暗躍する魔法使い

晴海川 京花

第1話 便利屋

 俺は金さえ積めば、依頼された内容はなんでもやる便利屋だ。

 だがな、ただの便利屋ではない。

 そう、俺は魔法が使える。

 卑怯?

 いや違う。何故なら、この世界に住む人々は全員が魔法を使える。だから、これといって特別ではない。

 だけど、俺が依頼を受けるにはある絶対条件がある。

 それは、交渉中に於いて、いかなる理由があろうとも魔法を使用してはならない。この一つだけだ。

 これは、俺自身を守るためでもある。とは言っても、俺は使えるがね。

 臆病者?

 そう思いたければ思えばいい。

 過去に幾度となく魔法を使用しようとした奴らがいるが、その場合は即座に交渉は決裂。煙の如く、俺はその場から姿を消す。

 だがな、そんな俺でも頼まれた依頼は必ず成功させてきた。これは、俺の誇りでもある。

 でもな、俺には名前がない。

 何故かって?

 そりゃ、そっちの方が俺にとっては都合がいいからさ。事あるごとに名前を変えて、性格から人相をも変える。だから、本当の俺を誰も知らない。

 さてと、俺はこれから、依頼人と会ってくる。まぁ、会うと言っても、俺は相手に悟られぬよう、姿を見せずに声色を変えるけどな。

 今回も、どんな依頼が来るのか非常に楽しみだ。


 俺が依頼人との待ち合わせに選んだ場所は、人が好んで立ち入らぬ森林区の奥地だ。木々が邪魔をして、空からの光を遮断。そのため、昼間でもほんのりと薄暗い。  

 深夜ともなれば、魔法で光を灯さない限り、数メートル先までも見通せず、立ち入った者の方向感覚を狂わす。

 俺はその光が見えてくるまで、魔法で姿を消し、約束の刻限時間まで息をひそめて待っている。


 刻限の一午前一時。某所、森林区、奥地。

 約束の刻限時間が刻一刻と近づく。

 俺は大木の幹に身を隠し、周辺を警戒していると、ほんのりと小さく灯った複数の光が、木々の隙間から見え隠れしてきた。俺はすかさず声色を変えると、訪れた者へと交渉を持ちかけた。

「おい、そこで止まれ。ここから先は、一切の魔法の使用を禁ずる」

 相手は俺の指示通りに光を消し、その場で足をとめた。

「ほう。噂通りだな。魔法を使われるのが、そんなに怖いのか?」

「なんとでも言え。私は、警戒心が人一倍強いんでね」

「そう言うことにしといてやるよ。まぁ、こちらとしては、依頼を遂行してもらえれば文句は無い。頼めるな?」

「任せておけ。それでは本題に入ろう。あんたらの依頼内容を聞かせてもらおうか」

「いいだろう。依頼料は、前払いで五億。成功報酬で五億。合計十億。依頼内容は、魔法都市ケフェウスで魔法を使い、騒ぎを起こせ。それも、過去に類を見ない程の最大警戒レベル以上でだ。ただし、手下を使うな。必ず単独で実行しろ。金さえ積めば、どんな依頼でも引き受けるんだろ? 便利屋さん」

「……ほう。悪くない金額だな」

 俺は過去にも、幾度となく危ない依頼を受けてきた。  

 細心の注意を払い、正体を隠し、誰にも悟られることなく依頼を成功をさせてきた。だがその過程で、法律に反することもしてきた。要するに犯罪者だ。

 しかし、今回の件は俺の想像を遥かに超えている。全くの想定外。

 この世界では、二種類の魔法で分類されている。

 一つは、生活に欠かせない生活魔法。

 二つは、相手に危害を加える攻撃魔法。

 生活魔法の使用に制限は無く、罪に問われることはない。

 だが、攻撃魔法は別だ。

 一部の区域を除き一切の魔法の使用を禁じられている。もしも発動させた場合、詠唱中の段階で魔法警備隊によって身柄を拘束され、直ちに収監させられる。

 今回の依頼は、それを単独で行い、身柄をされぬよう警備隊を撹乱させ続けるということ。

 決行するのは至難の業。

 仮に出来たとしても、第一級の犯罪者になることは逃れられないだろう。それに加えて、世界中で指名手配犯になることは明白だ。今までとは、規模が違いすぎる。 

 しかも、今回は単独での行動。

 だからと言って、この依頼を断る訳にはいかない。

 依頼料は、過去最高で破格の金額。

 けれど、内容が内容だけに、提示された十億の金が安いようにも思える。

「どうした? 返事が帰ってこないが? こちらとしては、てっきり即答されると思っていたんだがな。さては、怖気付いたのか? でもな、あんたに拒否権はないんだぜ? それに、今みたいに姿を隠せば、簡単な依頼だと思うがな」

