第20話 貴方の傍に居られるなら……

「レイ、お前に話しておきたい事があるんだ。少し時間をもらえないか?」


「ああ、もちろん!」


王城で開かれたとあるパーティの終わりに、私はレイを捕まえてプライベートサロンへと誘った。


「それでどうしたんだ、そんなに改まって」


瞳を丸々とさせて私を見てくるレイに、私は意を決して口を開く。


「……その、フィオラニア姫に告白しようと思う」


「おおー! ついにか!」


「ああ、オリバーが私の背中を押してくれてな。やっと決心がついたのだ。迷惑になるかもしれないが、せめてこの想いだけは伝えておきたいんだ」


「エル、俺からアドバイスだ。フィオは昔、とても酷い裏切りにあって、誰かを深く愛する事にとても臆病になってしまった。しかも番犬のごとく、フィオの周りを囲っている家族達がとても頑固でなぁ……じぃーちゃんはフィオを溺愛しているし、従弟達も騎士の如くフィオを守ろうと必死だ。もう二度と、皇女が誘拐されるなんて事件が起きやしないように」


「そうだな……あの事件は本当に痛ましい事件だったと思う」


「まぁ、そのおかげで俺とフィオが生まれたのも皮肉な話なんだけどな……」


「レイ、私はお前と友達になれて本当によかったと思っている」


「な、なんだよ、急に!」


「あの時きちんと言葉にして伝えていれば良かった……と、後悔しないようにと思ってな」


「エル……俺も、お前と友達になれてよかったぜ! 願わくば、弟と呼べる日が来るといいけどな! フィオの隣にはお前のように、誠実で思いやりのある優しい男がついてあげて欲しいって思うから」


「そうか、それなら頑張るしかないな」


「ああ、いい報告を期待してるぜ! 成功率を上げるために、フィオの好みを教えといてやるよ!」


それからレイに、フィオラニア姫の好きなものを色々教えてもらった。

ドレスやアクセサリーは華美な物より、清楚な物が好みらしい。

食べ物は甘いものが好きで、可愛い見た目のお菓子には特に目がないようだ。

彼女の姿を思い浮かべれば、確かにそうだと納得できるものも、新たな一面が見えてくるものも、どれも愛おしく思えてしまう。

レイに聞いた一言一句をくまなく記憶して心に刻み込み、ローザンヌ帝国へと向かった。





親善大使としてローザンヌ帝国の式典に参加した後、フィオラニア姫に少しだけ時間を頂いたのはいいのだが……


「それで、フィオにお話とは一体何でしょうか?」


「うちのフィオちゃんは忙しいんだからね! 手短にお願いね!」


立ちはだかるローザンヌ帝国の皇子達。長方形のテーブルの端と端に座らされているため、フィオラニア姫までの距離があまりにも遠すぎる。しかし、そんな事を気にしている場合ではない。


「フィオラニア姫。ずっと昔から、貴方の事をお慕いしておりました。どうか私と、結婚して頂けませんか?」


とても驚いた様子でこちらを見つめているフィオラニア姫の頬は、ほのかに赤みを帯びているように見えた。


「えっと、その……私は……」


「却下だ。用が済んだのなら即刻お帰り下さい」


「フィオちゃんはそちらに嫁ぐ事なんて出来ません! 無駄に惑わすのは止めてよね!」


カイル皇子に退室するよう促され、フィオラニア姫はライオス皇子によって連れていかれてしまった。


最初から上手くいくとは思っていない。フィオラニア姫から直接返事をもらうまでは、諦めるつもりなんて毛頭なかった。


それから私は、薔薇の花束を携えてフィオラニア姫に求婚し続けた。その度に、ローザンヌ帝国の皇子達や皇帝から門前払いで追い返されてしまうものの、時間のある限り通い続けた。


そうして半年が経った頃──フィオラニア姫が皇帝や皇子達の制止を振り切り、私の元へ歩いてきてくれた。


「アズリエル様。私も貴方をお慕いしております」


あまりの嬉しさに、思わず心臓が止まりそうになった。


「ですが私はローザンヌ帝国の聖女です。他国へ嫁ぐ事は出来ません。なので私を本当に愛してくださっているのなら、お婿に来ていただけますか?」


しかし悲しそうに笑うフィオラニア姫を見て、私は悟った。互いにそちらの国へはいけない事情があることを分かっているからこそ、私を傷付けないために断りやすい言葉を投げ掛けて下さったのだと。


そして自分の失態に気付く。王位継承権を放棄してでも貴方と共に歩みたいと、なぜ最初に伝えていなかったのだと。


あの時のように、もう間違えない。私はありのままの気持ちを伝えた。


「はい、喜んで! とても嬉しいです! ローザンヌ帝国の作法に早く馴染めるよう努力致しますね!」


やはり私が了承するとは思っていなかったようで、フィオラニア姫はとても驚いた顔をされた後、心配そうに尋ねてこられた。


「えっと、その……ルクセンブルク王国の王位はどうなされるおつもりなんでしょうか?」


離れてもなお、こちらの国の事を考えてくださるその優しさに、心がじんわりと温かくなるのを感じていた。


「王位は三番目の弟オリバーが継いでくれますのでご安心下さい。私に似ず、とても優秀な弟なので立派に国を統治してくれる事でしょう」


私の言葉にほっと胸を撫で下ろしたフィオラニア姫。しかしその数秒後、恥ずかしそうに赤く染まった頬を両手で包んでおられる。


その可愛らしい姿を傍で堪能できるなんて、まるで夢のようだ。


今まで邪険にされてきた皇帝や皇子達からも結婚を認めてもらえ、祝福ムードに包まれた。


「あの、アズリエル様……」


「私の事は、どうかエルとお呼び下さい。その代わり私も、フィオと呼んでもよろしいですか?」


「あ、はい……構いませんよ……エル」


「ありがとうございます、フィオ」


少し強引すぎただろうかと思ったけれど、恥ずかしそうに私の名前を呼んでくれるフィオが本当に可愛くて仕方ない。


こうして長年の片想いの末に、私はようやく思いを実らせる事が出来た。

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