兄VS妹、元婚約者VS醜いオーク

「ルイ様……大丈夫、ですか……?」


 対戦相手があのソフィアだからか、イルゼが心配そうな表情で見つめる。

 んー……確かに入学式の日、僕はルートヴィヒの記憶によってかなり感情を揺さぶられてしまった。


 前世の僕の人格的には、ソフィアなんてただの一人のヒロインに過ぎないというのに。


 でも、イルゼがこんなに心配するのも頷ける。

 実際、僕の中には未だにソフィアへの感情がくすぶっていることも間違いないのだから。


 だけど。


「あはは、もちろん大丈夫だよ。所詮、あれ・・は過去の出来事で、今の……いや、これからの・・・・・僕には、どうでもいいことだから」


 そうだとも。あの“醜いオーク”の僕と、今の僕は違うんだ。

 イルゼがいて、オフィーリアがいて、聖女がいて、クラリスさんがいて、ジル先輩だっている。


 僕は……この、大切な人達と一緒にへ進むよ。


 だから。


「いい機会だ。決着……つけようか」

「…………………………」


 対峙するソフィアを見据え、僕は告げる。

 対戦相手が誰になるか決まる前に考えていた、試合開始直後の棄権はもうやめだ。


 だったら、前世の記憶を取り戻してからの、僕の全て・・を見せつけてやろう。

 侮辱され、嫌われ、避けられて引きこもり、肥え太っていた“醜いオーク”はもういない。


 僕は、ルートヴィヒ=フォン=バルドベルク。

 大切な仲間達と一緒に、『醜いオークの逆襲』という鬼畜系同人エロゲのシナリオを破壊する喪男だ。


「フン。この“醜いオーク”は、一体何を言っているのだ? 決着も何も、そもそもソフィア殿下が貴様など歯牙にもかけるはずがないだろう」

「ウフフ……そうね。どれだけ見た目・・・を取りつくろったところで、その中身はぶくぶくと欲望が肥え太り、女であれば見境なく欲情し、暴虐の限りを尽くすオークそのものですものね」


 セルヒオは鼻を鳴らし、ソフィアはクスクスとわらう。

 まあ、所詮はそんな評価だよね。知っているよ。


 だけど。


「ププ、入学式の日の舞踏会で、そんな“醜いオーク”の僕をダンスに誘ったのはどこの誰だっけ?」

「っ!? …………………………」


 あはは、それはもう全力であおってやったよ。

 普段は喪男だから争いごとなんて苦手だけど、今は忌々しげに睨むソフィアの視線が心地いい。


 だからさ、僕の中のルートヴィヒ。

 頼むから、この試合が終わるまでは絶対に・・・出てくるな・・・・・


「カレン殿下、一緒に頑張りましょう」

「…………………………」


 コミュニケーションを取ろうとするも、カレンはプイ、とそっぽを向いてしまった。

 ウーン……試合開始前から前途多難。


「ルイ様!」


 舞台のそばで、必死に応援してくれるイルゼ。

 そんな誰よりも大切な女性ひとに向け、僕は高々と右手を掲げた。


「では……はじめ!」


 試合開始の合図が、審判を務める教師の口から告げられた。

 さあ……始めようか。


「フン……なんだ、少しでも生き永らえようと、双剣をやめてに持ち替えたか」

「僕が双剣使いだって、よく知ってるじゃないか。ひょっとして、僕のことが好きなのかな?」

「ハッ! 馬鹿も休み休み言え!」


 ちょっと揶揄からかっただけで、これでもかと顔をしかめるセルヒオ。

 いやいや、あおり耐性低すぎじゃない?


 そんなことよりも。


「あのー……カレン殿下、第一試合の時と同じように、ちゃちゃっと魔法で仕留めてくださっていいんですよ?」

「……指図しないで」


 ええー……メッチャ冷たいんだけど。

 まあ、最初から彼女に期待なんてしてないけどね。本当だよ?


 だけど、これは困ったぞ。

 僕は双剣スタイルでもやっと凡人レベルの攻撃しかできないのに、片手剣スタイルになったことでさらに攻撃力が低下している。


 カレンの魔法が期待できないとなると、いよいよ持久戦を覚悟しておこう。


 すると。


「ウフフ……【アイスバインド】」

「っ!?」


 僕目がけて、氷の塊が襲いかかる。

 先制攻撃はソフィアからだった。


 ――があんッッッ!


 構えた盾に氷がぶつかり、衝撃音が訓練場に響き渡る。

 でも……あはは、さすがはジル先輩の盾だ、音は派手だったけど、ほんの僅かの衝撃すら感じなかったよ。


「……その、かなりの性能のようね」

「どうだろ?」


 馬鹿だなあ。わざわざ手の内をさらすようなこと、言う訳ないじゃん。


「フン! ならば、そんな盾すらも破壊するほどの攻撃を見せてやれよいだけだ!」

「っ!」


 セルヒオは剣の切っ先を僕に向けると、もっとも・・・・らしく・・・魔法詠唱を始めた。

 だけど、前世で『醜いオークの逆襲』を完クリした僕は知っている。


 アイツの持っている剣……いや、剣に見えるものは、“コラーダ”と呼ばれるイスタニア魔導王国製のロッドだ。


 その固有能力はというと。


「食らうがいい! 【フレアランス】!」


 十本の炎の槍が空中に現れ、一斉に僕へと射出される。


 でも。


「よっ……と」

「っ!?」


 僕はその炎の槍をかわし、防ぎ、右手に持つ双刃桜花の一振りで断ち切る。


 この【フレアランス】、炎属性魔法ではあるけれど、物理判定があるから普通に剣や刀で対処可能なんだよね。

 それに、十本出現しようが攻撃判定としてはただの連続攻撃扱いだから、攻撃してくる箇所も一点だけだし、追尾能力があるわけでもない。


 実際、『醜いオークの逆襲』でもモブユニットである『魔導兵』のノーマル装備だし、商人から結構安い値段で購入可能だ。

 つまり、大した武器じゃないってことだね。


 まあ、まだゲームの本編が始まる四年前だし、この時点ではイスタニア魔導王国における最先端の技術を駆使した武器なのかもしれないけど。


「ば、馬鹿な……っ」


 結局、炎の槍が一発も被弾しなかったことで、セルヒオはおののく。


 いやいや、ちょっとレベル低すぎじゃない?

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