【なろう25万PV突破】声の小さな伯爵令嬢~モラハラ三昧の挙句親友に裏切られ婚約破棄されましたが、錬金術を使って一夜にして大逆転します!!
kayako
第1話 運命の舞踏会
タルミナ国有数の伯爵家・ブルツウォルム。その一人息子ケンガルは政治の才を買われ国王の信頼を得て、若くして家を継ぎ広大な領地を治めていた。
今その屋敷では、諸侯の集まる絢爛豪華な舞踏会の真っ最中。
今宵はケンガルと、ヴェルデロール伯爵の一人娘・シャノンの結婚が公表されるはずであった、が――
「シャノン・ヴェルデロール!
本日この時をもって、君との婚約を破棄する!!」
並み居る貴族たちの眼前で、シャノンは婚約者たるケンガルにそう宣言された。
金髪碧眼で容姿端麗、女子からの人気も抜群なケンガル。彼は国の未来を憂い、大勢の同志を得て改革を目指す志高き青年である。
それに比べ、シャノンはタルミナ国では不人気とされる若草色の髪をもち、地味な栗色の瞳の痩せぎすの女性であった。
シャノンの実家であるヴェルデロール家は――
昔は相応の権力を持った貴族ではあるものの、今は酷く落ちぶれて借金生活。なのでシャノンの服装もそれなりで、居並ぶ貴族令嬢の中ではひときわ地味な茶色のドレス、裾もそこまで広がりがなくフリルも最低限。宝石などの貴金属も殆ど身に着けていない。
「素朴な令嬢とは聞いていたが、素朴を通り越して無礼なレベルでは?」「ずっとメイドかと思ってたわ」などと、招待客からはクスクス笑い声が漏れていたほどだ。
ケンガルとの婚約も、もっぱら政略結婚との噂であった。
そんなシャノンは一言の弁解もせず、ただゆっくりとケンガルを見上げる。
「君が地位と資産目的で僕に近づいたのは最初から分かっていた。僕も承知で婚約をしていた――
だが、もう限界だ。僕はこの人を選ぶ!!」
ケンガルの背後からひょっこり現れたのは、艶やかな緋色の髪をオシャレに結い上げ、髪と同色のくりっとした瞳を持つ可憐なる女性。
青いドレスは最新の流行を取り入れ、広がった裾にはレースがこれでもかとばかりにあしらわれている。膨らんだ胸元は必要以上に大きく露出していた。
シャノンと何もかもが対照的な彼女は――シャノンの親友・マリーゴールドだった。
「うふふ、残念ねぇシャノン。
でも、仕方ないわ。貴方、とぉ~っても、地 味 なんですもの♪」
彼女に同調しながら、ケンガルは朗々と言い放った。
「その通りだ、マリー。
君の父上は男爵ではあるが、好きな人と結婚するのに親の爵位など関係ない!
そもそも生まれで全てが決まるようなこの社会を変える為に、僕は政治を志した。そんな僕にこそ、マリーは相応しい!
彼女は清く美しく、しかも社交性抜群で頭も良く、多くの信頼を集める快活な人だ。
それに比べ……シャノン、君は!!」
友人に裏切られ、婚約者を奪われた。
しかしこの事態にも何故かシャノンは大きく瞳を見開き、じっと二人を見つめたままだ。
それに苛立ったように、ケンガルは抑揚をつけてさらに叫ぶ。
「地味なだけならまだ我慢も出来たさ! 素朴な甲斐甲斐しい女性を妻に迎えられたと、最初は歓迎していたつもりだ。
しかし、もう限界だ。シャノン、君は何もかもが酷すぎる!!」
ここで初めて、シャノンは口を開いた。
ただしその言葉は、息をひそめて耳を澄ませなければ誰にも聞こえないレベルの声であったが。
「……ケンガル様。
酷すぎる、とは、一体何のことでしょうか?」
落ち着いてはいるが、とても小さな声。
これがまた、シャノンの評判を落としている原因の一つでもあった。
そらきたとばかりにケンガルは手を叩き、彼女を威圧するように人差し指を突きつける。
「それだ。まずはそれだ! その声!!
