いざ、貧民街へ
「いかがかしら?」
僕の様子を見て、調査結果に大満足していることが分かったんだろう。
お姉さんが、少し得意げに尋ねる。
「期待以上です! 帝国の情報ギルドが、ここまで優秀だとは思いませんでした!」
「んふふ、それはよかったわ」
「それで、このリストにあるブルーノという青年についてなんですが……」
「ええ、もちろん用意してあるわ」
お姉さんは、別の羊皮紙の束をテーブルに置く。
内容を読むと、これもブルーノという青年の
「ま、待ってくれ。私達にもその調査結果を読ませてくれ」
「あ……そうだったね、ごめんごめん」
苦笑するオフィーリアに、僕は頭を掻きながら羊皮紙の束を手渡した。
「ふむ……これは……」
「あらあ……」
調査結果を見た後、申し訳なさそうな表情で僕を見るオフィーリアと腹黒聖女。
自国の公爵令嬢が他国のスパイを手引きしたことが赤裸々に記されているのだから、留学で他国から来ている二人からすれば、ある意味帝国の恥部を見たようなものだからね。
まあ、一応僕は皇太子ではあるものの、一切気にしてないから構わないんだけど。
「だけど、まさかルートヴィヒ殿下からの依頼で、こんな情報をつかむことができるなんて思わなかったわ」
「あはは……僕としても少し予想外でした」
といっても、予想外なのはエレオノーラとベルガ王国の繋がりのほうだけど。
だって、そんなこと『醜いオークの逆襲』では明らかになってなかったから。
でも……今から考えると、真っ先に
ゲーム本編でもエレオノーラは公爵令嬢のままだったし、革命を起こすだけの経済力も人材も、どちらも持ち合わせているとは思えないから。
「それで、いかがしますか?」
「……この調査結果次第ではあったんですけど、次にやるべきことは最初から決めてあるんです」
「そうなんですか?」
「はい」
少し驚く腹黒聖女に、僕はゆっくりと頷く。
そう……この調査によって明らかになった貧民街の青年ブルーノこそ、革命を主導する“反バルドベルク同盟”のリーダーなのだから。
「そういうことだから、ちょっと面倒だけど一旦寄宿舎に帰って、各自武器を持ってもう一度街に繰り出そう」
「「「「っ!?」」」」
そう告げた瞬間、イルゼと無関係のお姉さんを除く四人が一斉に息を呑んだ。
「ま、待てルートヴィヒ! 武器なんて用意して、一体何をするつもりなんだ!?」
「あー……ごめんごめん、言い方が悪かったね。武器を持つのは、あくまでも
「「「「護身用!?」」」」
「うん」
また驚きの声を上げた四人に、僕は頷く。
といっても、僕だけは
「その……ルートヴィヒさんは、私達をどこに連れていこうと考えているんですか……?」
「貧民街ですよ」
おずおずと尋ねる腹黒聖女に、僕は笑ってみせた。
◇
「うわあ……汚いし臭いね……」
寄宿舎に一旦戻った後、貧民街にやって来た僕達はそのあまりの臭いにハンカチで鼻を覆う。
「こ、こんなところに来て、その……エレオノーラ会長はブルーノという者と接触したのか……」
「そうでしょうね……」
あははー、オフィーリアとクラリスさんが臭いに耐えかねてメッチャ顔をしかめてる。
せっかくの美人が台無しだなあ。
それに引き替え。
「ルイ様、どうかなさいましたか?」
「い、いや、何でもないよ」
「?」
イルゼときたら、ハンカチで鼻と口元を押さえてはいるものの、表情に変化がない。これこそ、彼女がプロフェッショナルだっていう証明なんだろうね。尊敬しかない。
そして……意外にも、腹黒聖女が平気な顔をしているんだよね。
この二人もオフィーリアと同様、絶対に耐えられないと思ったのに。
「うふふ……このような貧民街にお住いの方々への救済は普段から行っておりますので、慣れているんです」
「そ、そうですか……」
僕の考えを読み取った腹黒聖女が、クスクスと笑いながら答えてくれた。
というか、意外と聖女らしいことをしている事実に驚きなんだけど。
でも、それならどうしてこのバティスタは、こんなにつらそうにしているんですかね?
つまりは、普段から救済活動とかしてないってことだろうな。聖女お付きの聖騎士なのに。
「そ、それでルートヴィヒ、そのブルーノという男はどこにいるのだ?」
「ええと……この路地の突き当たりにある建物みたいだね」
「で、でしたら急いで接触して、すぐにここから出ることにしましょう」
オフィーリアとクラリスさんに急かされ、僕達は足早にブルーノの家へとやって来た。
でも。
「……留守みたいだね」
ノックをしても返事がなく、ブルーノはどこかへ外出しているみたいだ。
さて、どうしようかな……。
「ルイ様、よろしければ私がここで見張っておきますので、寄宿舎へお戻りに……」
「駄目だよそんなの。それなら僕も一緒にここに残るよ」
「で、ですが……」
イルゼは気を遣って言ってくれているけど、彼女一人にだけ大変な思いはさせたくない。
それにこれは、バッドエンドを回避したい僕自身のためなんだから。
「ここは僕とイルゼで帰りを待つから、オフィーリアやナタリアさん達は先に戻っていてもらってもいいかな?」
「う……いやいや、ここまで来たのだから私達も待つぞ」
「うふふ、そうですよ。それに、ここは貧民街。治安も悪いですし、予想外のことが起きてしまうことだってありますから」
どうやら四人も、ここに残ってくれるみたいだ。
本音を言うと、僕とイルゼの二人だけだと不安だったから、すごくありがたい。
「みんな、ありがとう……」
「き、気にしないでくれ。なあに、この臭いも、慣れればどうということはない」
「ぷ……あはは! そんなこと言ってるけど、ますます顔をしかめてるじゃないか!」
「わ、笑うな!」
みんなの気持ちが嬉しくて、このはきだめのような貧民街で僕は声を出して笑った。
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