呆れてものも言えないんだけど

「……起きていらっしゃいますか?」

「あ……テ、テメエ……ッ」


 牢の中で床に這いつくばりながら忌々しげに睨む男……マッシモ王子に声をかけた。


「……ルートヴィヒ殿下……ゴホ……ッ」


 のそり、と身体を起こし、咳き込むのはフランチェスコ国王。

 ただでさえ病に臥せっていたところに、こんな衛生上よくない地下牢で寝ているんだ。絶対に身体には悪いよね。


「フランチェスコ陛下、大丈夫ですか?」

「う、うむ……ジルが、いつもの薬・・・・・を差し入れてくれたからな……」


 フランチェスコ国王は、その薬というものを掲げた。

 あはは……ジル先輩、やっぱり優しいなあ。


 だけど……、か。

 何故か僕は、それが妙に引っかかった。


「……んだよ。俺を笑いに来やがったのか」

「まさか。僕もそこまで暇じゃありません。それより……マッシモ殿下に聞きたいことがあるんです」

「聞きたい、こと……?」


 ふてくされるマッシモ王子に代わり、フランチェスコ国王がおずおずと尋ねてきた。


「はい……マッシモ殿下は、僕が毒殺されかかったことと、それによって実行犯のルアーナが捕らえられたことを、誰から聞いたのかということです」


 そもそも僕は、このマッシモ王子がルアーナに指示して僕を毒殺しようとしたなんて、最初から考えていない。

 いくら直情的な性格の馬鹿だからって、さすがにあんなあけすけに話したりするなんて考えられない……というより、この馬鹿王子ならそんなまどろっこしいことなんてせずに、この国にやって来た時いたいに直接手を出してくるだろうから。


 とはいえ、ジル先輩が直接状況を報告したフランチェスコ国王はともかく、マッシモ王子が僕の毒殺について知り得ていたとは思えないんだ。

 もちろん、王宮内のことについて常に把握できるように、自分の息のかかった者を配置している可能性も否定できないけど、そんな様子は見受けられない。


 なら……この男に、吹き込んだ奴がいる。

 それも、こうなることを予想した上で。


「それで、どうなんですか?」

「……マッシモ」

「チッ! 分かったよ……ルアーナがテメエを毒殺しようとしたって話を俺に教えたのは、従者の“オッド”だ」


 フランチェスコ国王にすごまれ、マッシモ王子は渋々答えた。


「そのオッドという従者は、誰の従者ですか?」

「あ? んなもん、ジルの従者に決まってんだろ。なんでテメエが知らねえんだよ」


 いやいや、僕達は他国の人間なんだよ? 一度も面識がない他国の従者なんて、把握しているわけないじゃん……って、ちょっと待って!?


「そ、その……ひょっとしてオッドという従者って、ジル先輩の従者のアリーナさんですか……?」

「なんだ、知ってんじゃねーか。そうだよ、ジルの従者アリーナ=オッドだ」

「アリーナさんが……」


 僕は思わず、口元を押さえる。

 どうして彼女が、わざわざマッシモ王子に毒殺のことを告げたんだ?


 そういえば、ジル先輩の従者であるにかかわらず、僕はこの国に来てから一度も会っていないのはどう考えてもおかしい。


「アリーナさんは従者なのに、どうしてジル先輩と一緒じゃないんですか? 普通、従者なら常に主人のそばにいるものでしょう?」

「……恥ずかしながら、ジルからルートヴィヒ殿下と懇意にしていると聞き、間違いが起こらぬように先の『吸魔石』の提供を条件として、従者をつけることにしたのだ」


 ええー……それって、ジル先輩を監視していたってことかな。

 しかも僕、ひょっとしてジル先輩と恋仲だって勘違いされている? 女の子だって知ったの、つい昨日のことなのに。


 でも、そう考えるとガベロットに来た時の、マッシモ王子の態度も頷ける。

 僕のところにも、よく似たヤンデレシスコンが一人いるからね……。


「と、とりあえず、何故ジル先輩に従者が急についたのかは理解しました。それで、ジル先輩の従者になる前は、アリーナさんは何をされていたのですか?」

「うむ。アントニオの従者をしておった」

「アントニオ殿下の……」

「親父が従者をつけるって話をした時に、アントニオの野郎が『自分の従者に適任がいる』ってんで、推薦したんだよ」


 ……フランチェスコ国王が指示したならともかく、自分からそんなことを持ちかけるか? そんなのあり得ないよね。


「ではマッシモ殿下、本題ですがアリーナさんからはどのように話があったのですか? 思い出せるかぎり、具体的にお答えいただきたいのですが」

「おう……」


 マッシモ王子は、アリーナさんとのやり取りについて語り出した。


 ◇


 今日の夕方……いや、もうかなり暗くなってほぼ夜って時かな。

 一仕事終えて俺が部下達と一緒に甲板かんぱんで酒盛りをしているところに、オッドがやって来やがったんだよ。


 元々、オッドの奴はあの野郎の従者だったから、俺も鬱陶うっとうしくて追い払おうとしたんだけどよ……アイツ、『ジルベルタ殿下に関わる重要なことですので』なんて抜かしやがったから、俺も聞くしかねえ。


 しょうがねえんで、話を聞いてやった。

 そしたらよ。


『ルアーナがルートヴィヒ殿下の毒殺を図り、失敗に終わりました』


 なんて言いやがったんだよ。


 いや、いくら単純な俺でも、最初は疑ったんだけどよ。

 それでも、『ルアーナはジルベルタ殿下のために、命がけで……』だの、『あの“醜いオーク”はジルベルタ殿下を騙し、手篭めにした最低の男なのです』だの、泣きながら訴えられちまったら、その……何も言えなくなっちまった。


 んで、アイツはとどめとばかりに、『ルアーナの想いを汲み取ってあげてください。全ては、マッシモ殿下のために……』って言いやがってさあ……俺は、どうにも自分を抑えられなくなっちまった。


「……あとはテメエも知ってのとおり、この地下牢に乗り込んでいったらジルとテメエ等がいて、勘違いされて俺は親父と一緒に牢屋にいるってワケだ」

「ええー……」


 マッシモ王子の話を聞き終え、僕は呆れて変な声が出てしまった。

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