ただいま戻りました

(ここは……どこだろう……?)


 気づくと、僕は暗闇の中にいた。

 周りには何もなく、ただ、どこまでも暗闇が続いているだけ。


 当然、僕以外には誰もいない。


(イルゼー、カレンー……って、呼んだところでいるはずがないかあ……)


 暗闇を見つめながら、僕は肩をすくめた。

 だけど……どうして僕は、ここにイルゼ達がいないって決めつけたんだろう?

 というか、そもそもなんで僕だけ、こんなところに一人でいるんだ?


 不思議に思い首をひねるも、考えてもしょうがないしここにいてもどうしようもないので、とりあえず気のおもむくままに暗闇の中を歩いてみる。


 どれくらい進んだだろう。

 景色が暗闇でしかないので全然分からないけど、時間にして三十分は歩いた……はず。


 すると。


(明かり……?)


 暗闇の中に、針の穴ほどの光が浮かび上がっていた。


(ひょっとしたら、何かあるかもしれない)


 僕は明かりを目指し、足早に歩く。

 ちょっとした高揚感と、ちょっとした不安。


 そんな二つの感情を抱えながら進んでいくうちに、明かりは徐々に大きくなる。


(あれ、は……)


 かなり近づくと、明かりの中に誰かがいる。

 そのシルエットは、普通の人よりもかなり大柄の男性みたいにも見える。


(そのー、すみませーん)


 明かりの中の人に近づき、おずおずと声をかけてみる。

 でも、その人は僕を無視するかのように反応することもなく、膝を抱えて肩を震わせていた。


(あ、あの……っ!?)


 さらに近づき、よりはっきりと見えるようになったその人に、僕は声を失う。

 だって。


 ――それは、痩せる前の僕……ルートヴィヒだったのだから。


(ど、どうして……?)


 理解が追いつかず、僕は思わず動揺した。

 僕がルートヴィヒだから、ここにルートヴィヒがいるはずない。


 なのに、目の前の彼は確かに僕……ルートヴィヒで……。


 その時。


(っ!?)


 ルートヴィヒが、くるり、と振り返った。

 彼はそのとび色の瞳で、まるで粘着するかのように、じとり、とした視線を送る。


 あの『醜いオークの逆襲』での、ルートヴィヒのスチルの瞳そのものだ。


(オマエ……誰だ?)

(っ! そ、それは僕の台詞セリフだよ! 僕はルートヴィヒなのに、どうしてルートヴィヒが!)

(デュフフフ……面白いことを言う。ルートヴィヒは僕で、オマエは僕なんかじゃない)


 コイツ、何を言っているんだろうか。

 僕は正真正銘、ルートヴィヒ=フォン=バルドベルク。それは間違いないんだ。


(鏡、見てみろ)

(鏡……?)


 突然、僕の目の前に鏡が現れる。

 そこに映っていたのは。


(ぼ、僕……)


 ――転生する前の、前世の僕の姿だった。


 ◇


「…………………………ハッ!」


 驚きのあまり目を見開くと、そこには見知らぬ天井があった。

 こ、これは一体……って!?


「ルートヴィヒさん!」

「わっ!?」


 突然、上から誰かが覆い被さった。

 この声、それにこの白銀の髪…………………………って、ええ!?


「ナ、ナタリアさん!?」

「ルートヴィヒさん……よかった……っ」


 どうして聖女がここにいて、何で肩を震わせて泣いているのか、全然理解できない僕は、絶賛混乱中なんだけど。

 というか、そもそも僕はルートヴィヒじゃなく前世の姿……二階堂にかいどうるいの姿だったはず。


「グス……ルートヴィヒさんは、毒を盛られて死の淵を彷徨さまよっておられたんです……」

「毒!?」


 ええー……どうして僕が、毒なんかを?

 しかも、毒を盛られたってことは、毒を盛った奴がいるってことなんだけど…………………………あ。


 ようやく、少しずつ思い出してきた。

 僕は、ジル先輩とイルゼ、カレンの四人で、夕食に出てきたオードブルを食べて、急に目の前が真っ暗になって……。


「そ、そうだ! イルゼは!? カレンも!」


 毒を盛られたということは、二人だって同じはず。

 もし二人が……イルゼが毒で死んだなんてことになったら、僕は……僕は……っ。


「ルイ、様……」

「マスター……」


 見ると、二人は床に土下座し、額をこすりつけていた。

 無事な様子に安堵するも、こ、これってどういうこと!?


「ちょ、ちょっと二人とも!?」

「……私達は従者であるにもかかわらず、ルイ様をお守りすることができませんでした。どうか、私達に罰をお与えください」

「……ん、ごめん」


 どうやら、僕が毒を口にしてしまったことに責任を感じてしまったみたいだ。

 本当に、もう……。


「ねえ」

「「っ!?」」

「顔、上げてよ」


 ビクッと身体を震わせた二人は、おずおずと顔を上げる。

 二人の瞳には、ただただ申し訳なさと、守れなかった口惜しさと……そして、恐れ・・うかがえた。


「ルートヴィヒさん、まだ無理をしてはいけません」

「大丈夫」


 ベッドから降りようとしたところを止める聖女を手で制し、僕は二人の前に立った。


 そして。


「……二人が無事で、本当によかった」

「「あ……」」


 僕はひざまずき、両手を大きく広げて二人一緒に抱きしめた。

 だって、誰かは知らないけど僕が狙われたせいで、大切な二人に危険が及ぶところだったんだから。


 そんなことになったら、僕はそれこそショックで死んでいたかもしれない。


「あ……ああ……ルイ様……ルイ様あ……っ」

「マスタアアアアア……ッ」


 泣きじゃくる二人に『ごめんね』とささやいて、僕はその髪を優しく撫でた。

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