シャノン。君は一度でも、他人とまともな会話をしたことがあるのか!?
今の言葉だって、皆がたまたま静かにしていなければ全く聞き取れなかったぞ!!
いつもボソボソモソモソと、不快なこと極まりない!!」
マリーゴールドが口に手を当てながら朗らかに笑う。
「そうねぇ。シャノン、貴方は昔っからそうだったものねぇ~
親友の私が通訳してあげないと、誰ともお話出来なかったくらいだし。
みんなから馬鹿にされてばかりで、お友達なんて私以外には誰もいなかったんじゃない?」
ケンガルはマリーゴールドの腰に堂々と手を回しながらシャノンを見下し、嘲笑した。
「勿論、それだけではない。
料理も家事もろくに出来ない。周囲の女子のような美貌もなく、陰気くさく表情が怖い!
しかも都合よく仮病を使い姿をくらませたと思ったら、自らの仕事を放棄して国境付近の小屋に男を連れ込んで乱痴気騒ぎ……
その上、魔女の術まで密かに行使しているとは!!」
そんなケンガルの言葉に、場内が一気にざわめいた。
「仮病とはどういう……」
「しかも男を?」「魔女の術だって?」
「最近、国境近くにまた魔物が出没し始めたという噂を聞いてはいたけれど……
まさか、この女が使役して?」
まるで化物を見る目でシャノンを見つめる貴族たちの視線。
しかしそれにも構わず彼女はじっと、ケンガルを冷静に見据えていた。
ここまで来てまだ、一言の謝罪もないのか。ケンガルはさらに苛立ち、シャノンを怒鳴りつけようと踏み出した――その時。
「待たれよ、ケンガル殿。
そなたこそ、知らぬとは言わせぬぞ。シャノン嬢への数々の非礼を!」
場内に朗々と響いたものは、若き青年のよく通る声。
貴族たちをかき分けかき分け、シャノンを守るかのようにケンガルの前に進み出たのは――
重厚な黒の鎧に身を固め、少し長めの白銀の髪を肩に靡かせた、長身の青年であった。
その背には、熊の一匹や二匹は軽々と斬り伏せてしまうであろう両手大剣が装着されている。
鎧に刻まれた百合の紋章は間違いなく、彼がタルミナ国の騎士であることを示していた。
突然の闖入者に、ケンガルは仰天して飛び退く。
「な、なに奴!? 名を名乗れ!!」
「これは失礼。
我が名はアークボルト。シャノン嬢と、この国を守る騎士だ。
ケンガル・ブルツウォルム。これまでのそなたの非道な行いを暴き、シャノン嬢をそなたの手から解放するべく、推参した。
そなたがシャノン嬢との婚約を自ら破棄するなら、これぞまたとない好機!」
彼の切れ長の目が、ケンガルをひと睨みする。青みを帯びた銀色の瞳は、何もかもを凍らせる氷術を連想させた。
雰囲気だけでそれと分かる、百戦錬磨の戦士。その視線だけでケンガルは怖気づき、こともあろうにマリーゴールドの背後まで後ずさってしまった。
この事態に、マリーゴールドも呑気に笑ってなどいられない。思いきり目を剥いてシャノンを睨みつける。
「ど、どういうこと? この者は一体……
シャノン、説明しなさい! ホント昔っから、何を考えてるのか分からない子ね!!」
マリーゴールドが叫んだ、その瞬間だった。
シャノンが不意に、大きく右手を振りかざす――
と同時に、場内を彩っていた多くの灯が全て、一斉に消えた。
突然の暗闇に、貴族たちの間から悲鳴があがる。腰を抜かす者までいた。
「う、うわぁ! 何が起こった!?」
「魔女よ、きっと魔女の術だわ! あの女が……!」
狼狽する貴族たち。勿論ケンガルもマリーゴールドも例外ではない。
そんな彼らの頭上から響いた声は。
《ケンガル様。確かに私シャノンは、貴方がよく言われる通り、貧乏貴族の娘です。
貴方の仰せの通り、困窮するヴェルデロール家を支える為、貴方に嫁ぐことを決意いたしました。
それは紛れもない事実……》
それはシャノンの、透き通るような声。
