喪男の僕には無理ゲーすぎる

「ルートヴィヒ殿下、何度も言うが貴殿には両手に刀を持つより、盾による防御を主体とした戦闘スタイルのほうが似合っていると思うのだが……」

「いいんです、これで」


 晴れやかな朝の寄宿舎の裏にある倉庫前。

 僕の双刃桜花を見て余計なお世話を焼いてくるのは、これで何度目だろうか。


「オフィーリア殿下、ルイ様にもっと言ってあげてください。私もそれは何度も指摘しているのですが……」


 頬杖をつきながら、イルゼが溜息を漏らす。

 というかイルゼとオフィーリアって、いつの間にか仲良くなっているよね? どういうこと?


「いいんです。たとえ向いていなくても、双剣スタイルで戦うことに意義があるんです」


 そうとも。たとえ二人が認めてくれなくても、僕はこのスタイルを貫いてみせるぞ。

 前世だって、片手剣やランスのほうがボスモンスターを楽に倒せたけど、それでも最後は双剣でマスターランクにまでたどり着いたんだから。


「ま、まあ、これ以上は何も言わないが……」


 どうやら、今日の・・・ところは・・・・渋々諦めてくれたみたいだ。

 明日になったら忘れて、また同じこと言ってくるけど。


「そういえばオフィーリア殿下、クラリス様から伺いましたが、また生徒達が来られたとか……」

「ああ。本当に、迷惑な話だよ」


 イルゼの問いかけに、オフィーリア殿下は苦虫を噛み潰したような表情でかぶりを振った。


 あの一騎討ちを行ってから一か月が経ち、僕達の周囲はそれなりに変化した。


 まず、僕は宣言どおり帝立学院を警備する兵士達に指示をして、主犯となるトーマスを司法の手に委ねた。

 その結果、トーマスはバルトベルク帝国から永久追放となり、路銀なども持たされず着の身着のままの状態で放り出された。


 西のベルガ王国とは反対の、東の国境へ。


 しかも、そのことはベルガ王国には伝えられておらず、ソフィアにも知らされていない。

 永久追放だから帝国内を突っ切って最短距離を進むこともできないし、帝国の領土は広大だからね。迂回するにしても故郷に帰るのに何年かかるのかなあ。知らんけど。


 次に、トーマスに迎合して騒いだ観客の生徒達についてだけど、案の定、彼等の実家に対して皇室から厳重注意がなされる程度で済んだ。

 でも、今回の失態で皇帝からうとまれることを恐れた実家サイドから、かなり厳しい処分を受けた生徒もいるみたいで、中には廃嫡の憂き目にあった子息令嬢もちらほら。


 そんな目に遭ってようやく理解したのか、生徒達は僕やイルゼに対する誹謗中傷や失礼な態度を取るようなことはなくなった。

 とはいえ、それは僕達に対して無視を決め込むようになっただけで、その視線は相変わらず感じ悪いけど。


 それよりも、一番不思議だったのはソフィアの扱いだ。


 トーマスは極刑を免れようと、取り調べで今回の顛末の一部始終を白状した。

 にもかかわらず、帝国はソフィアに対して処分どころかベルガ王国への抗議や皇室・学院からの注意すらなかったんだ。


 あの皇帝の性格なら、宣戦布告していてもおかしくないくらいなんだけどなあ……。


「ふう……一か月前の貴殿と私の戦いで何も見ていない、何も学んでいないのだから始末に負えんよ」

「あ、あははー……」


 深く息を吐いて肩をすくめるオフィーリアに、僕は苦笑いするばかりだ。

 だけど、確かに彼女の言うとおり何も学んでないよなあ。


 だって、あの連中ときたら、『“醜いオーク”に関わったら品位を損なう』だの『オフィーリア殿下は騙されている』だの、そんなことばかりオフィーリアに吹き込んでいるんだもんなー。

 というか、その会話が僕に筒抜けだとなんで思わないんだ? 馬鹿なのかな? 馬鹿なんだろうな。


「まあ、僕としては直接絡まれるわけではないので、陰口くらいは目をつぶりますよ」


 これがイルゼの悪口だったら、絶対に追い込んでやるけど。


 すると。


「うふふ、どうやら間に合いましたね」


 ……今日に限って、腹黒聖女まで参加してきたよ。


 この腹黒聖女、僕とオフィーリアの一騎討ち以降、こうやってたまに朝のトレーニングに顔を出すようになったんだよなあ。

 厄介なヒロインに目をつけられた……というか、絶対に裏があるとしか思えない。


「聖女様、日課のしゅミネルヴァへのお祈りはよろしいのですか?」

「もちろん、主へのお祈りは済ませております」


 イルゼが冷たい視線を向けながら抑揚のない声で問いかけるけど、腹黒聖女は意に介さない。

 というか、よくイルゼのあの絶対零度の視線に耐えられるなあ。僕なら確実に膝を抱えて震えて泣くのに。


「ルートヴィヒ殿下も、私がいたほうがよろしいですよね?」

「「っ!?」」


 いやいやいや!? 待って待って待って!?

 この腹黒聖女、なんで僕の腕にしがみついてくるの!?


「……本日はお日柄もよく、聖女様の命日に相応しいかと」

「せ、聖女様! 今すぐその汚らしい男からお離れください!」


 ニタア、と口の端を吊り上げながら、おもむろにダガーナイフを取り出すイルゼと、僕に剣の切っ先を向けながら騒ぐモブ聖騎士(バティスタ)。

 僕? 僕は腹黒聖女のお胸様と耳元への吐息ブレス攻撃という、厄介なデバフをかけられて身動き取れませんが何か?


 だけど。


「「「あっ!」」」


 何とかスタン状態から復帰して腹黒聖女から脱出すると、二振りの愛刀すらも置き去りにして腹黒聖女から逃げ出した。


 こんなの、喪男の僕には無理ゲーすぎる。

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