第22話 源人治療

ブラックナイトの中

サタンは源人を治療用カプセルに入れ、内部状態をスキャンしていた。

「まずは脳に入り込んだ薬の成分の排出だね」

そう分析して、治療用カプセルを操作する。血液中の赤血球を意図的に操作し、脳内に作用している薬効成分を吸収させ、腎臓を活性化して体内から排出させた。

「うーん。お爺さんの細胞から判断して、余命はあと10年くらいか。その間元気で過ごせるように、足腰も治療しておこう」

続いてデーモン星人の生体技術を使い、弱った足腰の補強となるように人工筋肉を埋め込む。

こうして源人の身体は再生されていった。

「むっ……?」

厳人が目を覚ますと、白いカプセルに入れられており、周囲にはダイヤのように輝く結晶でできた壁に囲まれた部屋だった。

傍らには白衣を着た美少女と、勇人が心配そうに見守っている。

「お爺さん。意識が戻りましたか?」

勇人がほっとした顔で声をかけてきた。

「おお、勇人か。ここはどこだ?」

「未確認人工衛星ブラックナイト……日本では天之浮舟とよばれている宇宙船の中だよ」

サタンがそう答えると同時に、源人の脳内に知識が流れ込んでくる。勇人が今までに経験したことが圧縮されて伝わってきた。

「そうか……ワシがいない間にそんなことになっておったのか。サタン殿といったな。勇人を助けてくれて、心から感謝する」

源人はサタンに頭を下げる。

「それに勇人、ワシがふがいないせいで、お前には苦労をかけたな。すまなかった」

謝られて、勇人は恐縮した。

「いえ。お爺さん。私の今までの態度にも問題があったのです。下手に優しく気弱に接していたせいで、使用人や桐人を増長させてしまいました。もっと傲慢に、尊大に接して身の程をわきまえさせるように教育すべきだったのです」

今の勇人には、なぜ貴族の跡取りが家臣に対して傲慢にふるまっていたのかよくわかる。別に悪意をもってそうしているのではない。組織内の秩序を守り、家臣の反抗の意思を挫くために必要なことだったのである。

「その通りだ。だが、お前が甘かったからといって、家臣が増長してよいということはない。ましてワシが事あるごとに後継者と明言していたお前に無礼を働くなど、決して許されることではない」

最愛の孫が南方家から冷遇され、クラスメイトに殺されかけたことにかけて怒りを募らせる。

「私は運よくサタンによって助けられ、契約を交わしました。彼らデーモン星人の移住を支援するために、文明レベルを引き上げて太陽系を開拓するという使命を得たのです。ですが、その為には南方財閥の協力が必要になります」

勇人がそう訴えると、源人は笑みを浮かべる。

「よいだろう。我が家にとっても大いに利益があることだ。お前に全面的に協力してやろう」

こうして、勇人は頼もしい後ろ盾を得たのだった。


数日後

南方正人が海外での仕事を終えて、日本に戻ってくる。

「くそっ。商談が長引いてしまった。真理亜と桐人はどうしているだろうか?」

最愛の娘と甥がエストラント号の遭難事件で非難されていることを知り、胸が張り裂けそうになる。

一刻も早く戻りたかったが、大商社の社長という立場が個人的な事情での帰国を許さず、日本に戻れたのは一週間が過ぎていた。

帰国後、正人は真理亜が入院している病院を訪れる。

「パパ!」

「おお、真理亜。無事だったか。心配したぞ」

娘の姿を確認した正人はほっとし、ぎゅっと抱きしめた。

「桐人はどうしている?」

「知らない。あんな奴」

桐人のことを聞かれると、真理亜はプイッと顔をそむける。

「いったい何があったんだ?」

「聞いてよ。あいつったら、私を守る事もできないばかりか、最後には救命ボートから突き落としたんだよ」

真理亜は涙ながらに、桐人の非情な行為を訴える。娘が海に突き落とされたと知って、正人の顔が怒りに染まった。

「ぐぬぬ!桐人の奴め。拾ってやった恩を忘れおって」

「エストラント号の貴重品を盗もうって言いだしたのもあいつだしさ。私は仕方なく従っただけ。あんな奴、南方家から追い出してよ」

娘の言葉に、正人は大きくうなずいた。

「そうだな。お前の婿にふさわしい男はいくらでもいる。あいつは追放だ!」

「それと、勇人のことなんだけど……」

真理亜は腹違いの兄のことを告げる。

「勇人の奴がどうかしたのか?」

「その……どうやったのかわからないけど、あいつが屋敷を乗っ取っちゃったみたい。メイドたちに私の世話をするように連絡しても、『勇人様のご許可をお願いします』といって、取り付く島もないの」

涙ながらにそう訴える。そのせいで傷が癒えても、屋敷に戻れなかったのである。

「なんだと!勇人の分際で!」

「ねえ。なんだかあいつおかしいよ。まるで別人になったみたい。私たち、これからどうなるのかな」

ネットで叩かれ、屋敷の使用人たちからも相手にされなくなり、真理亜は不安そうにうつむく。

「心配するな。パパに任せておけ。今度こそあいつを南方家から追い出してやる」

そうなだめると、二人は屋敷に向かうのだった。


南方家

タクシーに乗った正人と真理亜が、病院から帰宅する。

「くそっ。屋敷の使用人たちは何をしているんだ」

正人が不機嫌そうに漏らす。迎えをよこすように連絡したのだが、完全に無視されて仕方なくタクシーで帰ってきたのである。

「お客様、お支払いをお願いします」

「これでたのむ」

正人は財布からブラックカードを出して決済しようとするが、運転手から難しい顔をされた。

「お客様、このカードは使用停止となっております」

「なんだと!」

カードを運転手からひったくって決済機を通すが、ピーという音とともにエラーの表示が出た。

止むをえずスマホ決済をしようとしたが、アプリを立ち上げて驚愕する。

「この端末ではお使いになれません」

そういう表示が出て、慌てて決済会社に問い合わせをしようとしたが、こちらも門前払いされた。

「くそっ。一体何が起きているんだ!」

クレジットカードもスマホも止められていて、正人は不安になる。

「パパ……?」

不安そうな声を上げる真理亜を、正人は慌てて宥める。

「だ、大丈夫だ。何か手違いがあっただけさ。仕方ない、現金で支払おう」

結局、財布の中身をはたいて現金で支払い、二人は車を降りた。

屋敷の門をくぐると、多くの執事やメイドたちが働いている姿が目に入る。

「おい。私たちは帰ってきたぞ。整列して挨拶しろ」

正人がそう呼びかけるものの。使用人たちからは無視されてしまった。

「な、なんだ。一体何があったんだ」

戸惑いながら玄関から入ろうとするが、屈強な執事に止められる。

「正人様。真里亜様。しばらくここでお待ちください。ご主人様にお伺いを立ててきます」

うやうやしい言い方だが、自分たちに対して門を閉ざす執事たちに、正人と真理亜の顔が怒りに染まる。

「ふざけるな。この屋敷の主人は私だ!」

「そうよ。さっさとそこをどきなさいよ」

しかし、執事たちは怒鳴られても恐れ入らなかった。

「残念ですが、この屋敷の主人はあなた様ではありません」

「なんだと!」

「どうかそのままお待ちを。ただいまご主人様をお呼びしてまいります」

そう言って執事の一人が屋敷に入っていく。二人は歯噛みしながらも、その後姿を見送ることしかできなかった。


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