無視を決め込んで……無理でした

「どうだった?」

「ぐぬぬ……おのれ、これは私に対する挑戦と見た!」


 今日は期末試験当日。

 筆記試験が終わり、教室を出て声をかけてみたんだけど……ああ、はいはい。オフィーリアは駄目だったんだね。


「うふふ……最後の問題だけは解けませんでしたが、それ以外は全て解答しました。ルートヴィヒさんはどうでした?」

「僕? とりあえず、全問答えは記入したよ」

「さすがはルイ様です」


 隣にいるイルゼが、どこか誇らしげに頷く。

 あはは、僕もイルゼの主人として、恥ずかしくないようにしないとね。といっても、“醜いオーク”だから周囲の評価は最底辺ではあるけれど。


「この鬱憤うっぷん、午後の実技試験で晴らしてくれる……っ!」

「あ、あははー……」


 うわあ……対戦相手にはご愁傷様としか言いようがない。

 僕も、オフィーリアと当たることだけはないように祈っておこう。


「それより、お昼に備えて早く食堂に行こう。お腹がこなれてないと、思うように動けなくなってしまうしね」

「ええ、そうですね」


 ということで、僕達五人は食堂へやって来ると。


「あれは……」


 食堂の一番奥の席の片隅で、一人ポツン、と食事をしている女子生徒。

 イスタニア魔導王国の第一王女、カレンだ。


 気になるところではあるけれど、聖女の忠告もあることだし、関わらないようにしよう。

 そう思い、僕はわざとカレンから対角線上に離れた席に陣取った。


「あ! ルー君!」

「ジル先輩」


 まるで見計らったかのように食堂に現れ、聖女を押し退けてすかさず僕の隣の席に座るジル先輩。

 さすがにそれはどうかと思うものの、こんな少年のようなキラキラした瞳をしながら嬉しそうにされると、叱るに叱れない。


 それと。


「え、ええと……ジル先輩、その方は?」

「え? ああー……もう、学院では近づかないでって言ったよね?」

「申し訳ございません」


 ジル先輩が肩を落とし、そばにいた綺麗な女子生徒をジト目で睨んだ。


「彼女は“アリーナ”。父様と兄様が『どうしても』って言うから仕方なくついた、ボクの従者だよ」

「アリーナと申します」

「あ、ぼ、僕はルートヴィヒです。どうぞよろしくお願いします」


 カーテシーをするアリーナさんに、僕は席を立ってペコリ、とお辞儀をする。

 なんとなく、雰囲気がイルゼに似てるなあ。ひょっとしたら、イルゼと同じように暗殺者だったりして。


 はは……まさかねえ……。


 その時。


 ――ガシャン。


「フン、貴様がいるせいで食事が不味くなる」

「…………………………」


 食堂内に突然食器が割れる音が響き、見るとカレンの前に一人の男子生徒が忌々しげな表情で立っていた。

 そのカレンは、無表情で頭から今日のランチに添えられているスープを浴びている。

 あれは……。


「……誰?」

「……彼はイスタニア魔導王国第一王子、“セルヒオ=ロサード=イスタニア”です」


 首を傾げる僕に、聖女が耳打ちしてくれた。

 でも、その表情を見るにカレン同様、決してよくは思っていないみたいだ。


 だけど……ウーン、『醜いオークの逆襲』で、あんなキャラいなかったよね?

 モブユニットもスチルも、何ならカレンのプロフィールにも…………………………あ。


 そういえば、同人サークルのブログで、発売前の事前情報の紹介としてちょっとだけ設定が書いてあったな。

 確か、イスタニア魔導王国には後継者がいたけど本編開始前に既に死亡しており、その双子の妹であるカレンが王太女になったと。


 ゲームのノーマルモードを初めてクリアした後に、達成感の余韻に浸りながらそれを読んだ時は、何とも皮肉だなと思いつつ、ちょっとやるせない気持ちになったのを覚えている……って。


「え、ええとー……ナタリアさん?」

「ルートヴィヒさん、駄目ですよ」


 いつになく真剣な表情の聖女が、僕の制服の端をつまむ。

 あの二人のいざこざに介入するな、そう言外に告げていた。


「あはは、もちろんですよ。少なくとも、僕には関係のない話です」


 僕は苦笑しながら、肩をすくめる。

 カレンの境遇には同情しかないけど、悪いけど家族間の問題にまでかかわるのはおかしいからね。


「さあ、早く食事を済ませよう。もたもたしてたら、午後の実技試験に差し支えるよ」

「はい……そうですね」


 僕は極力カレンのいる席を見ないようにしながら、手早く食事を済ませる。

 済ませる……済ませる……んだけど。


「何とか言ったらどうなのだ。この、出来損ない・・・・・ガラクタ・・・・が」


 ……何というか、耳障りだよね。


 ――ドンッッッ!


「「「「「っ!?」」」」」

「ああもう、ここは食堂なんだよ。喧嘩ならよそに行ってくれないかな」


 どうにも苛立ちを覚えてしまい、よせばいいのに僕は怒りに任せて思いきりテーブルを叩いてしまった。

 ただでさえみんなから嫌われているから、僕としては大人しくしたかったのになあ……チクショウ。


「貴様……名を……っ!?」

「今さら名乗らなくても分かるだろう?」


 怒りの形相で振り向いたセルヒオだけど、僕を見た瞬間、目を見開いた。


「……フン。“醜いオーク”風情が」

「はいはい、そりゃどうも。とにかく、うるさいからどこかに行ってくれない? それとも、イスタニアでは家族にスープをかけたり、食器を割ったり、騒いだりするのがマナーなのかな?」

「…………………………」


 あおるように言い放ってやると、セルヒオは忌々しげな視線を僕に向ける。知ったことじゃないけど。


 そして。


「……フン」


 セルヒオは鼻を鳴らし、食堂を出て行った。

 とりあえず目障りな奴はいなくなったけど、それと引き換えにその他大勢の生徒達から突き刺さるような視線を受けておりますが何か?


 しかも、聖女がメッチャ睨んでいるし。

 まあ、忠告をまるっきり無視した形になっちゃったからなあ……こればかりは、甘んじて受けることにしよう。


 でも。


「……やっぱり、ルイ様ですね」

「えへへ……うん、ルー君はそうじゃなきゃ」

「そうだな、そのとおりだ」

「はい」


 聖女とジル先輩の従者を除く他の四人は、そんな僕を見て優しく微笑んでくれた。

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