精一杯の生活する庶民の三男坊だ。

 それこそ苗字なんてねえよ。


 父ちゃんはドワーフで、ヤリギ村のアカと呼ばれている。ヤリギ村で生まれて、ずっとそこで鍛冶屋をやってからよ。村の名前が苗字みたいなもんでさ。ごくごく普通、いっぱいいっぱいの俺と同じ、小柄で頑健な体のドワーフだよ。


 俺、名前はあるぜ。

 ヒデヤっていうんだ。ヤリギ村のヒデヤ、アカの息子ってのが俺の名前だ。


 そんな俺が、ひょんなことでヌーメロスデゥオと知り合い、遊び仲間になった。一緒にやんちゃもした。


 今はヌーメロスデゥオんとこで、下男の仕事をしてるんだ。

 下男の仕事ってさ、これ、けっこうキツイぜ。


 ヌーメロスデゥオは朝が弱いんだよ。


 たいてい朝から昼頃までは機嫌が悪くて、午後3時くらいから元気になる。

 だからな、朝に話しかけないほうがいいぞ。


 それでも目が覚めているときは、よく働く男なんだ。

 なんでも自分で決めなきゃ気のすまないタチだからさ、そこまでやらなくてもって思うけどさ、性分ってことなんだろうな。だから、急に心臓とまっても、俺は驚かない。俺が奴だったら、とっくに倒れてるって話だ。


 頭が回りすぎてさ、なんでも自分でやって、家来が同じようにできないとイラつく男って、まさにヌーメロスデゥオだよ。


 ヌーメロスデゥオについていける奴なんてそうはいないぜ。


 俺の仕事は下男といっても、奴に従って戦闘がはじまれば、馬を引いたり、武器を手渡したり、それに重い荷物を運んだりもする。俺、ドワーフだからよ。体だけは丈夫で強い。人間なんて、俺たちから比べれば、背だけは高いが弱っちいもんだ。


 だが、ヌーメロスデゥオは違う。


 ヒョロッと背が高いくせに、なんか強くてな。喧嘩で負けたことがなかった。俺たちドワーフの仲間でも勝てねぇ。


 そんななかで、俺は対等に奴と戦えた。だから、雇われたんだ。


 そのお陰で家族はけっこういい暮らしができてる。村に帰ると大変だ。こんな俺でも「出世頭だ、アカんちの坊はなかなかエラえ。第一王子のかたわらで働いている」って、父ちゃんは鼻が高いってもんだ。



 

(つづく)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る