また、一緒に飲もうね

 食堂(情報ギルド)を後にした僕達は、細い路地を抜けて大通りに戻ってきた。

 空は既に茜色に染まっていて、早く帰らないと学院に帰る時には夜になるかもしれない。


 だけど。


「…………………………」

「…………………………」


 僕とイルゼは、手に持つ『季節のフルーツのフラペチーノ』のトールサイズを、さっきからずっと見つめていた。


「あ、あははー……ストローが二本刺してあるってことは、一緒に飲めってことだよね……」

「はい、そのとおりだと思います。むしろそれ以外には考えられません」


 まじまじとフラペチーノを見つめるイルゼは、少し興奮気味なご様子。

 まあ、前世でも有名カフェスタンドチェーンのフラペチーノは女子に人気だったからね。イルゼだって女の子だし、興味を持っても不思議じゃない。


「じゃ、じゃあ、さすがにこうやって歩きながらだと飲みづらいし、その……どこかで座りながら飲むことにしようか」

「! 是非そうしましょう!」


 ということで、どこか適当に座れる場所はないかと探していると。


「あ、あそこにしよっか」

「はい」


 大通りの中央に、おあつらえ向きに大きな噴水があったので、そのふちに座ることにした。


「ど、どうぞ……」

「はい……ありがとうございます……」


 慣れないなりに、噴水のふちにハンカチを敷いてイルゼを座らせ、僕はその隣に座った。

 実践経験はゼロだけど、いざという時のために予習とシミュレーションだけは常に怠らなかったのだ。


 前世で読んだハウツー本、無駄にならなくてよかったよ。


「で、では……」

「はい……」


 緊張のあまり、まだストローに口をつけていないにもかかわらず、ごくり、と喉が鳴る。

 でも……今の音、ひょっとしてイルゼも唾を呑み込んだ……?


 そして。


「「っ!」」


 お、美味しいぞ、これ!

 情報ギルドのフラペチーノなんて一切期待してなかったけど、これは病みつきになりそう。


「イルゼ、美味しいね!」

「はい!」


 笑顔でそう告げると、イルゼも同じく笑顔で返してくれた。

 そんな綺麗な彼女が夕陽に照らされながら、今、僕の隣にいるなんて……これなんて奇跡?


 このままだと僕は“醜いオーク”として死ぬ運命だけど、それでも、この世界に転生してよかったな。

 だって、こんなに可愛いイルゼが、僕の従者としてそばにいてくれるんだから。


「そ、その……ルイ、様……?」

「へ……? あ、ああいや、その……ごめん……」


 イルゼに少し困ったような表情で声をかけられ、僕は我に返った途端、恥ずかしさのあまり謝りながら顔を逸らした。

 ああもう……今の僕、絶対に顔が真っ赤だよ……。


 だけど……楽しいなあ。

 イルゼにとっては従者としての仕事の一環でしかないだろうけど、なんだか本当にデートしているみたいだ。


 デートした経験、一度もないけど。


 い、いやでも、ラブコメラノベとか漫画でこういうシーンをメッチャ読んできたし、何ならアニメとかゲームでも経験済みだし。知識だけなら負けないから。


「うん……本当に、デートみたいだよね……」


 やっぱり嬉しくて、僕はまた同じことを考えながら顔を綻ばせる……んだけど。


「え、ええと……イルゼ、どうしたの?」

「あ、あうあうあう……」


 何故かイルゼはあわあわしていて、夕陽なんかよりももっと顔が赤くなって、それでいて藍色の瞳がすごく潤んでいて。

 ヤバイ、アニメ化したラブコメヒロインなんかの数百倍……いや、数億倍可愛い。


 これが、二次元と三次元の差なのか……って、イルゼは元々同人エロゲのヒロインなんだから、二次元……いやいや、ここは現実だから三次元……あれ? どっちだろう?


 でも。


「「あ……」」


 僕もイルゼも、空になった紙コップの底を眺め、声を漏らした。

 楽しかった時間は、フラペチーノがなくなると同時に、終わりを告げてしまったんだ。


「あ、あはは! なくなっちゃったし、そろそろ寄宿舎に帰ろうか!」


 寂しさを紛らわすために、僕は明るく大きな声で、笑顔を作りながら精一杯おどけてみせた。


 すると。


 ――ギュ。


「あ……」

「そ、その……帰るまでがデート・・・、ですから……」


 恥ずかしそうにしながら、僕の手を握ってくれたイルゼ。

 だ、だけど今、『デート』って言った……?


「さ、さあ、帰りましょう! 遅くなっては、明日の朝のトレーニングに響いてしまいます!」

「あっ、ちょっ!?」


 強めに手を引かれ、慌てて足並みを揃えて隣を歩く。

 た、多分聞き違いだと思うけど、それでも……万に一つでも、イルゼもそう思ってくれたんだったら、その……嬉しいなあ。


「ねえ、イルゼ」

「は、はい……」

「次に情報ギルドに行った時も、フラペチーノ、一緒に飲もうね」

「はい……必ず。約束、ですよ……?」

「うん……」


 僕とイルゼはお互いにギュ、と手を握りながら、いつもより少しゆっくり歩いて帰路に就いた。

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