しかもさきほどのような小声ではなく、何故か屋敷中に轟くかのような響きをもって、全ての人々の上に降りそそぐ。
完全に狼狽しきったケンガルは、マリーゴールドに支えられながら喚いていた。
「しゃ、シャノン貴様! またこのような奇怪な術を……
捕らえろ! あの女は魔女だ!!」
その命令に、慌てて飛び出そうとする警備兵たち。
しかし、暗闇の中でも鋭く光るアークボルトの瞳に睨まれ、彼らは一斉に尻込みしてしまった。
さらにシャノンの声は響く。
《私は昔から声が小さく、しかもお洒落やお金儲けには殆ど興味がありませんでした。
幼き頃から、貴族の間では疎んじられている錬金術ばかりにのめりこむ毎日で……
友人といえばマリー、確かに貴方ぐらいのものでしたね》
そんなシャノンの言葉に、ごくりと唾を呑み込むマリーゴールド。
慌ててその姿を探したが、暗闇の中では何も見えない。
ざわめきが高まる場内。
「錬金術だって?」
「街の薬師がよく使っていると聞くけど……」
「でも、庶民の使うものでしょ? 貴族ともあろう者が錬金術? なんと低俗な」
そんな中、ドーム状に張り巡らされた天井部分が、何故かぱっと明るくなった。
人々の視線は自然と天井へ向く。
そこには何故か、ある映像が流れ出していた――
それは他でもない、このブルツウォルム家の屋敷。
曇り空の下、ケンガルとシャノンがマリーゴールドを介し、中庭で和やかに談笑している……ように見える。
《婚約が決まり、このお屋敷に招かれた日のことは、今でもよく覚えております。
マリー。ケンガル様を紹介してくれたのは、貴方でしたね。
このような立派なお屋敷と立派なお方に、私のような者が招かれるなんて。当時はとても感激したものです》
しかしやがて、ケンガルの態度はややシャノンに対して威圧的になり始めた。映像からでもそれと分かるほどに。
シャノンが言葉を発しても、フンと鼻を鳴らしてマリーゴールドに向き直り、シャノンではなくマリーゴールドの胸元を見つめている。
色とりどりの花が咲き誇る庭で、ゆっくりとお茶を愉しむ時間――
だが早くも、三人の間には暗雲が漂っていた。
ケンガルは慌てて立ち上がり、両腕を振り回す。
「な、なんだこの奇術は!?
シャノン、貴様は……!!」
腰に装備した金ぴかのレイピアを、ぶるぶる震える手で抜き放とうとするケンガル。
しかし当然、アークボルトが止めた。
「これも錬金術。それも初歩的なもの……
目の前で起こっている事実を写し取り他者に伝える、『映写の秘石』。つまり過去に起こったことをそのまま鮮やかに再生出来るものだ。
彼女はそれを使っているまで」
「なんだそれは!
奇妙な幻術で人を惑わす、まさに魔女ではないか!!」
「幻術ではない。そもそも錬金術は少し才能があれば誰でも使える術で、国でも古くから重宝されているのは知っていよう。それを魔女だなどと、とんでもない話だ。
彼女はその類稀な才能と人一倍の努力で、幼き頃に既に秘石を作り出した。それをこの家に来てからもずっと大切に持っていたのだ。
結果、この家で彼女に起こったことは、全て秘石に記録されている。
その眼で見るがいい。そなたがシャノン嬢に、一体何をしたかを!」
ケンガルの狼狽を知ってか知らずか、シャノンの声は一段と響く。
《思えばこの時から、ケンガル様は私に冷たかった。
ですがこの時既に、私の実家――ヴェルデロール家は莫大な借金を抱え、存亡の危機にありました。
両親はケンガル様のことを知るなり、私と彼の結婚に躍起になり。
あれよあれよという間に親同士の話し合いがまとまり、私は婚約者としてケンガル様のお屋敷に招かれました。
しかしそれからは――地獄のような毎日だったのです》
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