「あぁ、悪いな。少し考え事をしていた。分かった。その依頼、引き受けよう。日時は?」

「考え事ねぇ。まぁ、いいだろう。前金はここに置いておく。後で取りに来な。依頼の決行は本日の十二の刻限正午。期待してるぜ? 便利屋さん」

 依頼人はその言葉を最後に、その場から忽然と姿を消した。

 だが俺はこの時、依頼人に対し、初めて疑問を抱く。

 依頼内容もそうだが、問題視する点はその場で姿を消したことにある。

 この場所での交渉は、過去に何度かある。

 交渉を終えた依頼人はみな、飛行魔法を使い、空から森林区を出るか来た道を戻るかの二択だけだった。

 けれど、今回ばかりは違っていた。

 直ちに俺は両目を見開き、魔力の痕跡を辿う。

 すると、どうだろうか。

 今の俺みたいに、姿を見られないよう姿を消すのではなく、魔法を使用してその場から違う場所へと転移したのだ。

「……転移魔法。まさかな」

 転移魔法はごく一部の限られた者にしか、使用する許可を得られない。それに加えて、使用条件に最低二人は必要で、入口と出口の両方に使用者を配置しなければならない制約がある。

「……便利屋として、最後の仕事になるかもな。いいぜ。今まで通り、誰にも悟られずに依頼を遂行するまでだ」

 俺は地面に置かれた金に魔法を使用し、圧縮空間にしまうと森林区を後にした。


 九の刻限午前九時。魔法都市ケフェウス。正門前。

 入念に作戦を練った俺は、この都市で暮らしている住人に成りすまし、あたかも行商から帰ってきたことを装い、魔法都市内への入国手続きをしに行く。列に並び、順番が来るのを待っている。待つこと数刻数分 、俺の番が回ってきた。

「次の者、こちらへ!」

 警備隊から呼ばれた俺は、手続きに必要な身分証明書の提示を求められた。

「これが行商許可証。こっちが住んでいる居住区の在住証明証だ。俺はここの商業区で店を構えているアルレストと申す者。隣町まで行商に出ていた」

「行商人でしたか。身分証の提示のご協力に感謝する。お通りください」

 この都市での俺の名前は、アルレストという名前だ。商業区で店を構え、鉱石等を加工して生計を立てている。

 まぁ、表向きは、だがな。

 俺は飛行魔法を詠唱し、上空へと移動して都市内を徘徊し始める。

 警備隊の配置、巡回ルート、何人で行動しているかを怪しまれないように把握していく。

 都市内は平穏で、住民たちの活気で満ち溢れていた。

 そのおかげか、巡回している警備隊も特に警戒することなく、ただただ決められたルートに沿って移動しているようにも思えた。

 

 十の刻限午前十時。第十居住区。第十区域、第十区画。

 徘徊すること約一刻限一時間

 俺はこの居住区で、一番高い時計台の屋根に降り立った。

「あらためて見渡すと、尋常じゃなく広いな、この魔法都市は。……決行まであと二刻限二時間。はてさて、どうしたものか」

 俺は、何処を起点に騒ぎを起こすかを悩んでいる。

 上空から?

 それとも地上から?

 どうすれば警備隊を混乱させられる?

 俺は思考を巡らせ、事の顛末までのシュミレートを繰り返し行う。

 その結果、俺はある一つの答えに辿り着く。

「確実に遂行するには、あの眼の力が必要だな。……昔に戻るしかない、か。便利屋を始める前の、あの頃に」

 だが、昔に戻るということは、過去の自分をさらけ出すのと同じ事。知らない者もいれば、勘づく者もいる。

 俺は決意を固めると、たった一人しかいない唯一の仲間に念話をした。

『俺だ。聞こえるか?』

『あら、どうしたの? ひょっとして、また依頼を手伝って欲しいの?』

『いや、違う。今回は単独での行動だ』

『あら、そうなの。残念。じゃあ、用件って何?』

『俺は今回の依頼を最後に、便利屋を廃業にする。さしずめ、別れの挨拶ってところだな』

『はぁ。急に何を言い出すかと思えば、随分と勝手な言い分だ事。いい? 私はね、決してどんな事があろうともあなたを見捨てないし 、共に生きると決めたの。だから別れの言葉はいらないわ。どんな依頼かは聞かないけど、あなたは遂行することだけを考えて』

『……俺が、便利屋を始める前に戻る、と言ってもか? 昔に戻ると言ってもか?』

 念話の声が帰って来ずに、数刻数分沈黙が続いた。

『……そう。あの頃に戻るのね。……分かったわ。でもね、いつもと変わらず、転移魔法の出口で待ってるから。終わったら、私の元へ帰ってきなさい。約束よ』

『……分かったよ。ありがとう』

 俺は念話を終えると、両手でパンッと自分の両頬を叩いた。決行の刻限時間が迫っている。

 俺は飛行魔法で、起点となる騒ぎを起こす場所へと移動を開始した。


 十一の刻限午前十一時五十の刻五十分。第十娯楽区。第十区域、第十区画。大公園、噴水前。

 さてと、便利屋稼業、最初で最後の大仕事だな。


 依頼決行まで、あと十刻十分

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