ジルベルタの告白

「い、嫌だ! 嫌だあああああああああッッッ!」

「お願い! 何でもします! 何でもしますからッッッ!」


 王宮に帰還するなり、衛兵に引きずられながらも必死で叫び、懇願するアントニオとアリーナ。


 そんな中。


「…………………………」


 ただ一人、無言のまま衛兵の後ろを素直に歩くルアーナ。

 二人があまりにも見苦しいだけに、彼女の姿は逆に清々しささえ感じる。


 すると。


 ――ペコリ。


 ルアーナが振り返り、僕に向かって深々とお辞儀をした。

 ……こんな結果でも、アリーナの命を救うという約束が守られたことに対するお礼、ということなのかな。


「さて……これで僕を毒殺しようとした一連の事件については終わりましたが、ガベロットは逆に危機に晒されることになりましたね……」

「う、うん……」


 アントニオの背中を見送っていたジル先輩が、目を伏せた。

 そう……イスタニアが海軍まで送り込み、国王が乗る船へ攻撃を仕掛けたんだ。これは、明確な宣戦布告と捉えて間違いない。


 一方、今回はヒロインの力でイスタニア海軍を退けたけど、ガベロット海洋王国は商業国家。魔法に特化したイスタニア王国と比較した場合、戦力的に厳しいだろうね。


「それで、帝国とガベロットの今後のことについて、ですが……」

「…………………………」


 ジル先輩が唇を噛み、ますます顔を伏せてしまった。

 いくらイスタニアが背後にいたとはいえ、帝国の皇太子に対して王族が毒殺を図ったんだ。普通に考えれば、多額の賠償又は戦争になっても何らおかしくはない。


 僕はチラリ、とイルゼを見やる。


「……ルイ様の、お心のままに」


 彼女はニコリ、と微笑み、ゆっくりと頷いてくれた。

 あはは……本当に、僕のことをよく理解しているよね。


「……僕は、今回の毒殺事件についてはなかった・・・・ことに・・・したい・・・と思います。

「「っ!?」」


 ジル先輩とフランチェスコ国王が、勢いよく顔を上げ、目を見開いた。


「だ、だけど! ルー君は毒のせいで死にかけて、それで!」

「う、うむ! ここまで大事になって、さすがになかったことにするのは、その……」


 二人が言いたいことはよく分かる。

 ジル先輩の大切な仲間・・・・・が殺されかけたことに対しての怒りも、フランチェスコ国王の国家としての責任も。


 でも。


「そもそも、僕が一番許せなかったのは、僕の大切な女性ひとが毒殺されたかもしれないということです。僕自身については、その……もう終わったことですし、そのせいで大切な仲間・・・・・が苦しむ姿を見るのも嫌ですから」


 僕は、苦笑しながら頭を掻く。

 イルゼやカレンが無事だったわけだし、こんな真似をしでかした連中には報復した。

 ガベロットだってアントニオの結末を見た以上、むしろより慎重に対応するようになるだろうし。


「あ、もちろん、これからはより帝国のために便宜を図ってもらうつもりですから、そこはよろしくお願いしますね」

「そ、そんなの当然だよ!」

「うむ! このフランチェスコ=ピエトロ=ガベロットの名にかけて、帝国に対し義を果たすことを約束しよう!」


 うんうん、今後のことを考えても、ガベロットと関係が悪化してしまったら、これから先重要となるアイテムが入手できなくなってしまうからね……って。


「やはり、ルイ様です。私はあなた様の従者で、誇りに思います」


 うやうやしくカーテシーをするイルゼを見て、僕は口元を緩め、頷いた。


 ◇


「んー……これで、ガベロットの海も見納めかあ……」


 王宮の庭から海を臨みながら、僕は伸びをした。

 イルゼとカレンは帰り支度をしてくれていて、聖女は聖女で何やら用事があるらしい。


 ということで、一人手持ち無沙汰ぶさたな僕だけ、こうやって時間を潰しているというわけだ。


「それにしても……」


 あんな出来事があったからすごく長く感じるものの、実はこの国に来てからたったの三日でしかない。


 そう、なんだけど……。


「……ちょっと名残惜しい、かな」


 ガベロットに来て、悪いことばかりじゃなかった。

 あんなことがあったからこそ、僕は蓋をしていた自分の気持ちをさらけ出して、この場所で生まれて初めて告白なんかして、最愛の女性ひとと結ばれて……。


 ……うん、またここに来よう。

 イルゼと結ばれた、大切な思い出のこの場所へ。


 すると。


「……ルー君」


 振り返ると、海風でなびくショートボブの髪をかき上げるジル先輩がいた。


「その……今回は色々と、本当にごめんね? ボク……」

「あはは。もう終わった話ですし、つらかったのは僕よりもジル先輩じゃないですか」

「で、でも……」

「ほら、そんな顔しないでください。それに、ジル先輩はこれからが大変なんです。僕は今日ここを去りますが、何かあればいつでも力になりますから」


 落ち込むジル先輩を、僕は全力で励ます。

 実際、ジル先輩は正式にガベロットの女王として、あのイスタニアと対峙していかないといけないんだ。


 それに……おそらくジル先輩はガベロットのために、帝立学院を退学すると思うから。

 少し寂しいけど、僕が我儘わがままを言うわけにはいかない。ただ、その小さな背中を押してあげるだけだ。


「……ボク、ルー君にもらってばっかりだね」

「? 僕が、ですか……?」


 はて? むしろ僕がもらっていると思うんだけど。“繁長しげながの鉄盾”とか。


「そうだよ。食堂で心無い言葉を投げかけられていた時に、君は颯爽と手を差し伸べてくれて、励ましてくれて、信じてくれて」

「あ、あははー……そういえば、そんなこともありましたねー……」


 まだ二か月くらい前の話なのに、随分懐かしく思えてしまった。

 でも、今思い出すと僕も照れてしまうなあ。


「ね……ルー君……」


 顔を上げ、僕を見つめるジル先輩。

 そのエメラルドの瞳は、少し潤んでいた。


 そして。


「ボク……ボク、ね……? ルー君が、好きです……っ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る