スピーチ程度じゃ評価は変わらないよね

「イ、イルゼ……もう、大丈夫だよ……」


 ようやく泣き止んだ僕は、もぞもぞと動きながら彼女の顔をのぞき込む。

 あ……イルゼ、泣いてる……。


「あ、あはは……僕なんかのために、君まで泣くことなんてないのに……」

「……泣いてなんかいません」

「わぷっ!?」


 苦笑しながら指摘すると、イルゼがプイ、と顔を逸らしながら、さらに抱きしめる力を強くしてしまい、僕は彼女の豊かな谷間に顔をよりうずめる格好になってしまった。

 く、苦しい……けど、このまま窒息して昇天するのも悪くない……って。


「ぷはっ!? イルゼ、苦しい!」

「あ、も、申し訳ありません!」


 我に返った僕は何とか顔を脱出させると、イルゼは慌てて手を外し、ひれ伏してしまった。


「だ、大丈夫だから、だから顔を上げて!?」

「い、いえ! 私は従者なのに、ルイ様に危害を加えるような真似を……!」

「お願いだよ! そ、それに、君は僕を慰めるためにしてくれただけじゃないか……僕が、どれだけ嬉しかったか分かるかい?」

「そ、それは……」

「だから、ね? お願いだから、そんなことをしないでほしい。僕は、君に救われたんだ……君が、僕の心を救ってくれたんだから」

「ル、ルイ様……」


 僕はなおもひれ伏したままのイルゼの身体を抱き起こし、精一杯の笑顔を向ける。

 優しく抱きしめてくれた、彼女への感謝の証として。


 君に救われたんだっていう、その証として。


「さて……そろそろ入学式が始まってしまうよ。急ごう」

「あ……」


 僕はイルゼの手を取り、会場となる講堂へ向けて走り出す。


 イルゼもまた、そんな僕の手をギュ、と握り返してくれた。


 ◇


「……余からの言葉は以上だ。皆の者、励むように」


 挨拶が終わり、オットー皇帝が護衛の騎士団長を従えて壇上から降りて立ち去る。

 それにより、緊張が走っていた会場の空気は、ようやく和らいだ。


「続いて、在校生の祝辞。“エレオノーラ=トゥ=シュヴァルツェンベルク”」

「はい」


 司会に促されて壇上に上がるのは、帝国最大貴族であるシュヴァルツェンベルク公爵家の令嬢、エレオノーラ。

 もちろん、『醜いオークの逆襲』の攻略ヒロインの一人だ。


 なお、ちゃんと彼女を攻略しておかないと、ストーリーの中盤で帝国内にクーデターが発生し、ルートヴィヒは処刑される『反乱エンド』を迎えてしまう。

 ……既に気づいていると思うけど、攻略方法はもちろんアレ・・なんだよなあ……うん、どうしよう。


「……それでは皆様とともに学べることを、楽しみにしております」


 生徒達の盛大な拍手を受けながら、壇上から下りるエレオノーラ。

 というか、彼女の攻略のことばかり考えていたせいで、この後の自分のスピーチへの心構えが全くできてなかった……。


「ルイ様、頑張ってください」

「う、うん……」


 イルゼに見送られ、僕は新入生をかき分けて登壇する。

 だ、大丈夫、スピーチの原稿は完璧だし、それをただ音読するだけでいいんだ。


 それに、ここにいるのは全部ジャガイモ……って、そんなわけないし。

 というか、みんなメッチャ見ているし、しかも、ほとんどの生徒は敵意むき出しだし。


 親子揃ってこんなに嫌われている皇族って、珍しいだろうなあ。


 そして……。


「……っ!?」


 驚きの表情を見せる、ソフィアが視界に入った。

 あはは、まさかさっきぶつかった相手が、自分が婚約を拒否した“醜いオーク”だったなんて、夢にも思わなかっただろうな。


 そんな視線を一身に浴び、逆に冷静になった僕は、今日のために用意したスピーチをしたためた羊皮紙を広げると。


「コホン……皆さん、はじめまして。“醜いオーク”、ルートヴィヒです」

「「「「「っ!?」」」」」


 そう切り出した瞬間、この講堂内が凍りついた。

 あははー、まさか僕がそんな自己紹介をするとは思わなかっただろうね。


「さて……おそらくここにいる生徒の皆さんは、僕のことが嫌いだと思います。そうですよね?」

「「「「「……………………………」」」」」


 問いかけられたところで、答える馬鹿なんているはずがない。

 そんなことをしたら、暴君の皇帝によって実家が取り潰しの憂き目に遭うだろうから。


 周辺諸国から留学した者達だってそうだ。

 既に僕の縁談を断ったせいで外交関係に亀裂が生じているのに、これ以上揉め事を起こしたくはないだろうしね。

 特に、一方的に婚約を拒否したベルガ王国は、多額の賠償金を帝国に支払う羽目になったんだから。


「でも……それは、仕方のないことだと思っています。だってそうでしょう? ここにいる皆さんは、本当の僕・・・・の姿・・を誰一人として知らないんですから」


 そう……直接面会したソフィアはともかく、婚約の申し出を断った周辺諸国は彼女の噂だけで僕の姿すら見たこともない。


 帝国内の貴族達にしたってそうだ。

 引きこもる以前は公式の場などであの醜い姿をさらしていたことは間違いないけど、それでも、僕とまともに会話をした人間なんて一人もいないんだから。


「ですので皆さんには、この学院で本当の僕・・・・を知っていただきたいと思います。その上で、本当に僕が見た目だけでなく心も“醜いオーク”なのか、これからの三年間でどうかご自身の目で、耳で判断してください」


 新入生、在校生を見渡しながらそう言うと、僕はお辞儀をして壇上から下りた。

 き、緊張したけど、最後までやり切ったぞ。


 でも……スピーチの前と一切変化はなく、生徒達は僕を馬鹿にしたような、さげすんだような視線を向けていた。


 まあ、それはこれから変えていくしかないよね。


 僕の、バッドエンド回避のために。

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