(7)
放課後。あたしたちは白狼のお見舞いをするために、大崎家を訪れた。
ピンポンを押しても誰も出てこなかったので、あたしはシャトルの案内で白狼の部屋に入った。考えてみると男の子の家に入るのは初めてなので正直ドキドキしていたが、部屋を開けた瞬間、あたしは飛び上がった。
「あーっ! 白狼!」
白狼は、白い布を顔に乗せて胸の上で両手を絡めながらベッドに横たわっていた。うそっ? まさか白狼、死んじゃったの!?
「ねえ白狼、起きてよ! 死んじゃやだよ! まだ言ってないことあるのに……まだ、あたしの気持ち伝えてないのに!」
「ミステリー作品によくある、主人公が何らかの事件に巻き込まれて瀕死の状態になり、意識を失っている隙にヒロインが告白するパターンだな」
「意識がある時にちゃっちゃと告白すればいいのにねー」
「登場人物の恋模様などどうでもいいゆえ、早く犯人を見つけてほしいでござるな」
「……へいっ」
「おまえら! 主が目の前でこんな姿になってるのになんだその言い草は! こんなにやさぐれて可愛げもなくて陰キャで無駄に博識で深海魚みたいな救いようのない人間でも、白狼はおまえらを生んでくれた恩人なんだぞ!」
「数秒前の僕に対する好意ともとれる発言が、一瞬で暴言の応酬に変わるとは。本当に意識が飛びそうだよ」
白い布の口のあたりがもごもごと動いている。あたしははっとして、布を引っぺがした。白狼は薄目を開いたまま天井をじっと見つめていた。
「白狼! 生きていたのね! よかった……」
「僕は本当に意識を失っていればよかったと思っているよ。悪かったね、深海魚のような人間で」
「心配するな白狼。深海魚は水深何千メートルの環境に慣れるために独自の進化を遂げている。これは誉め言葉だ」
「白狼は深海魚で例えるなマリアナスネイルフィッシュかなー。あのマリアナ海溝の深海にいる、白くてきれいな魚ー」
「マリアナスネイルフィッシュは、深海八千メートルに生息するという、美しく、タフネスな魚でござるよ。水深八千メートルというと、水圧で八百キロの重りを背負っているのと同じでござるからな」
「……こくっ、こくっ」
「恋虎というお荷物を背負いながら、存在感をバリバリ放っているんだ。その称号は白狼にふさわしいと思うぞ」
「みんなありがとう。太陽の光が差さない暗闇の中で、君たち四人の存在が、僕にとっての光だ。僕の道を照らしてくれてありがとう」
「茶番はその辺にしろ。こちとら、有力な情報持ってきてんだ。さっさと捜査会議すんぞ」
「魔物」
「天魔」
「波旬」
「……おばけ」
「全部鬼の類義語だな。何回目だこのやり取り。それとゴンベエ。おまえ徐々に話せるようになってきたな。誰がおばけだこの野郎」
白狼に会った途端、本調子であたしを蔑みやがって。おまえら、昨日世話してやったことを忘れたのか。
「それより捜査は進んだのかな。スーパーブラックフィッシュ……じゃなくて、恋虎さん」
「あたしが全方位でツッコミできるほど知識量が豊富だと思うなよ。なんだその中二病みたいな魚は」
名前は割とかっこいいじゃん。でもどんな魚なんだろう。
「恋……プッ……虎。メモを見せろよ」
「……ククク」
「……旦那様。まさに的確……。ふふふ」
「……ヒャッハー!」
「なんだよ! おまらだけで楽しんでんじゃねえよ! もうそっちが気になって仕方ないわ!」
せっかく勇んで白狼の家に来たのに、もう頭の中がスーパーブラックフィッシュでいっぱいだわ!
「友達が傷つけられたのに、まだ魚のことが気になるなんて。恋虎さん、本当に君という人は」
「まったく。いい加減にしろよ」
「こうやって恋虎がふざけている間にも、ヒナちゃんは恐怖で怯えているかもしれないのにー」
「本当に信じられない神経の持ち主ですな。今の恋虎嬢は、人の顔をした悪鬼でござるよ」
「……ったく」
「おまえらが誘導したんだろ! 丸一日離れたのに、なんだその連帯感は!」
こいつら全員絶好調だな。よほど白狼と会えて嬉しいんだろうな。まあ、当の本人は依然としてマスク姿で、おでこの冷えピタが剝がれかけて全然元気そうじゃないけど。
「これ、今日入手した新たな情報よ。読んでみて」
あたしは、美藤さんと武士沢くんに事情聴取をした内容と、武士沢くんから聞いた恋愛成就の儀式のことを書き記したメモ白狼に渡した。咳をしながらだるそうにメモを受け取ると、白狼は目を細めながらメモを一読した。
「……」
「どう? かなり有力な情報だと思わない?」
「……」
「ねえ、白狼? 聞いてる? あっ……」
四匹からの視線を感じ、あたしは察した。はいはい。ゆっくり読んでるから邪魔すんなって言いたいんでしょ。せっかちで悪かったわね。
「……zzz」
「おいてめえ! 寝てんじゃねえか!」
あたしは白狼の肩を軽く揺さぶった。ぐらんぐらんと体を前後させながら、白狼は吐息を立てている。
「……うーん。あれ、ここは……?」
「上を見てみろ。見知った天井だろ」
あたしは再度、白狼にメモを読ませた。そういえばなんでこいつ、白い布を被って寝てたんだよ。
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