稼働停止。行動不能

「ほら、どうした! もう終わりか!」

「……うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい!」


 カレンは幾度となく大量の【ファイアボール】を放つけど、僕はそれを全部“繁長しげながの鉄盾”であっさりと防いでしまう。

 あの無表情で人間味を一切感じなかった彼女の面影はどこにもなく、ただ、怒りと悲しみ、苦しみをないまぜにしたような、そんな形相を浮かべている。


 ハイライトの消えたアメジストの瞳にも光が宿り、今のカレンは、『魔導兵器』なんかじゃなく、まさしく一人の人間だった。


 でも……終わりは、突然やってくる。


「……うるさい、うるさい、うるさい、うるさい……うる、さ……い……う……」

「…………………………」


 膝から崩れ落ち、カレンは前のめりに倒れ、稼働を停止した。


「この勝負……僕の勝ちだ」


 僕は動かなくなった彼女のそばに寄ると、うなじに右手を回す。

 少し強く握った瞬間、パキン、と乾いた音が鳴った。


「ルイ様!」

「イルゼ……」


 誰よりも早く飛び出したイルゼは、猛スピードで僕のところまでやって来て、胸の中に飛び込んできた。


「ルイ様……ご無事で、何よりでした……っ」

「あはは、当然だよ。ジル先輩からもらったこの盾だってあるし、それに……君を心配させるわけにはいかないからね」

「あ……は、はい。そのとおりです。これからも、私を安心させてください」

「うん」


 胸の中から藍色の瞳でのぞき込むイルゼに、僕は強く頷いた。


「ルートヴィヒ!」

「ルートヴィヒさん!」

「ルー君!」


 オフィーリア達四人も、遅れて駆け寄る。

 訓練場の端を見ると、カレンの魔法攻撃を受けた教師達も、無事回復しているみたいだ。


「みんな、ありがとう。何とか勝てたよ」

「何を言う! ルートヴィヒの完勝だったではないか!」

「わっ!」


 満面の笑みを浮かべながらバシバシと僕の背中を叩く、ご機嫌なオフィーリア。

 とりあえず痛いので、もっと優しくしてほしい。


「ジル先輩、この盾のおかげで無傷でした。ありがとうございます」

「えへへ……君の役に立てて嬉しいよ。でも、あまり無茶しちゃ駄目だよ?」

「あははー」


 はにかむジル先輩に、僕は誤魔化すように笑った。

 これからも、バッドエンドのフラグを折るために無茶する機会ありそうだしなあ。


「それで……このカレン王女はどうしますか?」

「どうするって、それは……」


 地面に横たわるカレンを、僕はチラリ、と見やる。

 そうだね……このままにしておくわけにはいかない。


 もちろん、イルタニアにも渡せない。


「……残念ですが、これは……」

「待て」


 僕は視線を落とし、聖女に答えようとしたところで、しゃしゃり出てきた男子生徒が一人。

 もちろん、イスタニア魔導王国の第一王子でカレンの兄、セルヒオだ。


「そこにいるのは、我が妹にしてイスタニア魔導王国の第一王女、カレン=ロサード=イスタニア。“醜いオーク”が気安く触れようとするな」

「ハア……そんなくだらないことを言いにきたのか?」


 場違いな登場に、僕は苛立ちを隠さず、吐き捨てるように言った。もちろん、セルヒオは他国の王族であるのに、敬語を使うことも忘れて。

 というか、コイツも最初から僕に対して無礼な物言いと態度だったんだから、とやかく言われる筋合いもないんだけど。


「悪いがこんな真似をしでかした以上、帝国として彼女の身柄を拘束する。かなりの負傷者も出たんだ。最悪、極刑も覚悟しておくんだな」

「っ! ふざけるな! 他国の王族にそのような所業、まかり通ると思っているのか!」


 ああもう、うるさいなあ。

 大体、カレンが暴走状態になってから今まで、兄である貴様はどこにいたんだよ。


 まあ、貴様がカレンを強制的に暴走状態にしたんだから、どうなるか結果が分かっている以上、逃げ出すことは分かっていたけど。


「言っておくが、この件に関しては貴様もただで済むと思うな」

「っ!? 何だと!」

「当たり前だろう。今回の彼女の行動で、イスタニア魔導王国が帝国の未来を担う子息令嬢……いや、ここには貴様達以外にも、他国の王族がいるんだ。そんな彼等が危険にさらされた。彼等を預かっている帝国の責任と威信にかけて、絶対に原因を明らかにする」

「…………………………」


 忌々しげに僕を睨みつけるセルヒオ。

 だが、そんな顔をしたところで無駄だ。


 ソフィアの従者トーマスがやらかした時よりも、今回はもっと状況は酷いんだ。


「イルゼ。衛兵にカレン王女を拘束するよう伝えてくれるかな」

「かしこまりました」


 イルゼはうやうやしく一礼すると、駆けつけていた衛兵に指示を出す。

 まだ意識を失ったままのカレンに、衛兵が手をかけようとしたところで。


「ま、待て! このような真似をして、本当に後悔しないのだな!」


 見苦しくも、セルヒオが顔をゆがめながら吠える。

 これで脅しをかけているつもりなら、馬鹿だとしか言いようがない。


「ああ、後悔しない。言っておくが、今回のことについては学院の生徒の家族……つまり、他国にも全て報告し、明らかにするから。むしろ、イスタニアの今後について心配しろ」

「っ!?」


 フン、今さらそんな慌てた顔をしても、もう遅い。

 なんでこの帝立学院でカレンを暴走させようと思ったのか、ソフィアとの会話の意味を含め、その目的は現時点では分からないが、後悔するんだな。


「連れて行け」

「はっ!」


 衛兵が、今度こそカレンを連れて訓練場を……って。


「あぐあッッッ!?」

「妙な動きをしないでください。折りますよ?」


 いつの間にかセルヒオの背後についていたイルゼが、彼の手を締め上げた。


 ――カラン。


 セルヒオの手から滑り落ちたものが、地面に転がる。


 それは……スマホくらいの大きさの、金属製の板だった。

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