第24話 二人の末路

車に乗せられて数時間、正人はいまだに喚き続けていた。

「私をどこに連れていく気だ!屋敷に戻れ。私は南方家の当主だぞ」

しかし、どれほど喚いても執事たちは相手にしない。

「うるせえ!いい加減に黙りやがれ!」

執事に思い切り殴られて、正人はやっと喚くのを止めた。

「く、くそ。この恩しらずどもめ」

ぶつぶつと恨み言をつぶやくが、執事たちは気にも取れない。

「こんなことが許されると思っているのか。貴様たち全員訴えてやるぞ」

その負け惜しみに、執事たちはプッと噴出した。

「訴えるだって?南方家を追放されたお前がどうやって?」

「私には弁護士の知り合いもいるし、財閥内での人脈もある。彼らに連絡すればきっと私の力になってくれる」

あがく正人に、執事たちはとうとう憐れみの視線を向けた。

「力にねえ……利用価値がなくなったお前を果たして助ける奴がいるかな?」

「なんだと!」

怒り狂う正人に、冷酷に告げる。

「今まで得た人脈も、すべてお前が南方家の御曹司だったからだ。それから離れたただの中年男のお前に、無償で力を貸してくれる奴がいるわけがないだろう」

「わ、私にはたくさんの友人がいて、皆に慕われていたんだ。きっと助けてくれる」

「はいはい。都合のいい妄想はそこまでにして、そろそろ車を降りてもらおうか」

正人をのせた車は、何の変哲もない山奥で止まった。

「ここはどこだ?」

「知らん。おそらく飛騨の山中だろう」

執事達はそう言うと、正人を蹴って車から叩き出す。

「あばよ。せいぜい頑張るんだな」

あざけりの言葉を残して、執事たちの車は走り去っていった。

「くそっ。この私にこんな仕打ちをして。どいつもこいつも首にしてやる」

そう呟くと、南方財閥に電話を掛けた。

「社長秘書か?すぐに迎えをよこしてくれ」

「あなたは社長から解任されました。もはや我々とは関係ありません」

秘書から返ってきた言葉は冷たかった。

「なんだと!貴様、この私がいままでどれだけ会社に貢献したと思っているんだ!」

「社長に復帰された源人様からのご命令です」

どれだけ喚いても相手にされず、電話は一方的に切られてしまった。

「くそっ……こうなったら弁護士の友人に……」

必死に知り合いの弁護士に電話したが、そこでもまともに相手にされなかった。

「正人さん。南方家を訴えるなんていっているけど、ただの無職になったあんたに勝ち目があるとでも思っているんですか?負け戦に駆り出されるのはごめんでね。あんたとの縁は切らせてもらいますぜ」

そう言われて電話を切られる。

「ま、待ってくれ」

慌ててかけ直すが、着信拒否されていた。あらゆる友人知人に電話をかけまくるも、すでに正人が社長を解任されているということが知れ渡っており、誰にも相手にされない。

「く、くそっ……」

自分を無償で助けてくれる人間が一人もいないことを思い知らされ、正人は山道をとぼとぼと歩くのだった。

山道を丸一日かけて歩き、やっと小さな町に出る。

「や、やった……これで助かった……」

安心すると同時に、腹がググーッとなる。

「と、とにかく飯だ。何か食べる物を買おう」

目についたコンビニに入って適当な弁当を買おうとするが、会計の時になって気づく。

「そ、そういえば、スマホ決済もクレジットカードもすべて止められていたんだった」

慌ててATMに走って、キャッシュカードで現金を降ろそうとしたが、表示された預金残高を見て驚愕した。

「バカな……残高がゼロだと?」

数千万はあった残高が、きれいさっぱり消え失せているのを見て絶望する。

慌てて取引銀行に駆け込んで詰問するも、ここでも相手にされなかった。

「預金はすべて引き出されております」

「バカな。私は知らん。何かの間違いだ!」

「そうおっしゃっても、記録に残っておりますので」

事務的な対応をする銀行員に怒りを募らせ、暴れようとするも、警備員に取り押さえられ、追い出されてしまう。

「こ、これが南方財閥の力なのか……」

今まで自分を守ってくれた家の力が敵に回ったとき、どんな理不尽もまかり通ってしまう。すべてに見捨てられて無力な中年男になった正人は、あてもなく町をさまようのだった。

その後、飛騨の町では「俺は社長だ!俺を助けろ!」と通行人にからむホームレスが現れて、一部話題になる。

何度警察に逮捕されてもこりずに繰り返す彼は、いつしか「ホームレス社長」と呼ばれて町の名物になっていくのだった。


メイドたちに拘束された真理亜は、九州の西部にある離島に連れてこられていた。

「ね、ねえ、いい加減に許してよ。家に戻してよ」

必死になって訴えるが、メイドたちは相手にしない。

「無理です。勇人様のご命令ですので。あなたは政略結婚の駒として使えるように、従順で貞淑な良妻賢母を養成するための学園に入れられます。そう言えば、あなたのお母上である桜井純子さんの母校でもありますね。きっと性根を叩き直してもらえますよ」

「いやっ!そんなのいやっ!」

涙まみれになって哀願するも、受け入れられない。

「いいかげんに諦めてください。ほら、見えてきましたよ」

メイドが指さす先には、周囲が岩壁に囲まれた絶海の孤島があった。その上に猫の額ほどの土地があって、教会のような建物が建っている。

「あそこは、聖トーマス学園といって中高大一貫教育となっております。ネットもスマホもない環境で、みっちりと今までの人生を反省するのです」

「い、いやっ!」

あまりに過酷な環境に、東京での享楽的な生活を楽しんでいた真理亜は震えあがってしまう。

島についた真理亜は、厳しそうな中年シスターに引き渡された。

「あなたが真理亜さんですね。最初に言っておきますが、ここは世俗の柵とは一切関係ないところです。いかなる名家の出と言えど、忖度されることはないと肝にめいじておきなさい」

「……」

真理亜はそっぽを向いて、無言で反抗の意思を示す。

「わかったのなら返事をなさい!」

ビシッという音がして激痛が走る。シスターは容赦なく手に持った竹の鞭で真理亜を叩いた。

「……は、はい。申し訳ありませんでした」

真理亜の幼稚な反抗心はあっさりと崩れ、ひざまずいて許しを請うのだった。

「いいですか?これから朝六時に起きて草むしりと清掃。学業の他にも料理洗濯礼儀作法をしっかり躾けてあげます。そして我が世界統合教会の立派な信徒になるのですよ」

「ひいいっ」

今まで大企業のお嬢様として好き勝手してきた真理亜だが、これからの厳しい生活に悲鳴を上げるのだった。

それから一か月後、聖トーマス学園から真理亜の様子が伝えられる。

送られてきた写真には、真理亜はまるで尼僧のようなツルツル頭にされており、清楚なシスター服を着て同級生と讃美歌を歌っていた。

「ぷくく……あのギャルだった真理亜がえらい変わりようだな。立派な聖女だ。そこでちゃんと更生したら、政略結婚の駒として使ってやるからな」

順調に真理亜が躾けられているのを見て、勇人は満足する。しかし、後になって真理亜をこの学校にいれたことを後悔することになるのだった。


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