待っていたのは

「決まってますよ。僕に毒を盛った、実行犯のルアーナです」

「っ!? ま、待て! 待ってくれ!」


 僕がルアーナの名を告げた瞬間、マッシモ王子は慌てて止めに入る。

 まるで、ルアーナを庇うかのように。


「どうしてですか? マッシモ王子が今この牢に入っているのは、あの女が直接の要因なんですよ? だったら、庇い立てする必要なんてないと思いますが」

「そ、そうかもしれねえ! だが、アイツも俺の家族の一人・・・・・なんだ! だから……どうか、許してやっちゃくれねえか……」


 マッシモ王子は、額を床にこすりつけて懇願する。

 あれほど僕を“醜いオーク”と罵り、さらには僕をいかりにくくりつけて海に沈めようとまでしたあの彼が。


「……なんで、あの女のためにそこまでするんですか?」


 僕は素朴な疑問をマッシモ王子にぶつける。

 思えば、この地下牢でジル先輩と口論になった時もそうだった。

 まるで、ルアーナを必死に庇うように……。


「アイツは……アイツは、可哀想な奴・・・・・なんだ……」

「というと?」

「……ルアーナは、元々はこのシクリア島に流れ着いた、孤児みなしごだったんだ」


 それからマッシモ王子は、訥々とつとつと話してくれた。


 今から十五年前……マッシモ王子が十歳の頃、七歳だったルアーナが海で漂流しているところを発見し、救出したとのこと。

 聞けば、奴隷として船で運ばれていたところを、一縷いちるの望みを賭けて、隙を見て海に飛び込んだらしい。


 最初の頃は、ガベロットの人間を見て怯え、震えていたそうで、どうやら奴隷船では相当酷い扱いを受けていたようだ。


 その後、救出した船に乗っていたオッド伯爵家との縁もあって、そのオッド家の使用人に雇われた。

 それから五年の時が過ぎ、たまたまオッド家で働いているところを見かけたアルバーニ家の当主が、オッド伯爵に頼み込んで彼女を養子に迎えたそうだ。


 だが。


「……先代のアルバーニ男爵が三年前に死んでから、アルバーニ男爵夫人と息子である今のアルバーニ男爵から疎まれちまってな。結局居場所がなくなったんで、見かねた俺が王宮の使用人に推薦したんだよ」

「ふうん……」


 聞いたかぎり、冷たいかもしれないけど『そんな境遇の人もいるよね』くらいの感想でしかない。

 イルゼだって実家のために身売りして、僕の慰み者になる道を選んだし、カレンだって実の家族から物扱いされて、棄てられて……。


「マッシモ王子、もう話は終わりました?」

「え……? お、おお……」


 僕が冷たく告げたからだろう。

 マッシモ王子は、僕の態度が予想外だったことに、目を白黒させていた。


 自分の知り合いだけ助けてほしいだなんて、虫が良すぎるよ。

 マッシモ王子の態度から、多分ルアーナのことが好きなのかもしれないけど、それだったら、どうしてこうなる前に彼女を止めなかったんだ。


 そのせいで、僕の大切な女性ひとを苦しませて、傷つけて、下手をすれば僕の代わりに毒を飲んでしまう可能性だってあった。


 僕は……絶対に、ルアーナを許さない。


「じゃあ、僕は行きますから」

「う、うむ……」

「…………………………」


 きびすを返し、僕は二人の入っている牢から立ち去る。

 フランチェスコ国王は僕の様子に困惑し、マッシモ王子は……もうどうにもならないことを悟ったんだろう。


 彼はただ、悔しそうに顔を伏せていた。


 ◇


「それで……ルアーナはどの牢に入っているんだろう?」


 暗い地下牢が並ぶ通路の中を、僕は目を凝らしながら歩く。

 イルゼと違い、僕は夜目が利かないので、一つ一つ確認していくしかない。


 だけど。


「……どの牢にも、誰も入っていないね」


 どうやら、この王宮内の地下牢はこれまで使われていないみたいだ。

 まあ、『ガベロットの掟』によってあれだけの忠誠心を見せる国民性ということを考えれば、そもそも国に対して背くような真似をする馬鹿はいないってことなのかな。


 だからこそ、ルアーナがしでかしたことは異例中の異例なんだろうけど。


「いずれにせよ、アントニオ王子の真意を確かめないと」


 ルアーナの犯した僕の殺害をマッシモ王子になすりつけることで、次期国王なれると考えているのなら、いくらなんでも短絡的すぎるし、色々とに落ちないことが多すぎる。


 それに朝になれば、ジル先輩の主導でフランチェスコ国王とマッシモ王子の刑が執行されてしまう。

 それまでに何とかして真相を暴き、彼女の手を汚させないようにしないと、


 そうじゃないと、ジル先輩が悲しすぎるよ。


 僕はさらに暗闇の中を進み、とうとう一番奥までやって来た。


 すると。


「ルイ様……」


 鉄格子の前で、イルゼがうやうやしく一礼して出迎えた。

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