第6話 日焼け対策はメアリーにおまかせ

 今までなら、午前中はルイスと一緒に一般教養やマナーのお勉強、ダンスレッスンなどをして、お昼からは主に音楽系のお稽古をしていた。


 ルイスはプラスして剣術や乗馬も習っていて私よりハードな毎日を送っている。次期公爵として、恥じないようお父様が鍛え上げているようだ。


 私の場合、セシル先生が来てからはお昼を丸々錬金術のお勉強に使えるようになった。


 昨日は先生がお屋敷に来たばかりであまり時間がなかったので、錬金術とはどういうものか基本を習って水見式をしただけで終わった。


 いよいよ今日から本格的に訓練を初めて行くわけだけども……


『錬金術士はまず体力がなければ始まりません。ということでリオーネ、アトリエが完成するまでは体力強化訓練を重点的に行っていきましょう。明日は動きやすい服装に着替えて玄関前に集合です』


 昨日の先生の言葉を思い出しクローゼットの中を漁るものの、ドレスやワンピースしかない。


 それはそうか、お嬢様としてお淑やかに過ごす生活にズボンなんて必要ないから当たり前だ。スカートで運動は抵抗がある。


 かくなるうえは……私は迷わず隣の部屋へ向かった。部屋の主であるルイスにお願いして動きやすいシャツとズボンを借りることにしたのだ。


「どうしたんだい、リィ?」


 優しく微笑んでルイスは私を部屋に入れてくれた。どうやらヴァイオリンの練習をしていたようで、開きっぱなしの楽譜と窓際のテーブルの上に置かれたヴァイオリンが目に入る。


 練習を中断させてしまい申し訳なく思い、私はすぐさま要件を切り出した。


「ごめんね練習の邪魔しちゃって。実は動きやすい服を貸して欲しくて」

「それは全然構わないんだけど……リィ、無理だけはしないでね」

「うん、分かってる。ありがとう。ルイスも最近遅くまで練習しているみたいだし身体壊さないようにね?」


 私が錬金術を学びたいと打ち明けたあの晩から、ルイスはヴァイオリンの練習量をかなり増やしている。


 夜も遅くまでレッスンルームに籠もって楽譜と向き合っている姿を何度も見た。


「バレてたんだ……リィの姿で無様な演奏は出来ないからね。頑張るよ」


 やっぱりか。私のために頑張ってくれてたんだ。昔から自分のことより私のことを優先してくれる優しいお兄様。


 精神年齢は私の方がかなり上なのに、何だかこのままでは申しわけなさすぎる。


 私もルイスのために何かしてあげたい。アトリエが完成して錬金術で何か作れるようになったら、いっぱいプレゼントしよう。


「私も頑張るね! アトリエが完成したら、ルイスのためにいっぱい便利なアイテム作るから待っててね」

「うん、ありがとう」


 ルイスに別れを告げ、借りた服を大事に握りしめて自室に戻ると、侍女のメアリーがベットメイキングをしていた。


「お嬢様、もう出来ますから少しだけお待ち下さいね」

「いつもありがとう。着替えたら出て行くから急がなくても大丈夫だよ」

「ではお手伝いしますね……って、お嬢様。それに、着替えるのですか?」


 私が手に持つ服を見て、メアリーが驚いたように目を見開いて尋ねてくる。


 いつも着替えるときは、彼女が相応しいドレスを見立てて髪のセットから全てやってくれる。でも今はこの簡素な服に着替えるだけなので別にお手伝いは必要ない。


「う、うん。先生に動きやすい服装に着替えてきて下さいって言われたから、ルイスに借りたの」

「まさか、お外に出られるのですか?!」


 『玄関前に来て下さい』って先生は言っていたから、多分外で特訓するのだろう。


 メアリーの言葉に頷くと、彼女はベットメイキングをしていた手を止め「お嬢様、少々お待ち下さい」と言って部屋を出て行ってしまった。


 時間もあまりないし、とりあえず着替えよう。ワンピースを脱いで前開きの白いシャツのボタンを閉めて、七分丈の黒いズボンをはく。ずれないようにサスペンダーをつけたら完成。


 流石は双子、サイズもピッタリだ。髪を一つに束ねたら、ルイスみたいになった。


 来るべき社交界に向けて、ルイスは髪を伸ばし始めた。最近は少し結べる長さになっていて、1つに束ねていることが多い。まだ私の方が髪は長いけれど、結んで正面から見ると本当にそっくりだ。


 お母様譲りのプラチナブロンドに、お父様譲りのエメラルドグリーンのぱっちり二重の碧眼。最近はきちんと食べるようになって体重も少し増えて血色もよくなった。


 前世の言葉で例えるならフランス人形を連想させる容姿。流石は人気を博したキャラと一卵性の双子だけあって、リオーネの容姿は非の打ち所がないほどの美少女だ。


「お、お待たせしました」


 その時、息を切らしてメアリーが戻ってきた。手に小瓶を携えて。


「お嬢様、くれぐれも日焼けだけはしないで下さいね。折角の綺麗なお肌が赤く腫れてしまっては、メアリーの楽しみが減ってしまいます」


 液体を私の露出した肌に塗りたくりながら、メアリーは涙ながらに訴えてくる。


 可愛いものに目がない彼女は以前、私とルイスにお揃いのドレスを着せてお人形さんに仕立てるのが夢だと言っていた。たぶん、そう遠くない未来にその夢は叶うだろう。よかったね、メアリー。


 全身がレッドラズベリーの甘酸っぱい香りに包まれた。この世界には前世にあったような白い日焼け止めは存在しない。


 その代わり、自然の素材から作られたオイルが日焼け止めの代わりとして使われている。中でも1番サンスクリーン効果が高いのが、このレッドラズベリーのオイルだった。


 私の肌を気にかけてくれたメアリーにお礼を言って、日焼け対策をばっちり終えた所で先生の所へと向かう。

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